Monday, January 30, 2017

イザヤ書 57章

「わたしは、高く聖なる所に住み、
心砕かれて、へりくだった人とともに住む。
へりくだった人の霊を生かし、
砕かれた人の心を生かすためである。
わたしはいつまでも争わず、
いつも怒ってはいない。
わたしから出る霊と、
わたしが造ったたましいが衰え果てるから。
わたしは、怒って彼を打ち、
顔を隠して怒った。
しかし、彼はなおそむいて、
自分の思う道を行った。
わたしは彼の道を見たが、彼をいやそう。
私は彼を導き、彼と、その悲しむ者たちとに、
慰めを報いよう。
わたしは唇の実を創造した者。
平安あれ。
遠くの者にも近くの者にも平安あれ。
わたしは彼をいやそう。
イザヤ 57:15~19
「平安あれ。遠くの者にも近くの者にも平安あれ。
これほど大きな慰めは他にありません。
「平安あれ。遠くの者にも近くの者にも平安あれ。わたしは彼をいやそう。」
主の御手がお兄ちゃんの背中に触れている様子を思い浮かべています。
お兄ちゃんは、なおそむいて自分の道を行っているかもしれないけど、そして主はその道を見たかもしれないけど、でも、きっといやしてくださる。
主がお造りになった、お兄ちゃんの魂が衰え果てる前に、必ず。
イエスさまが、とりなしてくださる。
必ず。
「平安あれ。遠くの者にも近くの者にも平安あれ。わたしは彼をいやそう。」