Sunday, March 31, 2019

元気です

いろいろあるけど、元気です 

色々あるから、元気です

Supermarket Flowers

どんな週末でしたか。
私は、賢人の送り出しの準備、お買い物やらお料理やらに追われて、てんてこ舞いな二日だった。
かわいそうなはな。
やっと、ママを取り戻し、もう寝る時間というのに、一緒にテーブルを挟んで、まだおしゃべりしています。
決して、ひがんだり、すねたりしないから、えらいなって思う。
待遇、全然違うのに。
この1週間、毎日、賢人の食べたいものを作り続けたし、賢人の都合や希望が優先されたのに、はなはそこから、食べられるものを食べ、自分でできることをして、彼女なりに楽しく過ごしてくれた。
私も、そんな妹だった気がする。
父と母は、いつもお兄ちゃんに夢中だったから。
賢人をアーバインまで送って行った帰りに、はなが聴かせてくれた音楽、
とっても好き。
はなは私の子、今までも、今も、これからも。

今日のランチ〜チキンサラダ

今日のランチ
ToGoのすごい豪華なサラダ!
でも、まだ食べてない
もう夜の9時過ぎ・・・

Chapter 12 Oh Courage, Where Are You?

強くあれ。雄々しくあれ。
恐れてはならない。
おののいてはならない。
あなたの神、主が、
あなたの行く所どこにでも
あなたとともにあるからである。
ヨシュア 1:9
一歩踏み出して、変化を起こすには勇気が要ります。
今までのやり方を続けるほうが、ずっと楽なのです。
勇気をもたなければ解決しないとわかっていても、無難なほうを選択してしまいます。
何度も挫折すると、勇気は吹き飛んでしまい、いく度となく踏みつけられると、たましいは疲れ果ててしまいます。
ついには、熱意も、やる気も、意欲も失い、新しいことに挑戦しようという気持ちになれなくなってしまうのです。
長い間、挫折したままでいると、苦痛や喪失を予期し、当たり前のことと思うようになります。
私たちは、人生に確実さを求め、平穏で安心だと感じたいために、周りの人のおかしな行為を何度でも受け入れます。
けれども、この地上で感じる安心感は、すべて虚像にすぎません。
ヘレン・ケラーは次のように言いました。
「安心感のほとんどは迷信です。自然界には存在せず、人類が経験することもありません。」
神様とその愛以外、確実なものなどないのです。
スー・オーガスティンの「過去の傷がいやされるとき」より
変化しっぱなしな私には、あまり関係のないメッセージだと思いながら、読み始めたけれど、全然そんなことなかった。
これでいい、これがいいと思ってやっていることのほとんどが、実は見えないふり、考えない努力をしていることなのだと思う。
本当に確信を持って、やっていることにはついては、「これでいい、これがいい」なんて思わないのです。
聖霊と私の境目がなければ、霊はいちいち人みたいにそんなこと思わないもの。
心の中に「いつかきっと取り組むべき問題ノート」というのがありました。
もう久しく開いていません。
私も傷つくのを恐れている。
そして、流れている方が楽になってきている。
私もまた、神のほかに、恐れるもののある、不信仰者なのでした。



ローマ人への手紙 6章

あなたがたは、以前は自分の手足を
汚れと訃報の奴隷としてささげて、
不法に進みましたが、
今は、その手足を義の奴隷としてささげて、
清潔に進みなさい。
ローマ 6:19
「清潔に進みなさい」
アダムの違反によって負わされた罪人の重荷を降ろし、キリストの償いによって得た自由をもって、「清潔に進みなさい」。
このひと月、毎朝のように、幼稚園で話したきたことです。
2章の21節に、こんなパウロの厳しい叱責があります。
「幼子の教師だと自任しているのなら、どうして、人を教えながら自分自身を教えないのですか。」
ここが「幼子」であることにずっと気づきませんでした。
パウロが生きた時代にも幼稚園があったのかな。
それとも、礼拝中に、小さな子をお世話をする今のサンデースクールのようなクラスがあったのかな。
幼子の教師だと自任しているのは、私です。
だから、まずは、私自身が清潔に歩もう。
いつも。どんなときも。
そうできるように。


Saturday, March 30, 2019

今日の晩ご飯〜なんちゃってタコ&蕎麦スープ

ツイストしまくり、
もうすでにタコスじゃないと思われている気がするけど
でも一応、タコスのつもり
 そして、何かしら汁物の欲しい自分のために蕎麦
右上では私のお鍋がご飯を作り中
賢人は明日の礼拝とその後のフェローシップの後、
アーバインに戻ります


今日のランチ〜サーモンとエビのポキ

ポキ大すき!
私はサーモンとエビ 
サイドに枝豆と海藻、野菜は全種類入れてもらった
 賢人はスパイシーツナと普通のマグロ
 お買い物を終えて、はなをバレエスクールに迎えに行き
彼女はひとりで、Asai Bowl
み〜んな大満足

Chapter 11 Unpacking Your Emotonal Baggage

何も思い煩わないで、
あらゆる場合に、
感謝をもってささげる祈りと願いによって、
あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。
ピリピ 4:6,7
怒りや落ち込み、心配や恐れ、嫉妬などの負の感情は、長い間あなたの思いを占領していて、単に習慣となってしまったに過ぎないことがほとんどです。
このような思考パターンは性格の一部で、変えることはできないと思いがちですが、実際は打ち破ることができるのです。
あなたの思考〜何を考え、何を思っていますか
思いが重要な理由の一つは、感情はすべて“思考”から始まるからです。
あなたのことば〜どんなことを言っていますか
あなたの言葉は、あなたの思考や黙想してきたことの軌跡です。
あなたの心持ち〜どんな気分ですか
思考や言葉は態度となり、そして態度は、どんな心持ちになるかを大きく左右します。
スー・オーガスティンの「過去の傷が癒されるとき」より
もう一度、食べてみたいもの#1
かき氷の手作りいちごシロップ
この章の中の、気分を上向きにする、というくだりに、食べ物について書いていて、昨日の私の文章へのお返事のようで、ドッキリしました。
私は、お砂糖やお塩を制限して、なんともしまりのない、味気ない食生活を送るつもりはさらさらありません。
カロリーの低いものをたくさん食べて、満腹になりたいという願いも全くありません。
どちらかと言うと、三度の飯より寝るのが好きです。
なんでもいいけど、凝ったものは、ちょっと苦手です。(何が入っているのかな?どうやって作ったのかな?と考えて食べるからあまりおいしく味わうことができないのだと思う)
できたら、野菜は生かスープ、魚もお肉もただ焼いただけかスープが好き。
#2手作り味噌で食べたきゅうり
好きなものを、好きなだけ、食べて生きる罪人です。
でも、ここに書かれているのは、もし、その限度を超えたら、どうなるかという、恐ろしい事実でした。
それが、ものすごく気分に影響するという証。
例えば、お砂糖の場合、神経過敏、記憶障害、イライラ、無気力、躁状態、うつ状態。
ひとかけらのチョコレートを食べて、元気になろうとする時、慰められようとする時、元気や慰めはどこから来るのかを考えてみなければならないと思う。
空っぽの心に入り込んだお砂糖は、別なお砂糖の友を呼び、やがて、心を占領され、パーティが始まってしまった経験、ないですか?

使徒の働き 28章

私は、あなたがたに会ってお話ししようと思い、
お招きしました。
私はイスラエルの望みのために
この鎖につながれているのです。
使徒 28:20
パウロが囚人としてローマ人に渡されたことは、それほど悪いことではなかったと思うのは、私だけなのかな。
誰にも聞いてみたことがないけれど。
少なくとも、そうされることで、頭に血の登ったユダヤ人、しかも集団になると見境いなくなるユダヤ人の暗殺から守られたのではないかと思うのよね。
そして、パウロにはいつも、どこにでも、聖霊が共にあったから、それは、ドラえもんののどこでもドアと同様に、パウロと世界は繋がっていられた。
パウロと天国も繋がっていた。
明日から、ローマ人への手紙が始まります。
私が聖書の書簡の中で最も愛する手紙です。
★昨日の朝の自由遊びで撮影。
何を作ったのかとのぞいてみたら、なんと十字架。
そして、イエスさまが流してくださった尊い血潮。
子どもたちは、これを受け、信じることで、罪の奴隷から解放され、神の子とされることをよく知っています。
良いことをするために、愛するために、自由になったことも。
パウロ先生、大切なことを私たちに教えてくれて、本当にありがとう。

Friday, March 29, 2019

今夜はスペアリブ、プラス私は雑穀おにぎり

★今夜はスペアリブ。
賢人の「春休みに家で食べたい物リスト」には、“お父さんのポークチョップ” はあるけど
スペアリブはありません。
“お父さんのポークチョップ” って言われても、夫は毎晩遅いし、私の努力ではどうすることもできないので、その代案です。
バドワイザーが衣替え

★毎日、雑穀おにぎりを食べるようになって、2週間が経ちました。
一日一合で、お昼にひとつ、夜ひとつ。
これが、今の私の生きる喜びとなりつつあるハマりよう。
何がそんなに良いのかと言えば、まず、満足と感謝が違う。
噛んで、しみじみ美味しくて、感謝。
もう一度噛んで、しみじみ美味しくて、も一度感謝。
普通のサイズのおにぎりなのにこの感謝の回数が増えたことで、食べ終わった時に満足が大きくて、もう何も求めようとは思わない私。
デサートにアイスクリーム一口、とかフルーツ一切れ、とかって、お腹の膨らみ具合と関係なしに欲しくなっていた気もちがまるごときれいに消えちゃった。
★で、痩せた(と思う)。
電卓みたいな薄っぺらの体重計が壊れたので、修理のしようもなく、ポイし、しばらく体重知らずな日々なのだけど、パンツの履きごこちで何となくそう思うのです。

使徒の働き 28章

元気を出しなさい。
あなたがたのうち、
いのちを失う者はひとりもありません。
失われるのは船だけです。
使徒 28:22
護送され中の、囚人、パウロのことばです。
船を惜しんでも、いのちを惜しまない人と書いて、「頑固者」と読むます。(眞紀語録)
自分のいのちとと引き換えに、頑固に握りしめている物を、人は時々、チェックしなければならないと思う。
今の私は、なんだろう。
「理想」かな。
理想の幼稚園、幼稚園のあるべき姿、とか、そんな、私の中の形、シェープ。
そこに集まる、子どもたちの「いのち」を尊ぶあまり、働く人それぞれの理想を軽んじたりしないようにしたいです。

Thursday, March 28, 2019

正しいカレー作り

★おつかれさま〜。
ふう。
帰るなり、バタバタと、賢人の「春休みに食べたいものリスト」のトップだったカレーを作っていました。
豚肉、ニンニク、玉ねぎ、人参、じゃがいもの、カレーの箱の裏のレシピ通りの正しすぎるカレーです。
はなと私は、ひき肉と玉ねぎのミジン切りだけのカレーが好きなのだけど、男衆は正しいカレーが好きだから、今日は、ちょっと頑張った。
リストは余すとこ、あと、みっつ。
チキンと野菜のスープと、焼き魚、そして、夫が焼くポークチョップ。
でも、夜はあと2回しか残っていません。
だから、スープはアーバインに持って帰ってもらおうかと考え中。
★賢人が夏の、UCだけど、違うキャンパスのクラスにアクセプトされたと言って嬉しそうです。
即、返事をしていたけど、今回は全額自腹で、暮らしも含めてざっと4000ぐらいとのこと・・・。
でも本人は、後にも先にもないチャンスだから、ローンで行くとはりきっています。
ローンって、そ、そ、そんな、あんた。
仕事もしていない癖に偉そうに。
私でさえ、ひとりでは負ったことのないローンを、簡単に言わないで、とちょっと制してみたけど、今回は、そのクラスの魅力に、もう心を決めているようです。
で、今朝、一生懸命に祈りました。
主の御心をあの子と私にはっきりと見せてくださいと。




使徒の働き 24章

私は、律法にかなうことと、
預言者たちが書いていることを全部信じています。
また、義人も悪人も必ず復活するという、
この人たち自身も抱いているの望みを、
神にあって抱いております。
使徒 24:14
誰もが、造られた、全ての人が、心のどこかで本当は知っていること、うすうすわかっていることを、はっきりと信じて、受け入れているのがクリスチャンなのかもしれません。
25節でローマ軍のペリクスは、せっかく、パウロから、そのうすうすは気づいている福音をはっきりと聞いたのに、「パウロが正義と節制とやがてくる審判とを論じたので、ペリクスは恐れを感じ、『今は帰ってよい。おりを見て、また呼び出そう』と言った。」とあります。
せっかくのチャンスだったのに・・・。
正義も節制も、聖霊が共にあるから、ただ委ねるだけでよいのに・・・。
もし、今、誰かが福音を持って一生懸命に話してくれているなら、どうか、その人と一緒に門をくぐってみてほしい。
自分の力ではない生き方が、どれほど開放的で、自由で、それでいて、大きな力が自分と共にあるかは、門の手前ではわからないのです。

Wednesday, March 27, 2019

ボサボサな日々2

★人知れず風邪をひき、人知れず回復し、けれど、私の風邪のコースの最後はいつも喉なので、ここで人に気づかれ、自分でも気づくという図々しさ。
かまっていられないから、何それって無視していたけど、最後に声が出なくなって、「はいはい、風邪です。風邪ひいていました。でももう治りました。」と面倒な説明に追われております。
誰も無視できないほど、声がガサガサだから仕方ないけれど。
★賛美チームのもう一人のピアニストの真里さんが幼稚園にピアノを弾きに来てくれて、私の子どもたちったら、彼女のゴージャスな伴奏にはりきっちゃって、とっても楽しいイースター音楽発表会のリハーサルとなりました。
思えば、ピアニスト同士だから、一緒に仕事をするのは、初めてなのです。
さすが、レベル高しな、我らが賛美チームの真里さんのセンスの良い伴奏が嬉しくて、ワクワクしてきました。
彼女は、子どもたちのあまりのガチャガチャぶりに「エネルギー、吸い取られちゃんたみたい・・・」と青ざめておりましたが・・・。
★春のつむじ風の中を、無視することも、また巻かれることもなく、垂直に突き進んでおります。
これが、私への神さまの示しだから、仕方ない。
ふう〜、今日も結構ボサボサです。






使徒の働き 23章

その夜、
主がパウロのそばに立って、
「勇気を出しなさい。
あなたは、
エルサレムでわたしのことをあかししたように、
ローマでもあかしをしなければならない」と言われた。
使徒 23:11
半狂乱のエルサレムのユダヤ人たちに加え、そこにローマ軍も加わり、何が起きてもおかしくない狂気と狂気のぶつかり合いの真ん中で、その責めの中心にいるにもかかわらず、冷静で、明晰で、理論的で、そして、霊に満たされれていたパウロ。
かっこよすぎ。
さすが、ガマリエルの教え子。
彼の、パウロの、人生の全てが、育ちから、学歴から何から何までが、今日のこの瞬間のために役に立っているのは神さまの、恐ろしいほどに緻密なご計画だったと思う。
感動のポイント、ちょっとずれているかもしれないけど、今朝の私は、そこにも感動してしまうのです。
人びとは、勝手です。
勝手にいろんなことを恐れたり、尊んだり、蔑んだりするものです。
でも、育ちが良いということで、誰かが自分を尊んだり、扱いに気を使ってくれるなら、それは、ラッキーというよりも、初めから準備された神さまの守りなのだと思う。
そして、その自分の努力によらない守りを纏う(身につける)ように生きることができる人は、本当に幸せです。

Tuesday, March 26, 2019

ボサボサな日々

幼稚園の帰りにPVの楽譜屋さんに寄って。小一時間ほどあれこれじっくりいろんな楽譜を見て、数冊を選んで帰路に着きました。
明日のホーム・レッスンが楽しみです。
楽譜屋さんって大すき。
いつも暇そうだし、いつも親切だし。
春のご機嫌の悪いつむじ風は、全く勢力衰えず、今日もボサボサになっちゃったけど、でも楽譜屋さんで、ちょっとボサボサを直し、さらに静かで、そしてあったかな我が家に帰ってきました。
ほっ。
賢人もはなもいるのに、まるでいないみたいに、お部屋で静かにしている。
夫は、今日も遅いらしい。
さすがに、今日はちょっと疲れました。
毎日、ホーム・レッスンの人になりたい気分です・・・。

使徒の働き 21章

この両手は、
私の必要のためにも、
私とともにいる人たちのためにも、働いてきました。
このように労苦して弱い者を助けなければならないこと、
また、主イエス自身が、
「受けるよりも与えるほうが幸いである」
と言われたみ言葉を思い出すべきことを、
私は、万事につけ、
あなたがたに示してきたのです。
使徒 21:34,35
ミレトでの、教会の長老たちへのパウロの別れのメッセージです。
私も今朝、パウロの首を抱いて、「行ってらっしゃい。私も行ってきます。」と言います。
私も今朝、パウロのこのメッセージをしっかりに握りしめて、心もひきしめ、春のつむじ風の中にまっすぐに突入します。
聖霊さまと共に。
今日も良い日でありますように。

Monday, March 25, 2019

古傷の痛み

実は二夜に渡って、とっても恐い夢をみました。
みた直後はあまりにも怖くて、書けなかった。
でも、今、ちょっと落ち着いて、書いてみる気になりました。
初めの夢は土曜日と日曜日の間の夜の明け方。
弾きなれたはずの、「主の御足に」という曲のメロディがどうしても浮かばず、イントロにつまってパニック状態になる夢。
二つめのは次の夜、つまり、日曜日と月曜日の間の夜の真夜中。
大切な約束に間に合わない夢。
そして、とってもがっかりさせてしまう私。
「過去の傷がいやされるとき」をおさらいしているけど、私、まだ、完全には忘れていないかもしれない、と思った。
まだ、怖いと思っている。
まだまだ、平気じゃなかった。

春のつむじ風

ふう〜、やれやれ。
ご機嫌の悪いつむじ風が吹き荒れ、ちょっとボサボサです。
でも、家の中は、静かで平和そのもの。
暖房らしきものは何もつけていないけど、あったか。
これから煮炊きが始まるから、そしたらもっとあったか。
家っていいよね、家族ってもっといいよね。

使徒の働き 19章

パウロが彼らの上に手を置いたとき、
聖霊が彼らに臨まれ、
彼らは異言を語ったり、預言をしたりした。
使徒 19:6
話していても、いえ、ただ一緒にいるだけで、なんだか落ち着かない気もちになるクリスチャンっていませんか。
たいてい、素晴らしく良い人なのだけど。
アポロって、たぶん、そういう人だったのだと思います。
18章の25節、「この人は、主の道の教えを受け、霊に燃えて、イエスのことを正確に語り、また教えていたが、ただヨハネのバプテスマしか知らなかった。」
でも、アポロが教えた弟子たちに会ったパウロは、なんだかおかしいと思ってたずねます。
19章の2節、「『信じたとき、聖霊を受けましたか』と尋ねると、彼らは、『いいえ、聖霊の与えられることは、聞きもしませんでした」と答えた。」。
3節、「『ではどんなバプテスマを受けたのですか』と言うと、『ヨハネのバプテスマです』と答えた。」
その違いはなんなのだろう。
私にはわかりません。
でも、ただ、悔い改めはとても大切な私たちの日々の習慣だけど、でも、霊の守りや導きは、それがきちんとできているとか、できていないということに比例しているわけではない、と思う。
★昨日、はなとぶらぶら歩いていて、見つけた古い教会
ドアが開いていたので、中を覗いて写真を撮らせてもらった


Sunday, March 24, 2019

雑穀おにぎり〜私流

使うのは雑穀と玄米、そして普通のお米
 雑穀と玄米を玄米を圧倒的多数にして混ぜておきます
 その混ぜた茶色チームと白をだいたい半々で炊きます
一合より、ちょっと少なめに炊くと、
私好みの大きさのおにぎりが2こできる
水加減は超適当で、お米の上1センチ
吹きこぼれちゃうのよね、絶対・・・
吹きこぼれがなくなり、
シューシューと湯気も出なくなったら炊き上がり
火を止めて、しばらく蒸します
「しばらく」も適当です
思い出したら蓋を開けて、
はい、出来上がり




今日のランチ〜おいしいドレッシングのサラダ

賢人の希望で入ったお店
チキンのお店だけどサラダを食べました
ドレッシングがとってもいけた
500ミリほど譲って、って言いたかったほど
賢人はフライズの大
 はなは小
そんなフライズだけなんて、って
チキンをエクストラでもらったけど、
誰も食べられなかった・・・
でも、大丈夫
サラダの入れ物に、残り物全部詰めて持って帰ります




Chapter 10 Resiliency - Bouncing Back After Adversity

主は私のたましいを生き返らせ、
御名のために、
私を義の道に導かれます。
詩篇 24:3
危機のさなかで「サバイバル・パーソナリティー」と言えるようなものを持つ女性たちを調査していくと、何よりも共通するものが一つあることがわかりました。
それが弾力性でした。
弾力を高め、対応力を強め、逆境を味方につけてしまう方法をいくつかあげてみましょう。
1、失敗を練習する
自分の弱さや欠点を自覚すると弾力は高まります
2、小さなリスクがある挑戦をする
新しいことに挑戦するのをやめたりしないでください
3、被害者意識を振り払う
失敗によって被害者意識をもつことも、それによってあなたという人間を定義づけることも拒否してください
4、説明の仕方を見直す
問題や障害、厄介な事態、周りの出来事や状態をどう説明するかは、あなたの順応性を左右します
5、自分の視点を取り戻す
少し距離を置いて、これは5年後、10年後にはどういう意味があるのだろうと自らに問いかけてください
6、柔軟になる
譲歩することを知らなければ、いずれ折れてしまいます
7、古い感情をよみがえらせない
なぜ自分はこうなのかという理由はだれもが見つけますが、だからといって、このママでいいという理由にはなりません
8、最悪を最善に変える
新しい現実をまず評価しようと決めてください
その後で、それに順応するための大胆な方法を探してください
9、感情をコントロールすることを学ぶ
弾力性をもった人々は、自分をコントロールします
激しい怒りや不安にかられて突っ走ったり、相手を罵倒して関係を断ち切ってしまうことはしません ー むしろ、関係を保ち、可能性のドアを開いたままにしておきます
10、しなやかな考え方を身につける
挫折の中にあるチャンスを見抜くには、過去にとらわれない自由な発想が必要です
11、前向きな思考を選ぶ
問題を乗り越えていく人々は、その時点では全く見えていない可能性についてイメージします
12、ユーモアを見つける
自分自身や自分の失敗を笑える人たちは、いつも楽しいことを見つけます
13、強力なサポート・ネットワークを作る
勇気を出して、助けや励ましを求めてください。
14、宿命ではなく信仰に頼る
あなたの人生は、宿命や運や偶然に左右されているのではなく、神様の御手の中にあるのです
15、与える人になる
自分のことで頭がいっぱいな“自己中心”の生活を送っていると、人生に意味を見いだすことも、トラウマとなる事態を乗り越えていくこともなかなかできません
スー・オーガスティンの「過去の傷がいやされるとき」より
私が最も共感するのは、4番の、「説明の仕方を見直す」です。
説明は、しないに越したことはないけれど、もし、説明しなければならない状況になったなら、その時は、自分を含め、誰のせいにするでもなく、聖霊さまがそれをお許しになった、とそれで良いと思う。
実際、どんなに悲しい過去も、忘れたい失敗も、神さまの手の中にあったことは確かなのだから

使徒の働き 17章

確かに、神は、
私たちひとりひとりから
遠く離れてはおられません。
私たちは、神の中に生き、動き、
また存在しているのです。
使徒 17:27,28
偶像だらけの街、アテネでのパウロのメッセージです。
32節、死者の復活のことを聞くと、ある者たちはあざ笑い、他の者たちは、「このことについては、またいつか聞くことにしよう」と言った。
人が手で掘った石の中に神がいると信じられるのに、どうして、キリストの復活は信じられないのだろう。
石の中に住めるのが神なら、身体の中にも外にも住めるし、身体の蘇りだってなんだってできるとどうして想像してみていなのだろう。
子どもたちは復活の話が大すきです。
椅子から飛び上がって喜びます。
その喜びとセットだから、十字架の話も辛抱強く聞くことができます。
人類の罪の総決算である十字架の痛みも悲しみも、じっと静かに聞き、「でも、ふっか〜つ!」で、「いえ〜い!」と本当に飛び上がるのです。


Saturday, March 23, 2019

ありがとうございます

結局今日も、てんてこまいだったけど、でもとっても良い日だった。
聖霊さまが、私を守ってくださった。
導いてくださった。
そして祝福してくださった。
若干21歳の賢人が家族をぬきに、ただ一人、教会のメンバーとしてそこに属するって、本当は、とっても大変なことなのだと思う。
21歳は立派な大人だけど、でも家族から離れたあの子の常識は、やっぱり、とんちんかんちん。
知らなかったでは済まされないことばかりと思うのです。
でもこの5年、16歳の春から、あの子は霊の家族に守られ、甘やかされ、教会生活を心からエンジョイしている。
手ぶらで参加のポットラック・パーティから、おんぶにだっこだったミッショントリップに至るまで。
天国に向かって、言いたい。
賢人が、いつも、本当にお世話になっております。
ありがとうございます。
★1時間後にどんなてんてこまいが私を待っているとも知らず、ビデオを観ながらのんびり春のシャツにアイロンをかけていた私・・・




おめでとう、ダニー

からっぽの土曜日をのんびり過ごそうと思いきや、ラスト・ミニッツの情報とチャンスと、聖霊の導きとで、行ってきました。
West Covina。
The Marriage Celebration (式次第のタイトルです)。
ふう〜。
私の人生、やっぱり宿命的にいつでもどこでもてんやわんやなのよね。
父親不在(別に根に持っているわけではないけど)の高校の卒業式に来てくれた、賢人の大切な人の結婚式だもの、知ったからには、行かねばっと頑張った。
んで、間に合った。
奇跡の連続でなんとか間に合った。
聖霊に導きって、そうなのだ。
モーセの前にあった紅海のように、ヨシュアの前にあったヨルダン川みたいに、全てが右と左に分かれてくれるのです。
でも一番最後の人だったから、横っちょから、そお〜っと目立たないように、入って、一番後ろに座ったら、その瞬間、なんと、会衆が全員で立ち上がって、後ろのドアに向かって振り向き、私の後ろはサウンドチェックのブースだったもんで、振り向くことができず、一番、目立って、超・きまずかった。
でも、行って良かった。
奇跡的に用意できた賢人の名前のカードもギフトもちゃんと渡せた。
「これをよろしくと」あの子の胸にねじ込むように託し、セレモニーが終わると同時に、1時間の片道をルンルンで運転して帰路につきました。
ありがとう神さま。
おめでとう、ダニー。

Chapter 9 From Problem To Pearls

愛する者たち。
あなたがたを試みるために
あなたがたの間に燃えさかる火の試練を、
何か思いがけないことが起こったかのように
驚き怪しむことなく、
むしろ、キリストの苦しみにあずかれるのですから、
喜んでいなさい。
1ペテロ 4:12
私たちは、次の三つのうちのどれか ー 問題に取り組んでいるまっ最中、問題をなんとか切り抜けた、次の難題に向かっている ー にいます。
例外なくだれもがそうです。
ですから今、困難な状況にいなくても心配はいりません。
いずれやってくるのは確実なのです。
私たちは最悪の事態を想定しがちですし、大体その通りになります。
人生はなぜか、私たちが予期することを与えます。
ですから、目をしっかり開き、日々期待をこめて、素晴らしいことが起こるのを求めましょう。
いつも最善を期待するなら、どれほどのことが起こるかに驚くでしょう。
揺るぎない期待を持ち続け、問題に対する答えがどのように与えられるのか、しっかりと見ていてください。
スー・オーガスティンの「過去の傷がいやされるとき」より
大すきな文章です。
幼稚園では、イースターの音楽発表会の練習が本格的に始まりました。
練習を通して、聞かれるフレーズに、「シャイだから」、とか「わがままだから」とかがあって、私は、それがすごく嫌いで、「自分の重荷を子どもに負わせないで」と、喉元まで出そうになるのを、必死にこらえ、「そんな風に決めちゃうと、子どもは素直にそうなっちゃうよ」とやんわり言ってみています。
スーの、「目をしっかり開き、日々期待をこめて、素晴らしいことが起こるのを求めしょう」に心からアーメンと思います。
もし、活動に子どもがうまく反応できないなら、それは、設定に問題があるのです。
ネガティブな子どもの様子ほど一時的なものはないって私確信しているから。
★この小さなお鍋で炊いたご飯を炊き始めて、食べるのが、とっても楽しみになった
どう言えば、いいのだろう・・・。
なんでもいい、って思っていたけど、これがいいって、はっきりと思う。

使徒の働き 16章

それから彼らは、アジヤでみことばを語ることを
聖霊によって禁じられたので、
フルギヤ・ガラテヤの地方を通った。
こうしてムシヤに面した所に来たとき、
ビデニヤのほうに行こうとしたが、
イエスの御霊がそれをお許しにならなかった。
使徒 16:6,7
パウロとシラスとそしてテモテたちの旅は、いつもいつも聖霊に導かれていた。
聖霊に導かれないでは、何もすることがなかった。
どこにも行くことがなかった。
神さまの霊を受けた人なら、誰でも経験があると思うけど、胸騒ぎを無視して続行すると絶対にろくななことにならないし、でも逆に、周囲の誰がどんなに反対しても、あるいは無視しても、平安と確信があれば、大体自動的にパタパタとドアは開き、道は用意されているものです。
はっきりとした聖霊の導き得るための鍵は祈りにあると思う。
今週、夏休みの休暇の希望を聞く、ノートが幼稚園を回りました。
私は、何も書かずに、出しました。
もし、必要なら主が私を休ませ、私を立たせると思ったから、っていうのは大ウソで、な〜んにも考えていなかったから。
祈るどころか、夏がやってくることさえ、すっかり忘れていた。
ははは。
★今週は、献立の計画にあれこれ変更があり、毎日のように2つ、3つのものを買いに、グローサリーストアに寄り道。
はな一人のつもりで一週間分用意していたお弁当の材料も全然足りず、買いに走り、でも、あの子、賢人はもう大人だし、春やすみだから、お友だちとランチや映画に出歩き、作りすぎということもいろいろありました。
やれやれ。

Friday, March 22, 2019

今日の晩ご飯

ささみチーズ&ガーリックとアスパラガス
良い夜をね〜
明日、また書きます


会長のメッセージ

★おつかれさま〜。
いやあ〜、なにはともあれ、終わった終わった。
あまりの過密で濃厚な時間に、時々くらっとしそうになりながらも、無事に金曜日の夜がやってきました。
ほっと一息、ついています。
今夜はササミチーズ焼きと
アスパラガスとガーリック
★そんなてんやわんやな最中だったけど、週の真ん中あたりに、数少ない友の一人と電話でおしゃべりができたり、賢人をアーバインまで迎えに行くこともできました。
彼の大好物を作って、みんなで食べて、心も身体もとても満足している。
何しろ、週末を楽しみにしないクラブ会長だもの。(会員0だけど)
それでもやっぱり週末は嬉しい。
タスクスの山がないから嬉しい。
やりたいこと、片っぱしからやったから、からっぽな、気ままに過ごせる週末が嬉しい。
★今週は、毎朝、あの小さなお鍋で1カップの雑穀を炊いておにぎりを2個作り、昼、夜食べました。
超・おいしい。鍋が良いのだと思う・・・。やみつきになりそうなおいしさ。
明日、作り方を、写真で説明します。

Thursday, March 21, 2019