Saturday, March 7, 2015

げんこつ山のはなちゃん

★今日は、朝からかなりはりきって、家事に集中しました。
夫がひさしぶりの休みで、賢人のサーフィンの送り迎えとランチなどなど、子どもたちのことをほとんどひとりでやってくれたので、私は、ものすごく久しぶりに地上の天国ともいえる、「おうちにひとり」状態で、大音響で好きな音楽を聴きまくりながら、洗濯機をがらがら回しつつ、せっせと古くて小さな家の中をくるくると働きまくりました。
BGMは超・クールな矢野顕子の『げんこつやまのたぬきさん』。
このなんともいえないかっこいい2拍子に全身をバンドにしてガス・ストーブの上を磨く私。
かかとはでベースを腰はドラム、そして手はもちろんピアノ。
彼女のピアノは私の手では間に合わないほどに忙しいので、頭までキコキコふってまかなわなければならないほどでした。
調子にのって、マイクロウェーブも、コーヒーメーカーも、オーブントースターも磨きまくり、さっぱりいい気分。
午後、はなとモールをぶらっと歩きました
彼女といると不思議と元気がでる私
私よりよっぽど大変そうなのに、すぐ立ち直って
次にすすむ、その明るいこと、軽いこと
えっ?私にそっくり?
亀のチャイタも水槽を磨いてもらい水を替えてもらって、幸せそう。
私もチャイタの笑顔(?)に大満足です。
★が~が~と掃除機をかけながら、最近の幼稚園でのごたごたについて考えていて、天から静かに降りてきたことば、啓示、思いは「もうおわり」。
そう。
私も、そう思っていた。
みんな言いたいことを言いたいだけ言って、気がすんだと思う。
幼稚園も、最終的には私に責任をのせてきました。
信じていた幼稚園に対して、これがこの世界なんだなって、空しい気もちになりかけたけど、でも、黙っている方がよっぽど得策とも思う。
言ったその言葉の責任は、神さまとその口の持ち主のもの。
そして、私に言わせればそれ以上恐いものはない。
真実じゃないこともいっぱいあるけど、でも私は黙った。
神さまが私に黙らせた。
だからいい。
私の中では、もう終わりです。
後は、神さまが全てを神さまのこころのままにされる。
だよね!
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True Friends

Good times, bad times,
large and small,
we don't hold back- 
we share it all.
We care, we listen,
laugh, and whine-
I've got your back
and you've got mine.
Happy Birthday to Yurika-san
いつも私の味方でいてくれるゆりかさん
いつも私のために祈ってくれるゆりかさん
なんのお返しもできない私を、
赦し続けてくれるゆりかさん
おたんじょうび、おめでとう
眞紀
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Living as the Beloved

朽ちるものが朽ちないものを着、
死ぬものが不死を着るとき、
「死は勝利にのまれた。」
としるされている、みことばが実現します。
Ⅰコリント16:54
闇の力は、分裂させ、引き離し、敵対させる力です。
一方、光の力は、結びつけます。
悪魔のDIABOLICという語は文字通り、引き離すという意味です。
神の霊の臨在を見分けるのに、一致、癒し、回復、和解が生まれているかを確認すること以上に明解な方法はありません。
私がいちばん言いたいことは、私たちの日常生活の全体を、「上から」の視点によって生きるなら、すなわち、神に愛されている者としてこの世に遣わされ、それを生きるなら、私たちの出会うすべての人、私たちに起こるすべての出来事を、死によって支配されない人生を選ぶための、またとない機会とすることができる、ということです。
ヘンリ・ナーウィン
とっても難しい文章ですね。
前半部分。
私には特にそうです。
例えば、間違った教えに基づく一致なんて、世界中にいっぱいあるでしょって思うの。
オカルトや宗教や政治のグループに始まって、最先端の科学技術で全てを解決できることを信じてがんばっている研究グループ、エトセトラ。
一致や、癒しや、回復や、もしかしたら和解だって経験しながら、その結束を深めて、みんなでがんばっていると思うわけです。
そして、私は、ほとんどいつも、分離、分離、聖別、聖別と心に思いながら、切っては捨て、切っては捨ての人生。
どこまでシンプルになれるかがテーマみたいなもんだけど、それは、それほど悪くない。
私はなかなか気に入っています。
難しいのは、そっくりであればあるほど、たちが悪いってところだと思う。
ヘンリは心のやさしい謙った人だから、決してそんな言葉では表現しないけどさ。
それに、後半の文章によって力づよくアーメンと思えるから、だから前半も信じる努力をしてみています。
いよいよ、たぶん、次回でヘンリとのデボーションも最終回になりそうです。
話はついに永遠の命へとつながります。
私の心もそこにうまく、つながってゆけるようにと祈りつつ。
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Friday, March 6, 2015

ハロ~!えりさんのFollowers&ゆりかさんのお友だち!

★おつかれさま。
金曜日の夜が、やさしく私たちを迎えにきてくれました。
いろいろあったでしょ。
よ~くがんばったね。
ごくろうさま。
大丈夫だよ、神さまは天からちゃんとごらんになっていたからね。
全ての決着は天国にあるからさ。
私もがんばりました。
今日も、午後のおやつ中にへなへなとなっておりました。
でも、今日の私のとろんとした視線はしゅんちゃんにとまり、オレンジをほおばる彼を見つめていたら、しゅんちゃんひとこと、「まきせんせ、オヤジを呼んであげよっか?」。
「え?おやじ?」って聞き返すと、「うんオヤジはね、歯がないんだけどさ、おもしろいこといろいろやってくれて、うれしくなるよ。まきせんせいもきっと笑うよ。」って。
無言で出てきて、目をあわせないはな
これが、彼女の「悲しかったのサイン」
それで私はどっひゃ~んと笑って後ろに転がり、しゅんちゃんに起こしてもらったほどです。
おもしろいことやって笑わせてくれるオヤジって、それしゅんちゃんそのものだったりして。
しゅんちゃんにはイマジネーションの友だちがいろいろいて、時々そうやって紹介してくれるの。
今日も小さなひとに大きくはげまされて、最後は絶対笑っちゃう私です。
★6時のすべり込みではなを迎えに行ったら、彼女もいろいろあったらしく、かなり怒っていました。
私は、この頃、いろんな人に一杯怒られ、もうすっかり怒られ慣れちゃて、一番大切な怒りを流しそうそうになっちゃたけど、でも、「なんか気晴らししたいね」って話しながら、女同士クルマまで腕を組んで歩きました。
「髪切ろっかな~」とはな。
「それは素敵な気晴らしね」って私も言いました。
バレエの時はどうするのかなって一瞬思ったけど、でも、いいよ。
切っちゃえ、切っちゃえ。
状況は変わんなくても、気分が変われば、違う見方ができるかもしれないし。
春だし。
★話ぜんぜん違うけど、Twiterはじめたの、えっと一週間前ぐらい前かな。
まだえりさんをFollowしているだけなんだけど、そのえりさんが彼女のページで『おはようスポルジョン』を紹介してくれました。
はろ~、えりさんのFollowersさん!
そうだ、ゆりかさんも彼女のfacebookで『おはようスポルジョン』を時々宣伝してくれているらしいのよね。
はろ~、ゆりかさんのお友だち!
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Never Forget You Are Loved

今朝、起きて、まず思ったこと。
「夕べ書いた記事は我ながら傑作だった」
それで、起きて、さっそく、いそいそと『おはようスポルジョン』を開いて読んでみました。
普段は大体書きっぱなしで、制作するページを出たり入ったりしているだけなので、ひさしぶりに、この青空と草原とたんぽぽとローマ8:38が書かれたかわいい本の表紙みたいなテンプレートをながめて、癒されちゃったりして。
それから、じっくりと内容を読み、かわいいケイティの絵と自分の記事にうっとり。
「いいね~、こんなによく書けたのはひさしぶり」っと大満足。
それで、今朝はまようことなくローマの8章を開きました。
私はこう確信しています。
死も、いのちも御使いも、権威ある者も、
後にくるものも、力あるものも、高さも、深さも、
そのほかのどんな被造物も、
私たちの主イエス・キリストにある神の愛から、
私たちを引き離すことはできません。
ローマ8:38,39
天の神さま、どうぞ、今日も1日、あなたの愛の中から、一歩もはみ出すことがないように、どうぞ私たちの心をお守りください。
あなたの声がいつも聞こえるように、どうか私たちをあなたのみそばにいさせてください。
たくさんの声、たくさんの良いと思えること、たくさんのこの世界が私に見せるあなたにそっくりな偽物から、ただあなたの声だけを、聞き分けることができますように。
そして、どんな時もあなたに愛されている者であることを、私たちが忘れることがありませんように。
アーメン
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Thursday, March 5, 2015

問題=真理の表現の舞台

★木曜日が終わると、なぜかとってもホッとします。
でも、一番大すきな木曜日。
今日もとても楽しかった。
音楽で一杯遊んで、最後は動物スゴロクで大いにもりあがり、ヘトヘトだけど、とても良い日だった。
みんな他の誰も持っていない、たったひとつのオリジナルを持って幼稚園にやってくる。
それをお友だちの手に無理矢理にぎらせようとする子、自分の手の平にのせて見せてくれる子、投げる子、おいて走って行っちゃう子。
いろいろ。
私は、ひとつももらいそこなわないように、両手にいっぱい、両方のポッケにいっこづつ、あごの下にひとつ、口にもいっこくわえて帰りました。
とても幸せです。
★問題は後を絶たず、毎日いろいろ起こります。
ひとつ収まれば、ひとつ生まれ、ひとつ解決すれば、ひとつ発覚する、まるでモグラたたき。
でも、ヘンリの本を読んで学んだこと。
問題は、それに対処する私を見る誰かに、私の信じることを見せる媒体。
書いた文章や、演奏する音楽と同じ、私を表現するひとつの大切な作品。
だから、問題=真理の表現の舞台と思うことにして、奮闘中です。
福音のシェアリングなんて洒落たこと、偉そうでなこと、絶対、一生できない私の、これぞまさに体をはったミニストリー。
★とはいえパートナーの先生が、毎日、どんどん、生気をなくして、疲れてゆくのが手に取るように見えるのはとても心の痛むところ。
私のせいなのよね。
なにしろ、トラブルの吸い込み口のような私と一緒に仕事をしているのだもの、ご愁傷様と、言うほかありません。
でも、それも神さまの選びのご計画の一部と信じて、担っていただく他ありません。
だからこれ以上、彼に迷惑をかけないよう、遅刻その他の小さなエラーに細心の注意を払う決心の私です。(って今日も15分も遅刻しちゃった。ははは)

今日も読んでくれてありがとう
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ただひとつの真理

私たちは、みこころにより
ご計画のままをみな実現させる方の目的に従って、
このようにあらかじめ定められていたのです。
エペソ1:9
ここで、あなたは自分のことを、この世界に遣わされた者として考えてみてください。
こうした見方は、世界が始まる以前から、あなたが神に愛されていると本当に信じているなら可能です。
霊的には、あなたはこの世に属していません。
それこそ、あなたがこの世に遣わされた理由です。
あなたの家族と友人、あなたの同僚と競争相手、あなたの人生の旅路で出会うすべての人々は、ただ生きながらえること以上のものを探しています。
あなたが、遣わされた者として彼らの中に存在することは、真の人生を彼らがかいまみれるようにするためです。
自分はこの世に遣わされた存在であるとあなたが知った瞬間から、すべてのものは根本的から変わります。
私がここで話している変化とは、愛される価値を「証明せよ」と迫るつらい試験のように人生を生きることから、すでに愛されているという真理を「アーメン」と肯定し続けながら生きることへの変化です。
簡単に言えば、人生とは、私たちの持つ真の霊的な性質を承認し、私たちに与えられた真理を受け止め、私たちの存在という現実を自分固有ものとし、一つに統合していくこと、またとりわけ、私たちを愛する子と呼んでくださる方に「アーメン」ということのできる神のくださったチャンスです。
ヘンリ・ナーウェン
神の真理はなんの哲学でも、なんの宗教ですらなく、それは単純な真理と私は信じているけれど、今朝のこのヘンリの文章はなかなかカッコいい哲学的うんちくと思います。
自分で選んだ彼の文章をそれぞれ、3回づつくり返して読んでみました。
そして、アーメンと思います。
かっこいいな~、ヘンリ。
教会でよく聞くフレーズに「福音のシェア」というのがあるけど、彼は「福音を生きる」ことをこの本の中で熱心に語っていたのだと気づきました。
まずは自分がそのように生きなければ、誰が信じてくれるでしょうと、言いたいのだと思います。
カソリックの司祭って聞くと、なぜか反射的にメガネをかけた童貞の人、もしくは痩せ型で髪の毛のうすいオタク系の人を頭に思い浮かべてきたけれど、その思いこみ、今朝、きっぱりなくなりました。
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