しあわせなことよ。
情け深く、人には貸し、
自分のことを公正に取り行う人は。
彼は決してゆるがされない。
正しい者はとこしえに覚えられる。
その人は悪い知らせを恐れず、
主に信頼して、その心はゆるがない。
詩篇 112:5~7
このことばのような人になりたいです。
特に、「悪い知らせを恐れず、主に信頼して、その心はゆるがない」のところ。
そのために、正しい者になりたいという、動機そのそのものが、もうすでに、とってもあやしく正しくない私なのだけれど。
神さまは、ものごとやできごと、人の良い面を、いつも、私に見せてくださろうとしてくださいます。
にもかかわらず、その反対側を無理矢理覗いておきながら、喜んでがっかりしているというのは、本当に愚かなことです。(はい、それ、わたし)
今朝は、神さまが見せてくださるものごとやできごとの良い面を、それが全てだと信じる信仰をくださいとお祈りしました。
神さまが私から隠してくださっているものには興味を持たないようにしたい。
そんなものは「ないもの」と思えるようになりたい。
より純粋になりたい。
なれるかな。
なれるとも。
願ったのだから、祈ったのだから、きっとくださる。
きっときっと。
★もさもさの向こうのデッキ、最近は、ここを、我が家では気取って、「パティオ」なんて呼んでいるのだけど、ここが、ちょっとした気分転換スポットなのです。
このコロナのステイホーム状況の中の・・・。
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