Monday, January 31, 2022

1月最後の日


朝から、ず〜っと家に籠ってあれやこれを、ちまちまとがんばりました。
お昼すぎの母への連絡を境に、ちょっと身体を動かし、はなのお迎え、そのまま歯医者さん、そしてバレエスクール。
とっても幸せな専業主婦な日々だったけど、こんな日々とももう、もしかしたら今日でお別れです。
これから、どんな風になるのかな。
半年おきに考えている母との時間は、本当に大丈夫かな。
泳ぎ続けることできるかな。
ほぼ、毎週の礼拝賛美奉仕と隔週の選曲と配信も、今の質のままでできるかな。
賢人とうまく車をシェアできるかな。
母に緊急なことが起きたら、もう、父もお兄ちゃんもいないのに、私ひとりでささっと判断して対処できるかな。(お、それは仕事していようがいまいが同じだ)
心配や不安はつきないけれど、でも、健康で、家族も、母を含めて皆自立しているのにこの若さ!?で仕事を持たないでいることの方が、私には不自然で心のバランスの取り方が難しいので、えいっとがんばることにしました。
母のことは、半年おきに考えることにしたので、向こう半年は、神さまに委ねて、私は私の人生を精一杯に生きることを、神さまに示されたと、思っています。
☆プールの用意、一応しました
でも、「ねば、ならない」は何もなし。
泳げない日はそれはそれでよしとします。

Always Be You

土曜日にSeal Beachで買ったコースターをさっそく飾りました
ベッドルーム
バスルーム
ダイニングエリア
そして、キッチン



 

わくわくな朝

朝の5時すぎからずっと選曲のためのデボーションをしていました
かわいいペンケースと色とりどりハイライトがうれしくてって
まるで、小学生
気づいたら、はなも起きてきていて、
自分で勝手にあさごはんを作ってたべていた
シバータで作ったアボガドトースト
おいしそう〜

Sunday, January 30, 2022

この頃の礼拝態度


どんな週末ををおすごしでしょうか。
私は最後に髪を切って2ヶ月が経つので、そろそろ切って形を整えなくちゃって思いながら、このまま、伸ばしてみたい気もちとぐずぐずと葛藤し、今週末も結局切りませんでした。
ごらんと通り、今一番、やっかいな長さです。
長いと少ないのが目立つけど、でも、本当は長い髪が好きなので、その間でゆらゆらゆれております。
教会での礼拝は再び、オンラインになり、会堂では会衆のいない中で賛美をしています。
それはどんな感じかって言うと、音楽に集中しすぎて造り込みたくなる感じがいつも隣にあるのだけれど、でも、司会の人もいてくれて、お祈りもあるから、ああ、聴いていて、一緒に賛美してくれている人がいたのだと我に返り、いつも通りの真っ直ぐな気もちで弾くことができたけど、特別な祈りが必要だなって思いました。
オンライン礼拝の奉仕のための祈りね。
良いこともあって、それは奉仕者しか来ていないから、すごく親密なムードです。
こんな(いつまでたっても、何年通っても、人見知りしている)私にも話かけてくれる人がいて、終わった後もおしゃべりを楽しめるほどのリラックスぶりです。
学校が終わった後の高校生みたいに、楽しくおしゃべりして笑って、ああ、こんな感じいいなって思った。(はなのこと見てて、羨ましかったんだよね〜、迎えに行ってもなかなか出てこなくて、見えたと思っても、ゆっくりゆっくり笑いながらおしゃべりしながら、歩いてくるその感じ)

かわいいものあれこれ


昨日、Seal Beach で買ったコースター4点セット
コースターを使う習慣はないけど、壁に飾りたいと思って
ステッカー5つ
これは、今日、教会のお友だちにもらったペンケースとマーカーのセット
聖書を読む時、賛美の楽譜を準備する時に大活躍しそう
さっそくマーカーを全てペンケースに収めました
わくわく

それぞれの愛し方

 

心を尽くし、思いを尽くし、知性を尽くし、力を尽くして
あなたの神である主を愛せよ。」
次はこれです。
「あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ」
この二つより大事な命令はほかにありません。
マルコ 12:30,31

今朝、ジョエルさんが私にくれたみことばです。
そして、メッセージは、あなたは自分を赦し、自分を受け入れ、自分を愛せなければ、人を愛することはできない、というものでした。
最近、よく思うのです。
戦争とは正義を愛する人によって始まり、争いは間違いを憎む人によって始まるとしたら、正しさについて考えることは、もうその時点で危険だなったって。
でも、一生懸命に愛していたら、正しいことは愛している人の後ろをついてきちゃうのよね。
私は、本当に愛することの難しい愚か者だから、せめて、自分の人生を一生懸命に生きることで、他人や世界の間違いに気づかないで生きていきたいです。
そして、例えば、一生懸命にゴミを分別するとか、リサイクルするとか、そんな方法で自分以外の誰かを愛したいです。

Saturday, January 29, 2022

神さま、良い日をありがとう

とっても久しぶりに大すきなSeal Beachまでドライブしてきました
かわいいステッカーがあったので買ちゃった
この次の旅のお供です
もちろん、あそこのフローズンヨーグルトも食べました
そして、帰りはなんとこのすばらしい夕焼け
神さま、良い日をありがとう



 

謙虚さに学ぶ

主は、あなたを守る方。
主は、あなたの右の手をおおう陰。
昼も、日があなたを打つことがなく、
夜も、月があなたを打つことはない。
主はすべてのわざわいからあなたを守り、
あなたのいのちを守られる。
主は、あなたを、行くにも帰るにも
今よりとこしえまでも守られる。
詩篇 121:5~8

日本で読み始めたジョエルさんの新しい(私にとって)本からのみことばです。
そして、今朝の通読では士師記の15章を読みました。
母のおなかにいる時から神さまに祝福された怪力サムソンが、主に渇きを訴え、主に癒してもらう箇所です。
彼ならその怪力で、どこか水の出そうな岩を探し、それをふたつに割ってみようなどと、考えても不思議ではないけれど、でも、神さまに求めたサムソン。
養老孟司がお友だちのこれまたとっても頭のよさそうな、老先生とどこかのお寺のお庭に座ってお茶を飲みながら、しみじみと言っておりました。
「学べば学ぶほど、自分が知らないということを知りました」って。
偉そうなことを言うこの口をひねられた思いで聞きました。
ここからは、聖書の話と関係ないのだけれど、そのとっても頭の良さそうなお友だちの老先生が、「猫は言葉を話せるのではないかと思って教えてみました」と言い、「ほお、それでいかがでした」と養老先生。
「話せますね『ごはん』と言うようになりました」と言っていて、面白かった。
なるほど、猫って『ごはん』って言えそうです。
うちの近所にも話せる犬がいて、その子は夕方になると悲しげに、甲高い声で「I love you」と言います。

Friday, January 28, 2022

髪の毛ふさふさ現象


☆今日は朝からお庭仕事にせいを出しました。
ポットの中で育ちすぎて窮屈になった植物を地面におろしたり、空いたポットにお花の苗を植えたり。
それから草をぬいたり、枯葉を集めたり。
お庭仕事はとても良い気もち休めになります。
母もお庭で手を動かすことで気もちがリフレッシュすると良く言っているけど、良くわかります。
☆賢人が、勉強してきたことと全然関係のないアルバイトをしているのだけれど、でも、すごく勉強になっているみたで、さっすが神さまと思って喜んでいます。
日本語スピーカーということで雇ってもらったようで、どうも、毎日使っているらしく、昨日も、私がお皿を洗っていると、自分の汚れたお皿を持ってきて、「おねがいします」なんて。
私、えって振り返って顔見ちゃった。
は、はい、洗います、おねがいされます、なんて、変な日本語心の中で返したりして。
賢人は実は日本語が上手なのです。
ただ、話す友達もいなくて、家族の中でしか使っていないのでボキャブラリーが少ないだけで、単語さえ増えれば大人とも普通に会話ができるはずと信じていました!(はなの日本語は今推定5歳だから、きっと相当がんばらないと日本人とは会話できないと思うけど・・・)
☆髪の毛を2ヶ月に一度ぐらいの割合で切ってもらって、それから自分でヘアカラーしていたのだけど、ひと月水泳を休んだせいか、ストッレチを始めたせいか、はたまた帯状疱疹をわずらったおかげか、白髪が目立たなくなり、それでいて全体の量は増えた気がするのだけど、気のせいでしょうか。
気のせいじゃなかったらいいな。
髪の色って濃い方がたっぷりに見えるし、髪がふさふさだと、心がふさふさ?いえふわふわになれるのが女心というもの。
☆写真は夫作の今日のランチ

Thursday, January 27, 2022

ぼうぼう&もじゃもじゃ


「そろそろ、正義を探すの、やめにしませんか?
そんなことは神さまのお仕事であって、私たち人間にはたとえ100万年が与えられたとしても悟りきれないことだから。」
と声を大にして言いたい今日この頃、でも、それもまた人のお庭の話。
正義を探す人、見つけたと言って喜ぶ人を裁くことも、これまた、もうひとつのナンセンス。
自分の庭のみを耕すべく、日々邁進したいです。
昨日の庭でも明日の庭でもなく今日の自分のお庭をせっせと世話しよう。
私には、人のお庭に興味を持つほどの余裕も余力も、また、ミッションも権威も与えられてはいないのだし、実際私の庭はまだまだ発展途上なのです。
それも、これも全部、早朝の羽田のキオスクで買った本が教えてくれたこと。
あの羽田での時間は、かえすがえすも私にたくさんの恵みを与えてくれたと思う。
☆写真は、今朝、朝一にはながコーヒーを作る私を見て撮ってくれた写真。
「ママ、なんだか髪の毛、ぼうぼう増えてるみたい。願いがかなったね。すごいよ、もじゃもじゃしてるよ。」
あらほんと。
割れめの肌が見えなくなってます。
ぱちぱちぱち。
何が良かったのかな。
今までと違うことは、ストレッチを始めるようになったこと、帯状疱疹になったことだけど。

幸せという名の道

私たちはみな、この方の満ち満ちた豊かさの中から、
恵みの上にさらに恵を受けたのである。
ヨハネ 1:16

「ここにはあらゆる種類の形式の祝福、すなわち
罪を赦す恵み、
生まれ変わらせる恵み、
救いを得させる恵み、
救いを持続させる恵み、
また救いを完成させる恵が満ちている。
またすべての時に応じた満たしがある。
悩みの時には慰めが満ち、
繁栄の時には導きへの満たしがある。
これは知恵や力や愛といった神のすべてのご性質の満たしであり、人間が洞察したり、また探求したりすることのできないものである。」
今朝のスポルジョンのみことば解説です。
いかがでしょうか。
私は心からアーメンと言います。
人が、それぞれ、自分のパートを果たした時に働かれる神のパワーはどこまでもどこまで限りなく無限だと思う。
自分のパートを果たすというのが実はとても重要なのよね、きっと。
手放すとか忘れるとか執着しないといか、なんだかがむしゃらにがんばるのとは正反対なもんで、正しいことが好きな人はここですごく空回りしちゃう。
正しいこと、じゃなくて、楽しいことを選びたいです。
日本で聞いたエンジェルスの大谷翔平のことばが忘れられないよね、それはこんな感じ。
「楽しみたいから練習をします、少しでもうまくなれば楽しいし、それに僕にとってはゲームで良いプレーすることが一番幸せなことだから」
大谷翔平、歩む道、それ自体が幸せそうでした。人々の求める勝利というゴールではなくね。

Wednesday, January 26, 2022

我が家の変態

うちの犬はちょっと変態
食べ物をうめる勢いであるものを色んな所に隠す
そしてそれを暇な時に出してめちゃくちゃに吸ってボロボロにする
それは、はなの靴下
なぜかはなのソックスだけを求める変態犬・・・

ハワイ諸島との結託


毎日、好きなことだけをして生きているので、1日が本当にあっと言う間です。
子どもの頃は、苦手な算数の授業があったり、興味のない本を読まされたり(平たく言うと教科書一般なわけだけど)、給食で冷たい牛乳を飲まなくてはならなかったり、そんでもって決まってお昼休みにおなかが痛くなったり、意味もわからず機械的にハノンの練習とかしなくちゃならなかったりして1日が気の遠くなるほど長かった。
でも、大人の人生って本当に幸せ100パーセント。
毎日が飛ぶように過ぎてゆきます。

ふっと思い立ち、今朝、Yのロッカールームに礼拝でもらった特別伝道集会の宣伝カード持参したら、なんと先をこされていて、とってもとってもうれしかった・・・。
見ず知らずのシスターよ、あなたも、いただいたカードをどう用いようと2日間考えて、そして、ふっと、そうだ!Yのロッカールームだ!と思ったのね・・・。
だって、昨日はなかったもん。
でもって、これ、日曜日には配られていたし。
私は、静かに彼女のカードの上に自分のカード2枚を重ねて帰りました。

帯状疱疹って、完治するのに時間がかかることがあると聞いて、ちょっとどっきり。
私の左胸の下から左背中に突然出現したハワイ諸島の地図とは、もしかしたら一生の付き合いなのでしょうか。
まあ、いいけど。
オアフとかマウイとか呼んで付き合いますわ。末長く。

そりゃそうだ

空の鳥を見なさい。
種蒔きもせず、刈り入れもせず、
倉に納めることもしません。
けれども、あなたがたの天の父がこれを養ってくださるのです。
マタイ 6:26

「神の民は二重の意味で神の子どもである。
彼らは創造によって神の子孫であり、またキリストにあって養子とされたことにより神の子どもなのである。」
今朝のスポルジョンのメッセージの冒頭のことばです。
ああ、なるほど、っと思いました。
昨日のみことば、黙示録の12章の最後のことばにです。
「女の子孫の残りの者、すなわち神の戒めを守り、イエスのあかしを保ている者たち」
神の戒めを守った旧約の人たちとイエスのあかしを保つ新約の人たちが同列に並べられ、二重に神の子と呼んでもらえるなら、悪魔の攻撃も、また、天の父の愛もどちらもかなりメイクセンスします。
うまく言えないけれど、「そりゃそうだ」、って思った。
☆写真は今朝のお庭
明け方ベッドの中で聞こえた無数の霧笛の音が、夢ではなかった証拠


 

Tuesday, January 25, 2022

やってみよう、ではなく、ただ、やる


今日、読んだ本の中で見つけた、はっとする鋭すぎることば。
「やってみよう、ではなく、ただ、やる。」
小さな違いのようで全然違うことに気づいて、そこに目が釘付けになり、10秒ほどじっと見つめ、それから急いでノートに書き取りました。
確かにそうだ。
「やってみよう」と言う人の大半は結局やらないのです。
やる人は、そんなこと言わずに、ただやっている。
困っていると言われて、じゃあこうすれば、ああすれば、ってない知恵しぼって色々一生懸命に一緒に考えて、それを実際にやってるヒトみたことなくないですか。
本当に困っていたわけじゃなくて、ただ、言ってみたかっただけなのね、ってしばらくして気づくわけです。
「やってみよう」と言いたくなったら、言うのぐっと我慢して、すぐやろう。

今日は、洗濯室の片付けをしてすごしました。
ここには買い置きのトイレットペーパーやキッチンペーパー、ティシュボックスから、水、お米、キッチンの小さな小さなパントリーに入りきれない買い置き食品、タオル、テーブルクロスから工具まで、なんでも置いてしまっているのだけれど、常に手狭感のある悲しいエリア。
でもペンキ塗りに使おうと取っておいた古いバスタオルやかわいい空き瓶、紙袋なんかも思い切って半分にしたら、随分スペースにゆとりができました。
ものがぎっしりになると不安になる変な恐怖症の私は、すごく良い気分。
モノはスペースの50パーセントが私の理想。
☆写真は最近見た、とびきりびっくり仰天価格
キューピーが、なななんと、12ドル40セント

物価の高いLAだけど、こわすぎる今日この頃





Monday, January 24, 2022

We Bare Bears のすすめ

帯状疱疹を患い、痛みで、ただ横になっていることしかできなかった時、
はなが、すすめてくれたTVショー
We Bare Bears
彼らの起こす騒動や絡まれる問題や取り憑かれる誘惑は
どれもこれも、子どもや大人、私たちに身に覚えのあるものばかり
でも、どの問題も、最後は爽やかに解決するから安心して観ることができます
分別ある良識人には学ぶべきことは何もないかもしれません
でも、毒はあるけど害はなく、それでいてからっと面白い
悪の中にも善があり、善の中にも悪があって、その間を行ったり来たり
それはまさに私たちの人生そのもの
でも救いは兄弟の愛
誰かが狂うと誰かが正気を保ち、
誰かが裏切ると誰かが盲目的にそれを悲しむ
裁くこともせず・・・
(ここ、見習いたいとこ)
ケガをして動けなくなった人、
どこかに閉じ込められた人、
どかかで何かを待っている人、
つまり、時間がもったいなくない人、是非、観てみてください
ちっぽけな自分の中の大きな愛を見つけようと立ち上がる日までの待機漫画です

プロの喧嘩屋さんとは関わらざるべし


こうして、この巨大な竜、
すなわち、悪魔とか、サタンとか呼ばれて、
全世界を惑わす、あの古い蛇は投げ落とされた。
彼は地上に投げ落とされ、彼の使いどもも彼とともに投げ落とされた。
黙示録 12:9

そして、この12章の最後の節にはこうあります。
「すると竜は女に対して激しく怒り、女の子孫の残りの者、すなわち、神の戒めを守り、イエスのあかしを保っている者たちと戦おうとして出て行った。」
古い蛇さんは、根っからの争い好きなのですね。
日本語に、「喧嘩を売る」とか、「喧嘩を買う」とかって表現があるけど、「捨てる」「拾う」ではなく「売り買い」するぐらいなので、好きな人には価値のあることなのでしょう。
問題を見つめてそこから頭や心が離れられなくなった人が、やがてその問題の分析を始めてしまうように、争いもはやり人の心が始めてしまう、つまり不可抗力なんかではない、それぞれの心の中に「スタート!」の合図のあるアクティビティであると思いました。
覚えておくべきことは、敵は、問題が何であろうと、戦おうとして出てきているのだから、挑発にのってしまってはいけないということ。 

Saturday, January 22, 2022

ファーマーズ・マーケット

久しぶりに、はなとLA のファーマス・マーケットに
何を買ったとか、見たとかでもないけれど、
楽しいお散歩、気分転換となりました

今日のランチ〜Calzone

焼きたて、ほっかほかのCalzone
いや、食べてみたら、かなりのあっちっちで、
ふがふが言いながらたべました
はなと仲良く半分こ
それでも最後はふうふう言いながらたいらげました
ごちそ〜そま
合掌

Friday, January 21, 2022

転んだキリンとスバルさん


九州、大分や宮崎で地震があったようですが、母の暮らす地域は特に、何も被害はなかったようです。
玄関に飾っていた、アフリカの民芸品みたいな、ほそなが〜いキリンの置物がころんと転げていたそうで、母が起こしてことなきをえました。
その後、玄関のカメラをモニターしながら、デイ・サービスのお迎えの人を待っていたら、お隣さんが、「夕べの地震は大丈夫だった?」と様子を見に来てくれたりしていました。
ありがたいです。
母を心配してくれる人が、あっちにもこっちにも、たくさんいてくれることは、私にとって、本当に感謝なことです。
さて、今日は、愛車スバルさんに乗って、ジョブ・インタビューなるものに行って参りました。
インタビューついでに、書類を山ほどもらって帰り、色々とお勉強すべきことがありそうだけど、まだ、開いて見ていません。
でも、少しづつがんばるつもりです。
元気な身体は働くため。元気な心は愛するため。どんどん使う覚悟です。
ただ、問題はクルマ、ね。
賢人と兼用なのに、あの子はあの子でパートだけど仕事があるので、そこをどうやりくりするか、という難題・・・。
願わくは、新しいクルマが与えられたところだけど、どうでしょう。
☆写真は今日のランチ サンドイッチとトルティーヤスープ
そうそう、夕べのインスタント麻婆豆腐もおいしくできましたよ〜
左のカップは永谷園のお吸い物
というわけで、昨日はインスタント・ディナーでございました








 

Thursday, January 20, 2022

スバルのこと、その他


日本から戻って以来、病気を理由にずっとお休みしていた朝の水泳やピアノの練習、午後の英語レッスンも昨日から復帰し、ほぼ普通の生活の戻ることができました。
明日の金曜日まではプールを8時の予約にしているけれど、来週からは通常通り、6時に予約をしました。
はなを学校に送って行く前か後かの違いです。
どちらでも、それほど大差はないと思うのだけど、聖書を読んですぐ泳ぐ方が、感じたことを、あっちこっちにばらまかずにすむ気がするのでそうしようかなっと思いました。
また、変わるかもしれません。
何しろ、今年は移行期ということで、いろんなことを柔軟に変えてゆくことを自分に許した年なので。
クルマが変わりました。
諸事情によりくるくるつるつる自由自在に運転できたホンダから、がたびしカラカラステヤリングのやたらに重いスバルへ。
シビックは健在だけど、夫が乗っています。
賢人は自分のクルマを手放し、今、スバルを私と共有。
この、スバルを賢人に進呈して私は、もっと普通の時代のクルマに乗りたいです。
普通の時代って、つまり、2000年代ね。
ドア、いちいち、がちゃがちゃ開けたり閉めたり、バックアップも後ろ見ながらウエスト細くなる体操みたいにしてさがっています。
でも内装は豪華な革張りで、シートの座り心地もステレオの音も素晴らしく良いのがちょいとうれしいけどね。
☆今日の晩御飯は麻婆豆腐です

Tuesday, January 18, 2022

今日の色々



今日は、とってもひさしぶりにピアノの練習をしました。
あまりにも久しぶりすぎて、指がからまりそうになり、テンポを落とし、ゆっくり練習しました。
それから生まれてはじめて、スパイシーツナロールなるものを作ってみました。
知らなかったけど、スパイシーツナって、アメリカの料理だったのですね。
作り方を検索していて、はじめて知りました。
うちの子たちは巻物といえば、これ一筋なので、知ってよかった。
恥をかかずにすみました。
そして、なんと、なんと、早くもひとつの仕事のインタビューが舞い込んで来て、ど・ど・ど・どうしよ〜、だいじょうかな〜。
いや、がんばるしかないでしょ。
がんばります!

夢を見て生きる


したがって、安息日の休みは、
神の民のためにまだ残っているのです。
ヘブル 4:9

「疲労を覚える暑い日が永遠に続くのではない。
太陽はまさに沈もうとして地平線に近づく。
この地上ではクリスチャンは旅人である。
彼は行くべき所に行き着いていないこと感じている。
ああ、疲れた働き人よ。
ただ永遠に憩う時を思え。
その日、朽ちるものはいのちにのまれ、永遠の安息が始まる。」
今朝のスポルジョンのメッセージです。
そして、今朝も、(そう、「も」)奇しくも、まるで、私がスポルジョンのメッセージを読んだことをを知っているかのようにジョエルさんはこう言う。
"What I love to do is a key to my destiny."
イエスさまのことが大すきで、聖書を読んだり祈ったり、誰かにイエスさまのみわざについて証するが大すきな人の行く先はもちろん天国です。
でも、ジョエルさんがここで言っているのはこの地上のdestiny。
何をするのが好きですか。
こんなにたくさんの「好き」をさせてもらって、これ以上、もっと「好き」をやってもよいのでしょうか。
夢をみることをゆるしてもらえるのでしょうか。
天国に行く前に、まだ、何か、新しい何かを私は知ることができるのでしょうか。

Monday, January 17, 2022

最近の母と羽田のお蕎麦


1月ももう折り返し点を通過し、17日だなんて信じられません。
1月は行く、2月は逃げる、3月は去る、とは本当によく言ったものです。
感心してもしょうがないので、今日はちょっと色々とがんばってみました。
はなを今年2度目のPCRテストに連れて行き、戻ったら掃除。
ハンディモップで埃を払い、ガラスを磨きました。
母との連絡が終わると、ipad でちらちらと日本の我が家の玄関の様子を伺いながら、少しだけ、お庭そうじをして、礼拝賛美の曲選びをしました。
母が無事にお迎えの人と一緒にデイサービスに行くのを見送ると、毎日本当にほっとします。
日本で、母と関わってくれているほとんど全ての人が母の元気ぶりを嬉しそうに話してくれました。
私もそう思うのです。
1年前の冬とはくらべものにならないぐらい元気です。
あの頃の母は、いつも不安げで、悲しげで、それでいてどこかうつろで、何を聞いても、「どうだったかしら」と聞いた人を後悔させる悲しい表情を見せていました。
今日は、玄関に飾ったお正月のお花をカメラの前に持ってきて見せてくれたので、私は一緒に飾ったのを知らんふりして「あら〜、きれいに生けたね〜」と驚いてみせたら、「ちっとも傷んでないでしょう、寒いからいつまでも元気よ」と、私と一緒に生けたお花がまだ元気なことを見せたかったのでした。
母は本当に、認知症なのだろうかと、それを疑いたくなる今日この頃です。
☆写真は日本で食べた2度のレストランごはんのその1、羽田第一ターミナルのお蕎麦です
その2は別府の動物園のトリ天ね

移行期


見よ。子羊がシオンの山の上に立っていた。
黙示録14:1

「ここにあなたの喜びがある。
あなたは子羊を知り、また見た。
涙に曇った目で、世の罪を取り除く神の子羊を見た。
だから喜べ。
やがてあなたの目から涙がぬぐわれる時、同じ子羊は王座に座しておられるのを見るだろう。
天とはキリストと同じである。
そして、キリストと共にいることは天にいることであり、天にいることはキリストと共にいることである」
今朝のスポルジョンのメッセージです。
そして、ジョエルさんは、簡単な方を選ぶべからず。
たとえ難しくても正しい選択をすべしというメッセージ。
この世界で天国の中からはみださないように生きることは、簡単なことではないのだと思う。
でも、天国で判断される正しい方を選ぶ時、それは、きっと見た目ほど難しくなく、できるのかもしれません。

人生には何度となく、「移行期」のような時期があるのだろうけど、私は、今、大きな「移行期」にる気がします。
今までになく、大きな変化の時です。
最初の子を妊娠中の人のように、生まれたが最後人生ががらりと変わるように、この「以降期」に考えたことや、選んだことが、その後の私を大きく左右してしまうような、そんな感じ。
でも、それは、そんなに怖いことではなく、わくわくもしている・・・。
そこが私。





 

Sunday, January 16, 2022

おかげおかげの感謝な復活


時間はずるずると流れに流れ、明日でなんと帰国10日になります。
まったく、ゆだんもすきもない世の中です。(いえ、私の人生です)
その間したことといえば、PCRテストと帯状疱疹と母への連絡だけ。
聖書も読まず、もらったテキストにもEメールにもほとんど返事もせず、ただただ、こんこんと眠り続けておりました。
そして今日、冬眠から目覚めたクマのようにようやくのろのろと活動を開始しました。
洗濯、片付け、簡単な食事作り。
聖書も読み、お祈りもしました。
数年ぶりにレジュメをアップデートしたりもしました。
半年ぶりに母に会い、遠距離の見守りがわりとうまくいったことと、母の心と身体の健康の安定ぶりにちょっと安心を得たので、フレキブルに働かせてくれるところとつながっていたくなりました。
教会の奉仕にも戻してもらえるよう、Eメールを書きました。
いつでもささっとアメリカと日本を往復できる心の準備だけは整え、悪い知らせが届かぬうちは、向こう半年ぐらいを目安に安心してこの地でちゃんと働きたいという思いがむくむくとふくらんでおります。
こんな気もちは、本当にひさしぶりです。
それもこれも、日本で母の周囲で母の一人暮らしをサポートしてくれているみなさまのおかげ、父の準備のおかげ、そして、神さまのおかげです。

Saturday, January 15, 2022

神さまからの小切手の現金化


今、どうぞあなたのしもべの家を祝福して、
とこしえまでに続くようにしてください。
主よ、あなたが約束されました。
あなたの祝福によって、
あなたのしもべの家はとこしえに祝福されるのです。
2サムエル 7:29

「神の黄金はけちな人が財産にするためのものではなく、さかんに流通するための造られたものである。
神の約束が通用していることほど、神を喜ばせるものはない。
天の銀行家は、ご自分の振り出された小切手の現金化を喜ばれる。
あなたの求めるよりも、はるかに熱心に神は聞こうとされる。」
今朝のスポルジョンのメッセージです。
そして、奇しくもジョエルさんは今朝の読んだ箇所の中でこんなことを書いていた。
"Each of us has a spiritual bank account."
神さまがみことばの中で約束してくれているその約束をふりかざして祈りなさいと。
「あなたは、こう書いていますよね、ね、ね、ね、だから・・・」。
そのためにには神さまの約束という小切手を常に持っていなければならにということなのでしょう。
銀行に行く前に、送られてきた封筒から出してサインして準備するのでは間に合わないこともあると思う。
頭の中に、いえ、心の板に刻んでいなければ。
あやふやではなく、はっきりと、「神さま、ここにこうやって書いてあるでしょ、ほら、あなたのお約束、だから、私は、今、こう祈ります」って言えるぐらいに、みことばを心に蓄えよう。
さっそく今日から、今から。
神さまがくださる小切手、じゃんじゃん使おう。

Friday, January 14, 2022

ちゃいろパンとマーガリン

ひさしぶりに口にした固形物
噛めば噛むほどに大地の味が身体に染みた
人生で最もおいしいトーストとなりました
合掌
(アーメン)

 

Thursday, January 13, 2022

コタツ仲間

コタツ仲間のジョエル
声をかけたら、思わぬ方向から振り向いてびっくり
上から「なに?」
ありがとね
寄り添ってくれて


 

ストロベリーバナナスムージー

 夫からの差し入れ
ストロベリーバナナスムージー
懐かしい味、、、
良くなりそうな味

四つ葉のクローバー

はやく良くなってねっと
はながベッドに持って来てくれました 
四つ葉のクローバー