Friday, November 18, 2016

ヨブ記 28章

神は風を重くし、
水をはかりで量られる。
神は、水のためにその降り方を決め、
いなびかりのために道を決められた。
ヨブ記 28:25,26
洗礼を受ける前に読み上げた証で私が選んだみことば、ローマの8:38とこれでした。
ローマの8:38とヨブの28:26って全く共通点がなさそうで、でも、当時の私には全く同じ意味に思えた。
つまり、人が神から愛されないことは不可能であり、人が神のように愛することもまた不可能。
「神を愛している」ときっぱりと言える人がいたら、それはキリスト・イエス以外にいないし、その彼を通してでなければ、私たちいは到底神の前に立てる者ではないと思った。
全能なる神の存在は、どんな宗教を信じる人も知っている。
生まれたての赤ちゃんも、野を駆け回る野生の動物も知っている。
でも、自分がその神に愛されていることを信じなければ、その事実は、自分とはなんの関係もないと思う。