Tuesday, September 8, 2026

3DパズルとKen's Pasta ②

買っちゃった
パン屋さん
花屋さん、本屋さんとくれば
もちろん次はパン屋さんでしょ〜
そしてこちらは昨日のランチ↓
賢人のパスタです
今回はジッティ
ではでは、今週もお互いにがんばりましょう
良い1週間をね!



 

Monday, September 7, 2026

3DパズルとKen's Pasta

昨日の空は、めずらしくほとんど一日中雨模様でした。
雨はお好きですか?
私は大すきです。
雨の音が、私を「こんなことをしていていいんだっけ?」という不安から守ってくれるので、自由に好きなことを好きなだけできるので大すきなのです。
というわけで、昨日は庭しごとができなかったので、“Book Store” を一気に完成させてしまいました・・・。
点々・・・のわけは、楽しみが終わってしまった点々・・・です。
パズルって作りかけの状態が良いのですね、遅ればせながらパズルに目覚めた私は、うっかり、雨音を聴きながら時間を忘れて完成させてしまい、お楽しみが終わってちょっと寂しいです。「ほんの20分だけやらせて」とか「今日は本棚を完成させたらお終いにしよう」とか「6時になったら切り上げてごはんを研ごう」とか、そんな感じで週末の夕方にちびちびと進めていくつもりでいたのに、もったいないことをしてしまいました。
それで、今日は、雨も上がったことだし、昨日できなかった庭しごとをすませたら、午後から次のパズル探しにでかけようと思います。
昨日は賢人がパスタを作ってくれました。
あの子のパスタは本当においしいです。
私はスパゲティ一筋だけど、日持ちのする形のパスタでキャセロール2個分をオーブンで作ってくれるので、たっぷり2日分ぐらいのランチが賄えます。
私は翌日にマイクロウェーブで温めてタバスコを大量にかけて食べるのが当日のオーブンから出てきた作り立てより好きなほど。
それを食べておでかけしてきます。


 

Sunday, September 6, 2026

普通の信仰者の普通な幸せ

私は身を横たえて、眠る。
私はまた目をさます。
主がささえてくださるから。


長くて幸せだった夏休みもおわり、新学期の最初の2週間も瞬く間に過ぎ去り、最初のお休み、2連休の初日です。
こうゆうご褒美が身に染みて嬉しく、又、次へとがんばる原動力となってゆきます。
夏休みの間に書いた記事の中で、最も大切な人間関係と役割を尊び重んじる、という新しい目標を掲げましたが、それは今も変わらず、がんばることができています。
ううん、「がんばっている」じゃなくて、「楽しく取り組めている」です。
実は長い間、私はそのように祈ってきました。
でも、その祈りはあまりも長く祈りすぎて、絵に描いたきれいな景色のような祈りのようになってしまい、いつしか、絶対に私にはできないとあきらめてしまっていました。
それが、この夏、5年ぶりに家ですごすことで、癒され、回復へと大きく向きを変えてもらえることができました。
祈ったこと、祈っていることも忘れ、無意識に受け入れてしまい自分の一部となって困ることにも慣れてしまっていた自分の性質がある日、主に触れられ、癒され、変えられてゆくという証をにわかに「人ごと」もしくは「誰かの素晴らしい信仰の結果」とか思っていたにも関わらず、です。
朝の時間を前以上に大切にして、今は遅くても5時半には職員室を後にしています。
家の中にひとりになれる居場所や時間を見つけるための努力をしなくて良くなるということは、家が広くなるようなもの、自分の1日の時間が拡大するようなものです。
そして、職場で、少々の事があっても大丈夫になっている自分にも気づきました。
相変わらず、慌てたり、落ち込んだりはするけれど、そこに心が張り付いてしまうことがないのです。
職場で起きたネガティブな出来事や愚痴や職場の人の悪口を夫に言うことは決してありません。
それは今も同じです。
でも、家に一歩足をふみ入れた瞬間、それが大したことではないと思えるようになってきました。

さて、この連休、初日の今日は、最近良く聞く、「名書のサマリーの読み聞かせ」みたいなビデオを聴きながら家事と庭仕事をして、午後、また明日は、読書と新しい3Dパズル、Book Shopを少し作り進めるつもりです。






 

Sunday, August 23, 2026

世界史に挑戦

花屋さん完成です↓
彼がわたしを愛しているから、
わたしは彼を助け出そう。
彼がわたしの名を知っているから、
わたしは彼を高くあげよう。
詩篇 92:14

聖なる安息の日曜日の朝です。
夏休みに「読書の楽しみ」の灯火が大きくともり、ぼうぼうと燃え盛り、どうにもこうにもちょっと深刻な活字中毒っぽい症状です。
かつて子ども期から10代、20代、30代の始めの頃の私は確かに毎日本ばかり読んで生きていたのだけど、その後、ちょっと色々責任みたいなものを負うようになってからは、夏休みとか冬休みとかのちまっとした楽しみとなっていたのに、それが案の定、というか予想通り、夏休みが終わった今となっても、休みの日にはさて、何を読もう、となっています。
金曜日に、学校の図書館に行ってみました。(私は幼稚園で働いているのだけど、よく職場を「学校」と書いてしまいます。というのも、私の職場は年少さんから9年生までが小さな同じキャンパス、校舎の中で色々なものを共有しているいわゆる附属幼稚園なのです)
じゃじゃ〜んと世界史全20巻みたいなのを1から順に読みたいなっと思ったのです。
私はこれでもクリスチャンのはしくれなんだけど、理屈だけは一丁前で氷河期とか最初の人類とかそんな話が大きらいで、世界史、西洋史といえば、最初のページで挫折「うそつき・・・」と思って閉じてしまっていました。
でも、それはそれとして、この世界の人は聖書のことをどのぐらい歴史的事実として並べているのか知ってみたいなっと、ポジティブ関連での興味を持ったわけです。
と、と、ところが、ない。え?世界史の本、ない? なんで???
日本史は色々な出版社のがじゃーん全15巻、全10巻、あるいは時代別ふっといのが3巻、色々あるのに、豆粒みたいに短いアメリカ史だって数冊あるのに・・・。
世界史がないってどういうこと?

図書館の準備室みたいな所に入りこんでやっと1冊、「新しい社会 歴史」という不思議なタイトルの薄めの本を見つけたので、後でその本について社会の先生に伺ってみたところ、なんと教科書でした。イラストや写真、系図とかが満載で、課題や質問とかもあって、読み物っぽくはないので、うすうす、そうかなっと思ったのだけど・・・。もう、世界史という教科はないのだそうですね、知りませんでした。(左のは場所の確認と思って借りました。こちらは教科書ではなく普通の児童書です。)

でね、探しに行ってみたのです。例の本屋さんに。
ありました、ありました。色々。漫画から難しそうなのまで色々。漫画はなんと手塚治虫のもあり、あまりの品揃えに、本当に私好みのセレクトショップと言わざるおえない、不思議な本屋さん、本当にすごい本屋さんです。
図書館だったら、どれもまとめて借りちゃう所だけど、ここは本屋さん。おもしろくない本は買いたくないので、よくよく考えて2冊を選びました。
こちらがそうです。↓
右のは第3判もありこれは第4版、ここで見た最も新しいものです。
繰り返し出版されているということはもはや、誰もが頼りにしている定番という事だと確信して買いました。
そして、左のは好き好きだと思うけど、流れを知りたいという私にニーズにはあまりふさわしくなさそうです。
読み終えたら、職場の図書館にこっそり寄付しようと思います。

Thursday, August 20, 2026

最終秘密兵器〜私の保険

これを聴きながら書いています↓
主は、ご自分の羽で、あなたをおおわれる。
彼らは、その翼の下に身を避ける。
主の真実は、大盾であり、とりでである。
詩篇 91:4

2学期の準備初日は無事に終わりました。
4時ぐらいに大体やりたかった事を終え、畑をちょっとだけきれいにして水を撒いて帰りました。
夏休みの終わりに、「仕事と自分の間に精神的な距離を保とう」と小さく決心しました。
何かを習慣にするためには、慣れるまでは何か査定できる基準が必要と思い、朝は、まあこれまで通り早めに出勤し、でも終わりは勤務時間を守ろうと思っています。
この先、行事や難しい問題が出てきた時に、それが保てるかどうかはわかりません。
でも、それはその時々に主に知恵をいただきながら乗り越えてゆこうと思います。
大切なのは時間や労力じゃなくて、「精神的な距離」なのです。
何時まで働こうと、どこまでやろうと、心をちゃんといつも家に持って帰ろう、最も大切な関係や役割を忘れずにいよう、そういう事だから。
それに私には「早起き」という最終秘密兵器があるし、常勤職員は全員、学校の鍵を持たせてもらっているので、実はあまり心配していません。
今は、ただただ、自分のこの気もちの変化が嬉しいのです。(何度も書いてしまうけどさ)
ではでは、今日も良い日をね〜。

Wednesday, August 19, 2026

忘れたくないこと


私たちの神、主のご慈愛が
私たちの上にありますように。
そして、私たちの手のわざを
確かなものにしてください
どうか、私たちの手のわざを
確かなものにしてください。
詩篇 90:17

感謝に満ちた夏休みが終わり、今日から仕事に戻ります。

「何事にも遅すぎることはない」と信じています。
和解や回復や癒しは神さまと私の間から始まり、そして神さまと私の間で完結すると信じています。
そして、神さまとは時間や空間を超えた無限の存在です。
そのような想像することも難しい偉大な宇宙の支配者との関係に私の小さなモノサシや時計や秤は不要であると信じます。
この夏神さまが私にくださった贈り物、返してくださった喜び、新しくしてくださった自分を忘れずにいることができますように。
今朝、プランナーのはじっこに書いた私の決心はこうです。
「分けられた所、光の中で平安でいよう。私はそのように創られたのだから、そこに留まっていよう。」
創世記の1章で神さまはまず、分けました。
闇から光を。
そして私は光の中を生きるために創られたのです。
忘れてはいけないことは、ただその1点。

・この夏休みに知った楽しみに「立体パズル」というのがあります。
記念すべき第一作は花屋さんですが、まだ完成していません。
門と前庭を作ったら完成です。
野球や釣りやお笑いのテレビを観ている夫の横でこんなものをちまちまと作るのもなかな良いものです。
・それからこの「おはようスポルジョン」にもっと頻繁に記事を書き続けていきたいです。
波のように書いたり書かなかったりな私なのに、読む人たちには波がありません。
毎日、数千という単位です。ありがとう、ありがとう、本当にありがとう。
・そのためには、仕事と自分の間に精神的な距離を保つ必要があると思います。
大気圏を突破して気づいた大切な学びです。
でも大気圏内に戻っても忘れたくない学びです。

 

Tuesday, August 18, 2026

研修で学んだこと


私は、あなたの御顔の光の中を歩みます。
詩篇89:15

ついに夏休みの最終日となってしまいました。
昨日も今日も4時に目覚ましを合わせていたのですが、起きたのは共に6時前後でした。
明日から今週一杯はまだ、子どもたちは登園してきません。
準備期間ということで9時からの出勤です。
だから6時に起きれば十分なのだけど、母への連絡この4時を逃すと次は母が起きる西海外時間の午後2時ぐらいになってしまいます。
勤務時間中に母と話すのは落ち着かないのでなんとか、明日からはなんとかがんばって4時に起きて連絡するつもりです。

何度も書いているけれど、本当に良い夏休みでした。
たくさんの時間を夫とリビングルームの椅子に座って、一緒にテレビを観てすごしました。
まあ、私たちが一緒に観ることのできるテレビは日本語のNHKのニュースと平和なお料理番組、旅行記ぐらいで、野球とか釣りとかになっちゃうと私はメガネをかけて本を読みました。
それでも、同じ空間、同じ時間、を一緒に過ごせた事に感謝しています。
こんな時には音が妨げになることのない、村上春樹の旅行記やアメリカ暮らしの記録のようなモノを好んで読みました。(実に30年以上ぶりに手にした村上春樹・・・)
晩御飯は夫が作ってくれることが多かったです。
家の事も一緒に色々がんばりました。
長年をかけて傾いてきた木の切り口のせいでかがまなければ通れない小道があったのですが、チェーンソーで黒い線の所から夫が切ってくれました。
冬から春にかけて小さなシャワールームを作ってもらった話は前に書いたと思うのですが、なぜか大工さんが鏡をつけてくれていなくて、私たちも気になりつつ、放っておいたのですが、ここにも夫が小さな鏡の扉のついたキャビネットをつけてくれて、ようやく、本当の意味で完成となりました。
夏休みが終わってからもこんな時間を大切にしたいです。
そう考えるなら、夏休みが終わっても、続きは楽しめる、というわけです。
そう。その事が本当に今嬉しいです。
同じ夫と同じ家にこれからも一緒に住み続けるのだけど、何かが変わりました。
それは一言で言うなら「新しい夫と少しだけ広くなった家で暮らす」そんな感じです。
何事にも集中するために、わざわざすれ違おうと意識していたその意識がボロッと私から落ちてきたので、それを足の先でポンと蹴飛ばしてみたら、なかなか良い感じであることを発見してしまったのです。
それで、朝の4時起きが辛くなったのもこれまた事実なのだけど、それは、母との大切な時間なので、明日からは取り戻そうと決心しています。

さて、5年ぶりのアメリカの家での夏休み。
この夏休みの感謝の根底にはあるどうしようもない人間的な理由があります。
日本の学校では当たり前かもしれないけれど、アメリカではあり得ない、「有給」なのです。
研修願いというのを提出していただいた4週間のお休みでした。
私、しっかり「研修」しました。そう胸をはって言う事をお許しください。
この心の安定と平和、それから回復し癒されつつある最も大切な人間関係に取り組めているという自信は必ず、仕事へも良い影響をもたらすのではないかなっと思うわけです。えっへん。