Wednesday, July 29, 2026

ひまわり開花!

2学期始まって早々のアクティビティの仕込みの素材を
取りに行きがてら、学校の畑の様子を見てきました
ひまわりがたくさん開花していました
誰にも見てもらえないのは残念なので
少し切って帰りました
おかげさまで、
しばらく我が家はの花瓶はにぎやかです

 

夏休み読書日記〜「モモ」

「あなたこそ私の神です」
私の時は御手の中にあります。
詩篇

静かに夜が明けてまいります。
夏休みだけど、いつも通りの時間に起きるようにしています。
寝る前の母と電話で話したいからがんばって、「えい」と。
でも、それができない日もあります。
そんな時は午後の2時ぐらいに朝起きたばかりの母と話します。
それができるのは夏休みだから。ありがたいな、本当に、夏休み・・・。
「モモ」の感動が未だおさまりません。
時間を大切にする、ということの意味が根底から覆されるような衝撃を受けているのです。
「さわることはできない。つかまえられもしない。においみたいなものかな? でも時間て、ちっともとまっていないで、動いていくものだわ。そうするとどこからかやってくるにちがいない。風みたいなものかしら?いや、ちがう!そうだ、わかった!・・・」
そしてモモは時間を音楽に喩えました。
でも聴く耳をもたなければ聴こえてこない音楽のようです。
モモは、人や生き物や自然からさえ聴くことのできる良い聴き手なのです。
私もモモのような良い聴き手になりたいです。
神さまの耳で聴きたい。神さまの目で見たい。神さまの心で感じたい。神さまのように考えたい。そして、神さまのように話したいです。

Tuesday, July 28, 2026

夜更けのラーメン


大切に大切に、じっくりじっくり、読みたかったのに、夏休みであることをいいことに、ほとんど徹夜で読み終えてしまいました。
とまらなかったのです。すばらしかった。初めて読んだみたいな気もちです。
大人になってからは初めてだから、「初めて」と言っても良いと思う。
こんな年になっても、読むことがとまらなくなる良書に出逢え、そして大きく深く感動して、自分を変えたくなれることに心が揺さぶられています。
あまりにも有名な古典(と言ってもいいよね)だから、ストーリーは周知の事と思うけど、でも、私、これ、忙しい大人たちにぜひ、もう一度、違う気もちで読み返して欲しいと思う。
子ども時代に読んだ時の、「ああ、おもしろかった」ではすまされないない、重くて深い意味に必ず出会えると思います。
読書日記に必要な素敵な文章、心にとまった登場人物のことばなど、一切のメモなしで、一気に読み進めてしまったので、これを、読書日記と名づけることはちょっとおこがましいけど、この夏休みをかけて、少しずつ、書いてゆけたらと思います。
昨夜はそういうわけど、あまり寝ていません。
明け方、最終章のクライマックスを目前にあまりにもおなかがすき、冷蔵庫にあった、夫のラーメンの生麺の残りの一つをささっと作って食べました。
ネギなし、ガーリックなし、もちろんチャシューもなし。
ただのラーメンの麺と醤油味のスープです。
でも、おいしかった・・・。
涙が出るほどにおいしかった。
モモという子の事を考えながら、これからの自分の事とかもちらちら考えながら、こんな風に異常な時間の使い方ができる夏休みをしみじみと感謝しながら、鼻水をふきふき食べた夜更けの醤油ラーメン。
本当においしかったです。
モモありがとう。そして夏休みばんざい。

Monday, July 27, 2026

ここ最近の私

どこにもでかけていないし、
仕事しかしていないから、適当な写真がないので
苦し紛れに仕事で撮られた写真の背景を削ってみました



この通り、ここ最近も、とっても元気でした
そして夏休みの今はもっと元気です!

 

爆撃からの癒し②


今日は、夏休みが始まって以来、初めてのお買い物に出かけました。
グローサリショッピングではない方の、「お買い物」です。
目指すはほんのちょっとだけど日本語書籍を置いてくれている古本屋さん。
昨日の残りのスープと、ちゃちゃっと簡単に作れるオムライスでランチを済ませ、ガーデナ方面に行ってきました。
お庭に持ち出すこともせず、今日は、キッチンで食べました。
そして、ああ、神さまありがとう、としみじみ感謝してしまう2冊を選ぶことができました。
共に、時間、本当にやるべきこと、という今まさに私の関心事ナンバー1がテーマの本です。
この2冊に大満足した私は、隣接する小さな日本食グローサリーストア(結局そうなる・・・)を用もないのにブラブラと散策し白菜としめじとしらたきと薄切り日本産牛肉を買って帰りました。
全て、日系マーケットでしか手に入らないアイテムです。えらい。
今夜、すき焼き風の煮物を作って炊きたてご飯にのせて食べる作戦です。
しまった。豆腐も買うべきでした・・・。
リストがなかったのだから仕方ありません。
で、本に話を戻すと、これ最高だったかもしれない。
もったいないから、意識してゆっくり読もうとするけど、どんどんページをめくってしまい、ああ、とんでもない良書に、またもやめぐりあってしまったかも的予感に包まれ、めちゃくちゃ幸せです・・・。

 

爆撃からの癒し


「口直し」という言葉があるでしょうか。
今ちょっと調べてみます。
ありました。
「濃い味や苦い薬などを口にした後、別の飲食で味を消して口の中をさっぱりさせること」
だそうです。
別に悪い意味ではなさそうなので、これがぴったりくるので使わせもらうと、「口直し」のような気持ちで聞きたくなる牧師の説教があります。
もうかれこれ20年以上は、この人は私の「霊直し」の役割を果たしてくれています。
その彼のメッセージに、ふっと、いつもと違う方法で辿り着こうとしたのが、災いでした。
間違えて彼に関する、とっても恐ろしい、中傷記事、ああじゃなくて、中傷ビデオを開いてしまったのです。
そしてほんのちょっとだけど、でも十分すぎる苦い中傷を聞いてしまったのです。
あまりの恐ろしさに、沈めたい気もちを持って探していたのに、逆になんともいえないもやもやが100倍、いえ1000倍に増え広がってしまい、窒息死するかと思ったほどです。
もちろん、私はその先生を疑う気もちは毛頭ないので、ぐらぐらな気もちのまま、がんばって、いつもの方法で彼のメッセージが詰まったチャンネルに気もちを合わせ、そして、数ある中から、適当に、本当に適当でした。スロットルマシンのレバーをひくかのように、くるくるとスクロールさせて適当なところでぴっと止めてそれを開いたのです。
神さま、って本当にすごいです。
それはこのショッキングな状態のまさに「答え」のようなメッセージでした。

Sunday, July 26, 2026

作る喜び、食べる喜び

すっごく暑いけど、まるで罰ゲームのようにスープを煮る私
スープを食べる私
畑でとれたズッキーニをこうして食べたい一心でした
汗びっしょりだけど、
おいしかったです
神さま、畑のお野菜をありがとう
畑で働く喜びもありがとう
さて、汗を拭いて、おかわりしたいと思います
今夜も良い夜をおすごしください
また、書きます

朝の平和のお供をご紹介


聖書を開くまでの朝の支度、
コヒーを作ったり、人によって色々あると思うけど、
その時に聞く音楽、最近はもっぱらこちら↓
そして聖書を開いたら、歌詞のないこちらに↓
この5年以上ずっとお世話になっています
共にコマーシャルが入ってきません
安心して朝の平和を楽しめます




 

Saturday, July 25, 2026

畑との距離

毎日通って汗水垂らしたい欲求を静かに抑え、
一日おき、いえ、願わくは2日おきを目指している畑通い
畑との距離はクルマで20分ほど
畑は職場にあるので、夏休みだし気持的には
もっと距離を置きたいところですが
私の通勤ルートは森を抜けるため、
うっかり気を許すとドライブ気分でふらりふらふらこれてしまうのです


 

Friday, July 24, 2026

奥まった場所


今日は靴を洗いました。
子どもの頃は嫌いだった靴洗いが今では気持ちを集中して考えたい時の聖なるアクティビティ。
そして白い靴を白い状態で履けることのなんと、贅沢で幸せなこと・・・。
それは余裕。
それはゆとり。
それは、自分や自分の持ち物を大切にしていることの確認。
がんばって生きていると、靴は又必ず汚れます。
でも、大丈夫。
私には休みがある。
お休みの日に又、じゃぶじゃぶごしごし洗えば良い。

庭の奥まった所でそんなことを考えながらお昼ごはんを食べました。
ここ数日、気温はとっても高いけど、ここに座っていると、もう一枚はおりたくなるほどです。
熱がさめてゆくのがわかります。
やさしい風の通り道、そして一日中、何かが日陰を作ってくれる素敵な場所。
そして、十分にさめた身体を再び温めるために、さて、もうひとがんばりしましょう、と庭仕事に戻る日々です。


 

Thursday, July 23, 2026

新しい冷蔵庫と小さなパラソル探し


夏休みに入って5日めの朝です。
「ああ、もう5日も経ってしまったのね、私、何をやったかしら・・・ちゃんとやるべきことを無駄なくやっているのかな」と自分をジャッジしたくなる気もちをぐっとこらえ、時間をかけても良いこと、のんびりしても良いことを自分に確認しながら毎日を過ごしています。
今朝は、昨日調べた新しい冷蔵庫のインフォメーションを家族に配信しました。
たったそれだけの作業に不本意にもなんと2時間近くもかけてしまいました。
読み込んでいたら色々気づきがあり、変更したりして。
又、職場でのコミュニケーションツールとかEメールとかだと一瞬なのに、大体個人的なEメールを読み書きしようとしたらそこにサインインするところから始まって、え?パスワード?じゃテキストでいいや、え?家族はどこ?ぐずぐずまごまご・・・。
でも無事に送ることができました。
こんなのです。かわいいでしょ。欲しいな。
毎日、同じ場所でお昼ごはんを食べています。
そこですごす時間がとても楽しいです。
頭上には蜂の巣がありうぉんうぉん羽ばたいているし、時々、死にそうな蜂がぽとっと落ちてくるし、気もちの良い風が吹くとと小さな木の葉がはらはらと舞い降りてきて、ごはんの上に落ちそうになるけど、でも、すごく落ち着く場所です。
庭の奥の奥の狭くて小さな場所です。
パラソルをさすスペースもないほどです。


 

Monday, July 20, 2026

そうは問屋が卸しませんでした


夏休み、2日めの朝です。
仕事が終わって、初めて考えてみているのだけど、私は、この膨大な日々、31日間、時間、744時間への覚悟が全くできておらず、今さらながら緊張しております。
父が亡くなって以来、少しの無駄も許されないかのような気もちで、幼稚園と家、日本とアメリカを往復し続けてきました。
そして5年ぶりに一夏丸々、どこにも行かなくて良い、と自分に宣言してみたけれど、果たしてそれってどんな感じなのかな・・・。
昨日は、やりたいことリストの一つであった、「布団の洗濯」というのをやりました。
それからパティオのフェンスの修理をしたかったのだけど、これが半分ぐらい終わりました。
お庭にビーチに持って行くみたいな折りたたみの軽い椅子を、陰を追うように移動しながら起き、休み、休み、このままお昼寝しちゃおっかな〜、という誘惑と戦いながら。
ああ、でも誘惑されてもいんだ。
このまま寝ちゃった所で、作業は明日以降、まだたっぷりあるのだから、と頭の片隅で考えるのだけど、身体の緊張はまだそこまではほぐれていないようで、そうは問屋が卸しませんでした。

学校の畑に作らせてもらっている菜園のことがとても気になります。
2日めにして、もう職場に行ってみようかという誘惑とも戦っている私。
実はこちらの戦いの方が深刻かもしれません・・・。

Sunday, July 19, 2026

一人作戦会議

昨日の残りものを詰めただけの簡単ランチ
でも庭しごとの合間に、お庭で食べるのがこの頃の休日の新しい習慣
ここはこうしよう
あそこは、ああしよう
次はどこかな
など、一人作戦会議を開きつつ・・・

 

夏休み初日の朝に・・・


教室で飼育していただんごむしを畑の片隅に放して、長い夏休みが始まりました。
初日です。
5年ぶりのLAでの夏です。
今朝は時間をかけて、やる事、やりたい事をリストにしました。
自分でできることはわずかでした。
ほとんどがお願いしてやってもらわなくてはならないことです。
予算はたくさんではないので、それが尽きたら、後は又、一生懸命に働いてからにしようと思います。
少しでも家やお庭が良くなればよいな。
そして、前にも書いたけど、「完成」を待たずして、この家や庭を、この夏は精一杯エンジョイしたいです。

私が戻らないことでかかってしまう日本の家や車の維持費は飛行機代を大きく超えてしまいます。
でも、いいの。
ともかく1度やってみようと思う。
うまくいかなければ、又、次からは夏冬夏冬の帰国にしても良いのだから。
いいえ、ちゃちゃっとがんばれば8月にビュンと帰ることだってできるのだから・・・。

 

Sunday, July 12, 2026

主の慰め

私たちにすべての物を豊かに与えて楽しませてくれる
神に望みを置くように。
1テモテ

今週は、仕事でも私生活でも辛いことが、色々あったので、こうして、無事に平和な日曜日を迎え、ゆっくりと聖書を開いて主の慰めの中に浸れることに、しみじみと感謝しています。
私は、いくつになっても、どんなに長く生きても、どれほどたくさんの難しい場面に遭遇しようとも、大人同士の巧みなコミュニケーション力のスキルを駆使した戦いに勝つことはありません。
タイミングや状況まで計算され準備され、完敗だった今週、罠にはまったような気もちで決心したことがあります。そしてその決心を神に祈りました。
そして考えてみています。
私はタイミングや状況を計算して畑に種を蒔きます。
花や実が欲しいからです。
私が欲しい花や実とはいったい何なのだろう。
それは親切です。誠実さです。愛です。
そして思い出したことがあります。
「私自身が愛になれば、愛はいつもここにある。追いかける必要はない」
誰かの本の誰かのことばです。
ああ、そうだ。そうだった。忘れていたけど、そうだった。
私は今、この文章を書きながら涙をこぼしています。
嬉し涙です。喜びの涙です。
今週、祈った祈りに、「私にあなたの慰めを与えたまえ」というのがありました。
今、まさに与えられているから、それで泣いているのです。