Wednesday, February 25, 2015

祝福をください

あなたのみおしえを愛する者には
豊かな平和があり、つまづきがありません。
詩篇119;165
祝福は、ただそこにあり、私たちをあらゆる方向から取り囲んでいます。
ただ私たちのすべきことは、それらの前に留まって、それを受け取ることだけです。
それは、私たちに無理強いしません。
ただ、やさしく私たちに思い起こさせてくれます。
自分に向けられた祝福を受け止めないと、あなたはすぐに呪いの国へ導かれてしまうでしょう。
祝福の国と呪いの国のあいだには、中立地帯がほとんど、いいえ、まったくありません。
自分自身の祝福を受けとめていくことは、他の人を祝福したいろいう深い願望に繋がります。
祝福を受けている人の特徴は、自分がどこに行こうと、そこでつねに誰かを祝福しているということです。
ヘンリ・ナーウィン
全く、疑問の余地なし。
完璧にメイクセンスする文章に目が覚める思いです。
実際、この単純で、でも重要な聖書の法則を、私はずっと長い間、心の中に眠らせていた気がします。
さっそく、これから起きてくる家族を祝福したい気もちで心が一杯です。
さっそく、幼稚園に走って行って小さな人たちを祝福したい気もちで胸が一杯です。
先週の日曜日の朝のことです。
フリーウェイを降りたところにひとりのホームレスがいました。
私の小さなモットーのひとつに、ホームレスの前を素通りしないというのがあります。
食べものがあるときは、食べものをあげます。
お金があるときは、お金をあげます。
両方ないときには、祈ってあげます。
日曜日はお財布に一ドルが数枚あったのに、私は、彼の前を通りすぎました。
そして、祈ることもしませんでした。
お金があるのに、とまってあげることをしなかったから、神さまに気まずくて祈れなかったのかもしれません。
うしろからはなに、「いたよ」って言われ、私は我に返り、神さまにも信号で止められ、一ドルを一枚はなにあげてもらいました。
彼は、私たちを祝福してくれました。
祝福は、本当にあちこちにあって、私たちを待っています。
今日もそんなたくさんの祝福をたくさん見つけることができますように。
アーメン
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Tuesday, February 24, 2015

風が吹けば桶屋が儲かる

今朝の『おはようスポルジョン』でのデボーションがばすっと私の心の真ん中にヒットし、とても良い1日となりました。
行きのクルマの中では気になるふたりの子のために祈ることもできました。
私が彼らの親ならどう祈るだろう、私が彼らの造り主ならどう祈ってほしいだろう、私が彼らのために十字架につけられる贖い主ならどうとりなすだろう、私が彼ら霊ならどう祈られたいだろう、って、そう思いながら祈りました。
祈ってから、しばらく、超・能天気なジャズのピアノ演奏を聴いていたら、心に、「風が吹けば、桶屋が儲かる」のことばが浮かんできたので、さっそくそれについて真剣に考えてみています。
矢野顕子が歌にしそうなこの言葉、でも私は歌には到底できないので、一生懸命に、自分なりに、お話を組み立ててみました。
そしてひとつの因果関係的サークルができました。
それは、本当のところどうなのかわからないけど、でも、何もしないよりはよっぽどマシなので、その因果関係サークルの風の部分にまず、目を向けてみようと思うわけです。
私は、今までどんなことでも1位になんてなったことがないので、これは、よくできたジョークのように思っていたけど、っていうか今も思っているけど、でも、あれから3週間経ってもまだ1位だから、もしかしたらホントなのかもしれませんね。
本当に毎日読んでくれてありがとう。
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帰属感

私はあなたの御霊から離れて、どこへ行けましょう。
私はあなたの御前を離れて、どこへのがれましょう。
たとい、私が天に上っても、そこにあなたはおられ、
私がよみに床を設けても、そこにあなたはおられます。
詩篇139;7,8
あなたも私も、自分がいかに気分で流されやすい者であるかをよく知っているはずです。
ある日、とても気分がよくても、次の日は惨めな思いになります。
ある日、次から次へと新しい発想が涌いてきても、次の日はすべてがつまらない、たいしたことでないように思えます。
ある日、世界のどんな問題でもやって来いと考えますが、しばらくすると、ほんの小さな課題さえも手に負えないと感じます。
しかし、私たちが深くやさしい声に、すなわち、私たちを祝福する声に耳を傾けるかぎりは、私たちはしっかりとした安定感と真の帰属感を抱きながら、自分の行程を歩き通すことができます。
沈黙の中に歩み入り、この世界の騒々しい、「あれをしないさい、これをしなさい」と要求する多くの声をあとにして、その先に、「あなたはわたしの愛する子、わたしはあなたを喜ぶ」という、小さな親しい語りかけを見出すことは容易ではありません。
しかし、あえて私たちが神の前で静まることを受け入れ、沈黙に親しもうとするなら、その声を知るにいたるでしょう。
ヘンリ・ナーウィン
今朝の私にぴったりの、ヘンリのメッセージでした。
ヘンリの帰属感ということばが大すきです。
カナダ人のヘンリの英語にはきっと、アイデンティティとあったことでしょう。
でも、その言葉をいつもなんだか、ちょともてあましていたけど、今朝、帰属感と言われ、ほんの少し、帰属感の芽のようなものが生まれた気がします。
私のアイデンティティは、クリスチャンといういうブランドやキリスト者というレッテルにあるのではなく、天国にあったのでした。
だから、天の声を、天の静けさの中で聴こう。
単純なメッセージに、単純に心からアーメンと思います。
昨夜は、めずらしくよく眠れませんでした。
人の声が重い空気となって、部屋に満ちていて、寒くて、苦しい夜でした。
なぜか、本当に不思議なことに祈らなかった。
祈るという手段がこの世界に存在しないかのように、私はひとりで苦しみながらただ寝返りをくり返していた。
すごく、不思議だけど、まさに敵の領地での苦しみだったことに今朝、気づきました。
『おはようスポルジョン』のタイトルの横にローマの8:38を英語の訳で掲げて続けてきた私なのにね。
Love...nothing can ever separate us from God's love
アーメン
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Monday, February 23, 2015

月曜日の問題

いきなり山場の月曜日がなんとか終わりました。
どうしても、なんだか、がたがたと、でこぼこ感の拭えない月曜日。
x何が問題で、何が不足していて、何が必要で、どうやって改善してよいのか、いつまでたってもわからない月曜日。
ホントは問題なんてなかったりしてね。
ただ、迷惑がられたり、うるさがられたり、この子をどおにかしなさいよ的プレッシャーがただ嫌なだけだったりしてってジョーダンみたいに考えてて、えっ、その通りだったりしてと思ってみたりしています・・・。
本当につらい月曜日。
どうしてもうまくいかない月曜日。
全力でがんばっても人一倍迷惑な人となっちゃう月曜日。
愛の供給と愛の必要のバランスが全然間に合わない月曜日。
自分の愛のなさが、物理的にも視覚的も感覚的にも、ありとあらゆる方向から見せつけられる月曜日。
終わったけど、あと7回寝たらまたやってくる月曜日。

クリスチャンブログ

Sunday, February 22, 2015

Happy Anniversary to me

この1年、私の教会生活は本当に平和で幸せでした。
ここは、今はもうない、私が洗礼を受けた教会にとてもよく似ています。
その時、私の救いのために祈ってくれた人がなんと3人もいて、そしてあの頃のまま、今も私は彼女たちに愛され、そして祈られています。
まるで、あの頃のまま・・・。
ここに座りなさいと世話を焼かれ、何がしたいの?何を言いたいの?と心配をされ、そして一緒に祈りましょうってさっさと先に祈られちゃている。
家から10分なので、毎日2時間半を通勤に費やす私にとっては、うそのような近さで、口紅をつける時間さえありません。
一息で祈らなければ着いてしまう近さです。
ここに落ち着きたいと思います。
一緒に年を重ねる愛する姉妹方がいて、運転できなくなるほどに年をとっても、ここなら、親切な誰かに連れて行ってもらうのにも、迎えにきてもらうのにも、小さな気兼ねですむしね。
でも、一番の理由は、私の平安のホントのわけは、神さまと私のふたりだけのひみつです。
そして、もう、楽しくなかった出来事は全て忘れる決心をしました。
過去に出会った全ての人の祝福を願うことができるようになりました。
一年かかりました。
でも、よかった。
ここにこれて。
もう、一度、Happy Anniversary to me.
あなたの応援にいつも感謝しています
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私にも祈りことがあれば教えてください 
ohayospurgeon@gmail.som

私の教会

今日でちょうど一年になります
いま、私はここを「私の教会」と呼びたい気もちで一杯です
今日はそんな私たちの教会を
はなと私でご案内いたします
日曜学校へは、駐車場から、
教会敷地内を走るシャトルで行きます
たくさんのサービスがあるのでたくさんのひと
でもひとつの教会です
教室に入るときに、名札をもらいます
3年生と4年生の合同クラス
聖書の話とディスカッションとゲーム 先生も一杯います
はなが聖書のお勉強をしている間、
私はこのチャペルで日本語で礼拝を捧げます
私の先生
彼のオーガニックなメッセージが
今の私の7日間の霊の糧です
礼拝後、再びシャトルではなを迎えに行きます
帰りに、全然違うグループのころころドーナツを
ふたつもらうのがはなの楽しい習慣です
そして、毎週のフェローシップ・ランチョン
来週は私もお当番のひとり
おでんを予定しています
ハレルヤ!
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Happy Anniversary!

私たちの交わりとは、
御父および御子イエス・キリストとの交わりです。
ⅠヨハネⅠ:3
今日は私とはなの記念日
この教会に迎えられてちょうど一年が経ちました
私たちがこれを書き送るのは、
私たちの喜びが全きものとなるためです。
ⅠヨハネⅠ:4
今日もありがとう
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