Monday, November 28, 2016

詩篇 17編

主は、いと高き所から御手を伸べて私を捕らえ、
私を大水から引き上げられた。
主は私の強い敵と、私を憎む者とから
私を救い出された。
詩篇 18:16,17
このことばを書き取りながら、人生の大水について考えました。
洗濯機のような大水・・・。(なんてちっぽけな私でしょう)
でも、私にとって大水とはまるでアメリカの大型旧式洗濯機。
そこから、引き上げられた時の安堵は、自分の強い希望でなくても、なんともいえない言葉にできないものがありました。
ある人のことを考えていました。
今朝、このみことばを読んで彼はもしかしたら洗濯機の中かもしれないと思いました。
それで、主の手が彼をつかんで、彼を大水から引き上げてくださる様子を思い浮かべ、現実となるように小さく祈りました。
私が、大水にいる時も、もしかしたら誰かが私のために祈ってくれたのかもしれないから。
19節にはこうあります。
「主は私を広い所に連れ出し、私を助け出された。主が私を喜びとされたから。」
洗濯機の中で周ってる時は、広いところがちょっと怖かったけど、でもそこは、助け出されて初めてわかる主の平安に満ちた場所だったのです。