Thursday, June 16, 2016

でも神さま

私は、今までモーセに憧れたことなど、ただの1度もありません。
聖書の登場人物の誰に憧れたとしても、モーセだけは、いつも遠い目でみつめてきました。
偉大すぎて親近感0。
ふんふん、ふんふんふんふん、へえ~、って。
それは出エジプト記の34の章をじっくり読んできた今朝も同じです。
でも、彼のとりなしに、特別な力があったことの意味について考えてみることは、とても大切とだ思いました。
人々から金を集めて、子牛の偶像を造って奉るようそそのかした、アロンは、のみで型を造った鋳物で子牛をつくったのに(32:4)、金を火に投げ入れたら子牛が出てきた(32:24)なんて、全く祭司らしくない嘘をついたのに、命を奪われることはありませんでした。
私に言わせば、「実はこの人が一番わるいんじゃん」です。
でも。
でも、モーセのお兄ちゃんだもんね。
エジプトでモーセと一緒にパロの側に立ってくれたお兄ちゃん。
「でも」って、私も言いたい。
「でも」って、私も言おう。
「あなたがお書きになった書物から、私の名を消し去ってください。」とは到底祈ることのできない、ちっぽけな信仰者の私だけど、神さまにすがりついて、「でも、でも、きいて、でもでも、神さま、」って言うことならきっとできる。