私たちにすべての物を豊かに与えて楽しませてくれる
神に望みを置くように。
1テモテ
今週は、仕事でも私生活でも辛いことが、色々あったので、こうして、無事に平和な日曜日を迎え、ゆっくりと聖書を開いて主の慰めの中に浸れることに、しみじみと感謝しています。
私は、いくつになっても、どんなに長く生きても、どれほどたくさんの難しい場面に遭遇しようとも、大人同士の巧みなコミュニケーション力のスキルを駆使した戦いに勝つことはありません。
タイミングや状況まで計算され準備され、完敗だった今週、罠にはまったような気もちで決心したことがあります。そしてその決心を神に祈りました。
そして考えてみています。私はタイミングや状況を計算して畑に種を蒔きます。
花や実が欲しいからです。
私が欲しい花や実とはいったい何なのだろう。
それは親切です。誠実さです。愛です。
そして思い出したことがあります。
「私自身が愛になれば、愛はいつもここにある。追いかける必要はない」
誰かの本の誰かのことばです。
ああ、そうだ。そうだった。忘れていたけど、そうだった。
私は今、この文章を書きながら涙をこぼしています。
嬉し涙です。喜びの涙です。
今週、祈った祈りに、「私にあなたの慰めを与えたまえ」というのがありました。
今、まさに与えられているから、それで泣いているのです。