Sunday, October 31, 2021

はっぴー・はろうぃん!

むむむ、これはなに?
もなりざ
おお、やあ!
はな血たれのもなりざだ
さっすが、私のはな
意味不明すぎ・・・

 

昼、晩、昼、晩

昼、晩、昼、晩
毎日2食、しっかり手作りしておりました
お好み焼き

大きなサラダと大盛りカレースープと雑穀おにぎり

こちらは夫がお友達と出かけた夜の
超・いい加減ディナー

ラーメン!(おいしかった・・・)

手抜きの時の定番ランチ
でも、みんな大すき、スパム&目玉焼き

たまに食べるとおいしい白ごはん
野菜スープとコンビネーションがたまらなくいけた

半年ぶりのお散歩

ネガティブな思いに襲われそうになると、
決まってささっと外に出て
てくてくとお散歩をしていました
父が亡くなって以来のお散歩となったけど、
父のことは祈らずにすみました
ほっ
我が家のすぐ近くに
こんな灯台みたいなおうちを発見

ずっと空き家だと思っていたおうち
でもベンチにかぼちゃが座っていてびっくり

かわいい図書を発見

おうちが顔
ちっとも怖くないとぼけ顔のモンスター

こちらは、ちょとシャレにならない怖さ
さりげなさすぎで、めちゃくちゃどっきり
ひょえ〜!

 

秘密のぼこぼことつぎはぎ

ベッドルームの壁紙を完成させました
なかなかいい感じでしょ
でも、実は近くでじっと見るとほらこの通り
ぼこぼこのつぎはぎがよくわかるでしょ
この写真の反対側も貼ったのだけど、
実はそちらはもっとひどい
でも、楽しかったし、家族はみんな、
「ママすごい」と言ってくれたのでぼこぼことつぎはぎのことは、
し〜
秘密にしています

9日ぶりです

おひさしぶりです
何日ぶりだろう
数えてみるね
9日ぶりだ
お元気でしたか
私は、実はあんまり元気じゃなくて、
色々、考え込んでしまっていたのだけれど、
もう、たぶん、だいじょうぶ
だいじょうぶになった自分へのお祝いに、
新しいキャンドルを買いました
この1週間、ほとんど家にこもって、
朝も昼も夜も、キャドルと静かな讃美歌の中ですごしたので
私がだいじょうぶになった代わりに、
キャンドルがほとんど燃え尽きてしまいまったというわけ
とても良い香りの中で書いています

この9日間のこと、
少しづつ書くので読んでください
では、では、次のページでお会いしましょう

Friday, October 22, 2021

大きな満足の理由


はっぴー・ふらいでー。
どんな週末の入り口をおすごしでしょうか。
私は、とても良い気分。大きな満足の中に静かに座っております。
月曜日はなんだかしょんぼりで、悲しみの中でのスタートだったはずなのに、人の親切とそれに対する私の感謝が追いかけっこのようになり、いつの間にか、悲しみも心配もどこかに吹き飛ばされておりました。
ただ素の自分でいて、それでも受け入れてもらえるとか、用いてもらえることは、実はとても幸せなことだなっとしみじみ思う。
わがままだし、時々自分でも手に追えないほど気難しいところがあるし、大人の複雑さにはかなり短気です。(子どもの複雑さは大すきで、ニヤニヤしながらいじくりまわして、最後に笑わせるのが特技なので、きっとそのバランスでそのように造られた、と自分では思っている・・・)
それであったとしても、働く機会が与えられ、働くことを求められることは、本当に、本当に感謝だなっと、思うのです。

喜ぶ神

わたしは彼らの背信をいやし、
喜んでこれを愛する。
ホセア 14:4

自発的な愛が、それを受ける価値のない者、買うことのできない者、また求めることをしない者に注がれるのである。
覚えよ。
たましいの素直なことは条件ではない。
恵みの契約に条件はないからである。
C.H. スポルジョン 『朝ごとに』より

神さまのキャラクターの内、最も想像しにくく、でも、最も覚えておくべき大切な一面は「喜びの神」であると思う。
創世記の1章1節を開くたびにそう思うのです。
神さまはわくわくのこの世界をお造りになり、これを喜ばれた。
聖書の中で神さまが見せてくださる最初の感情、それが「喜び」であるからです。
神は基本的に喜びたいお方であると、私は思う。
守りたいとか、教えたいとか、導きたいとか、恵みたいとか、助けたいとか、癒したいとか、それは、もちろん、色々あるだろうけど、でも、基本、喜びたい存在、それが私の中の神さまなのです。
だから、何度でも立ち返ろう。
神さまは、決してあきれたりはしない。
その都度、大喜びしてくださると私は信じます。
☆今朝は、もうすぐなくなりそうなヘア・クリームと剃刀を買いにターゲットへ
左のコーヒータンブラーは、これが出た時から、ずっと欲しくで考えていたもの
右のタオルは祈っている間になくなりそうなかわいさだったのでつい衝動買い
バス用品セクションで売っていたけれど、私のキッチンにぴったりすぎ〜と即決

おまけ


 

Thursday, October 21, 2021

秋の普通のなんでもない日


肌寒い1日でした。
でも、一年の中で、もっともわくわくする大すきな季節です。
日本から戻って3ヶ月が過ぎました。
日本では、毎日、その日その日に必要な食材をほんの数点買っていました。
その習慣が、なぜか今も続いています。
はなを学校に送り届けたその足で、今日は、トレーダー・ジョーに行きました。
明日のお弁当のおかずや果物、お昼に食べたかった卵や、夕飯用の野菜を買って帰りました。
お買い物から戻ると、ちょっとだけ、お昼の下越しらえをして、聖書を読みます。
それから、銀行口座やEメールをチェックして、夫と一緒にランチを食べて、その日のメイン活動に突入。
今日は、木曜日なので、掃除機とモップをがんばりました。
その後は、ほぼ毎日決まっていて、少しの休憩の後ピアノの練習、英語の自習や、オンランレッスン。
それから母との連絡と晩ごはん作り。
とても平凡だけど、とても満足しています。
静かで平和に聞こえるかもしれないけれど、こんな中にも、色んなドラマがあって、日々、感動にことかかないのです。
☆写真は、今朝送られ来た手作りの楽譜、手書きです
こうして、私を、一生懸命に励まして、助けてくれる仲間がいるから、今日も私は神さまを心一杯賛美することができました
幸せです

神さまの愛を流す川になりたい

キリストの愛が私たちを取り囲んでいるからです。
2コリント 5:14

購い主に、口先だけの礼を言ってはならない。
主がおいでになる時、あなたは主のために何もせず、あなたの愛をため池のように閉じて、貧しい主の民に注ぎ出さず、また主の働きのためにも流し出さなかったと告白しなければならないとすれば、あなたはどう感じるか。
このような愛を追放せよ。
愛は奉仕する者の足に翼を与え、働く者の腕に力を与えるものである。
神に対する揺るがぬ節操を保ち、不動の決意をもって神をあがめ、うむことのない熱情をもって前進し、こうしてイエスに対するひたすらな愛を表明しようではないか。
C.H.スポルジョン 『朝ごとに』より

昨日の「月のお話」、学びも実験も大成功に終わり、保護者さんからたくさんの写真と共に、嬉しいオファーが送られてきました。
本当にこのみことばの通りです。
「キリストの愛が私たちを取り囲んでいる」から私たちはもう、人間的な標準で人を知ろうとはせず、人間的な標準でキリストを知ろうともしない。
すなわち、人間的な価値基準に縛られて、本当の楽しみや喜びを逃すことは、もはや、もったいなさすぎでできない生き方に変えられてゆくのです。
神さまはいつも、私に、家庭生活、教会生活と共に、働く喜び、働く場所を与えようとしてくださってきた。
いつも、いつも。
私にとってそれがとっても大切なことであるように、神さまにとってもそれは大切なことなのだなっと思って、本当にうれしくなりました。
これから、どんな風に導かれてゆくのだろう。
神の愛をため池のようにためてはいけない。
神さまの愛を流す川のようになろう。
いつも、どこに流すかを考えよう。
どんな風に流すかを真剣に考えながら、歩みを進めてゆこう。

Tuesday, October 19, 2021

準備風景

賢人が何かのコマーシャルの撮影のお手伝いってことで2泊3日のおでかけ
で、力を抜いて、今夜は夫にラーメンを作ってもらうことにしました
するとたちまち夫に力が入り、3つのラーメンを並べ、
はなに選んでもらうそう
こちらは私の明日の仕事のための準備
なんだかんだ言いながら幼稚園を退職後も細々と続いている仕事
一年と2ヶ月め
今は、対象年齢も高くなり、
(私は5歳がぐらいが得意なのに、勝手に7歳になりました!)
色々難しいお勉強ができるようになりました
さて、明日はいよいよ、月と太陽と地球の関係と
月の満ちかけの秘密、神さまの緻密な創造について学びます
ドキドキドキドキ

弱きも強きも老いも若きも幼きも


キリストにある幼子に対するように話ました。
1コリント 3:1

義とされていることにおいて程度の差はない。
あなたの小さな信仰があなたを完全にきよめた。
そのゆえに、尊い契約に対しては、最も進んだ信者と同じ権利をもっている。
あなたは、最も富んでいる者と同様に富んでいる。
たとえ所有物を楽しんでいなくても、実際に所有していることに変わりない。
栄光の家族登録簿には小さな者も大きな者も同じペンで記されている。
自己に失望し気落ちすることなく、あなたはキリストにあって勝利すべきである。
私はイスラエルの幼子にすぎないではないか。
しかしキリストにあって私は天に座らされている。
私の信仰は貧弱か。
しかしなお私はイエスにあって万物の相続人である。
私に誇るべきものはなく空しいが、主にあって喜び、私の救いの神をあがめる。
C.H.スポルジョンの『朝ごとに』より

殺戮の続く民数記の後に、なんとも慰められる今朝のスポルジョンの説教でした。
「たとえ所有物(キリスト)を楽しんでいなくても、実際に所有していることに変わりない。」のフレーズに思わず、昔、若いクリスチャンが言っていたことばを思い出してくすっと笑ってしまった。
「イエスさまはさあ、僕らのクレジットカードみたいなもんだからさっさとアクティベイト(受け取ったことの宣言)して、じゃんじゃん使った方がいいっすよ、おまけにに決算は天国だからね、使ったもん勝ちっす」
スポルジョンとは、ことばのセンスがちょっと違うけど、でも、言ってること、まんま同だった。
強い人とも、弱い人とも、一緒にキリストに近づきたいです。
それぞれの場所からキリストに近づけば近づくほど、私たちクリスチャンも近づくことができるって、最近、スポルジョンに教えられたばかりだもの。
そして、キリストを中心に近づくなら、私たちはきっと愛しあえるはず。
☆母は、私の呼びかけにいつもこうして、カメラにぐぐっと近づいて手を振りながら、「おはよ〜」と言ってくれる

Monday, October 18, 2021

ひとりでちんまりタコ・ブーム


今日も、色んなことがありました。
Yに足がいっぽんしかない人が泳ぎに来ました。
リフトに座って、つけてきた義足をがしゃっがしゃっと外して、リフトで降ろしてもらって、ひとりですいすい泳いでいました。
リフトを使うところを始めて見ました。
シャワーから出ると、私のタオルが、落ちそうで落ちない間一髪のところでフックにぶら下がっていてびっくりしました。
落ちていたら、シャワーのお湯でぐっちょりだったから、「ああ、神さま」と御霊のうめきのように感謝しました。
その後、はなを学校に送って行く途中、いつもの道が折れた街路樹に塞がれていて、すごい景色だったけど、はながすぐに「曲がって」って言ってくれたおかげで、吸い込まれる前に、はっと我に返ることができました。
突然生まれた小さな森のような光景をじっと見つめて、どんどん近づいてしまいそうだったのです。
その後は、家で色んなことをしました。
教会のための仕事もすごくがんばったと思う。
でも、とっても悲しくて、虚しい。
色んなことが心配。
どうしちゃったのかな、私。
☆写真は今日のランチ
ひとりで、ちんまりタコブームかも

あぶらしたたる道


あなたには、その年に、御恵みの冠をかぶらせ、
あなたの通られた後には、
あぶらがしたたっています。
詩篇 65:11

あぶらがしたたっている主の道は多い。
特に祈りの道においてはそうである。
絶えず密室にある信者は、1人も「私はだめた、なんと不幸なことか」と叫ぶ必要はない。
個人的な祈りの道にいそしめ、しばしばひざまずいて祈れ。
絶えずイエスの陰に座れ。
あなたの愛する方を林の中のりんごの木のように大切にせよ。
C.H.スポルジョン 「朝ごとに」より

今朝は、このスポルジョンの示す詩篇の65編、そして通読の民数記の続き、それから礼拝メッセージのテキストマルコの2章の後半、この3箇所を読みました。
密室での祈りに励み続けよ、自分の口から出たことばには責任を持て、そして、自分も罪人であることを決して忘れるなと、天から、しっかりと教えられました。
この新しい1週間、主のあぶらしたたる道を歩むことができますように。
☆焼肉をおなか一杯に食べすぎて、動けなくなり、賢人に、「ごめんけど、お片付けしてもらっていい?」と言って眠った翌朝、カウンターに放り出しっぱなしだったレタスがこんな風にお水の入ったコップに挿されていました。 

Saturday, October 16, 2021

始めてのペペロンチーノ

夕べ、すごくおいしそうにペペロンチーのを作るビデオを観てしまい
明日のランチはこれ!、と堅く決意して眠った
材料はガーリック、ペッパー、グリーンオニオン、そして海老
ビデオの人は乾いたパスタを出来上がる前のソースにお水を入れて投入
でも、私はどうもそのやり方が不安で半分(5分)だけ茹で、
その後でソースの入ったお鍋に入れてみました
茹でたてパスタに熱々ソースをかけるのが日本式なので
ドキドキしたけど、大成功!



 

修理修繕生活

洗濯かごの取っ手が外れてしまいました
明るい窓辺で修理をしてみることに
お裁縫箱の中身が充実しています
私がいない7ヶ月の間にはながまち針と糸を買って補充してくれていました
ボタンで修理しようと思っていたら、
かわいいお花のパッチが入っていたので無断でいただきました
た・ら〜ん!完成です

 

さあ来て、朝の食事をしなさい


イエスは彼らに言われた。
「さあ来て、朝の食事をしなさい。」
ヨハネ 21:12

クリスチャンはみな、一つの霊的食欲を持つ。
私たちはみな同じように感じることができなくても、同じように天から下ったいのちのパンを食することができる。
イエス近く歩め。
そうすれば、同じ天のマナで支えられているあなたの兄弟と、さらに密接に結ばれていることを見いだすであろう。
キリストを見つめることは生きることである。
しかし主に仕える力を得るために、あなたは「来て、食事を」しなければならない。
私たちはこの主の教訓を無視するために、多くの不必要な弱さの中に労苦する。
あなたがイエスに近づき、一体となり、その民を愛し、イエスによって力を得ようとするならば、信仰によって主のもとに来て、共に食事をとれ。
C.H. スポルジョン 『朝ごとに』より

今朝のスポルジョンの説教、いかがでしょうか。
私は、最も弱い部分、苦手を突かれて、今朝も倒れんばかりに参っております。
なるほど、本当にそうなのだと思います。
「私たちはこの主の教訓を無視するために、多くの不必要な弱さの中に労苦する。」
この言葉こそ、まさに、私の疲れの原因の答えであることを認めなければなりません。
育った家族との食事、夫との食事、夫とふたりで作った家族との食事、気の合う人との食事、勤めていたあちこちの幼稚園での同僚たちとの食事、このような食事で感じる幸せを、私は、一度でもキリストの教会で味わったことがあるだろうかと、厳しく自問してみています。
聖餐とはキリストの私への約束の確認のおもてなしであるからと、毎月、ハンコをもらうかのような気もちで受けてはいなかっただろうかと。
安息日は神さまの私への聖なる贈り物であるから、どんなことをしてでも、守らねばっと、毎週自分の信仰を証明するかのように教会に行っては奉仕をしていないだろうかと。
イエスさまは、今朝、私に言います。
「さあ来て、朝の食事をしなさい。」

☆写真は夕べのタコディナー




 

Friday, October 15, 2021

その日のために


だれが、この方の来られる日に耐えられよう。
だれが、この方の現れるときに立っていられよう。
まことにこの方は精錬する者の火。
布のさらす者の灰汁のようだ。
マラキ 3:2

木曜日の昨日は、本当は掃除機とモップの日なのだけど、あまりにも床が汚かったので、水曜日に水まわりのお掃除の後、発作的にがが〜と掃除機とモップをしてしまったので、昨日は、久しぶりに家具磨きをしました。
棚の上のものをみな、どかして、お掃除していたら、出てきたのです。
C.H. スポルジョンの『朝ごとに』!。
もう1冊あったはず、と思って、日本に置いてきたのはいいのだけれど、どこを探しても見つからず、あきらめかけていた矢先でした。
それで、今朝はスポルジョンの示す箇所からマラキの3章を開いてじっくりと読みました。
鋭すぎるスポルジョンの説教に、思わず、しゅんとなりそうな私。
でも、奮い立ってアーメン、アーメンとしみじみ感謝しています。
3章の後半から4章にかけては、「神に仕えるのはむなしいことだ。」とつぶやいた人の悲しくも恐ろしい運命について描かれています。
いわく、「来ようとしているその日は、彼らを焼き尽くし、根も枝も残さない」と。
ああ、本当にごめんなさい、神さま。
私は、時々、誰に仕えているのかわからなくなり、勝手に苦しくなってしまう愚かな者です。
どれほど偉大なる存在に向かって、どんなに大きな目的のために、どれほどゆるぎない約束のゆえに、仕えていたかを、はっと思い出し、ぞっとしています。
16節、「そのとき、主を恐れる者たちが、互いに語り合った。主は耳を傾けて、これを聞かれた。主を恐れ、主の御名を尊ぶ者たちのために、主の前で、記憶の書が書きしるされた。」
17節、「彼らはわたしのものとなる。」
おまけ

Thursday, October 14, 2021

スポーツの秋、芸術の秋、食欲の秋


朝、プールで泳いだ後は、きっと身体がポカポカと温まっていたのね。
薄着の裸足ででうろうろ。
その後、はなを学校に送って、ひとりで、ダイニング・テーブルで聖書を読んでいたら、どんどん寒くなり、靴下をはいたり、セーターを着たり、膝掛けをかけたり、寒さに対するアップ・グレードに立ったり座ったり、座ったり立ったり大忙しでした。
でも、この秋の始まりの感じ、大すき。
冬や春や夏の始まりも大すきだけど、こんなにはワクワクはしません。
不思議です。秋のマジック。

今日は、いえ、今日も、Yのプールとはなの学校への送り以外は、家から、一歩も出ず、でした。
今日は、ピアノをがんばりました。
毎週、とっても難しい課題が続いています。
難しさにも色々レベルがあると思うけど、今週は楽譜がないっていう私の中で1から5の難易度の中の4の課題です。
教会での賛美のピアノ奏楽はあってあたりまえです。(おそらくない教会はなと思う)
すなわち、がんばってあたりまえ、準備してあたりまえ、弾けてあたりまえ。
後で振り返った時、あの時すごく苦しかったけど、でもがんばったからぐぐっと上達しなっと思えたらいいな。
そう思って、こぼしたくなる口をぎゅと結んで取り組んでいます。

スポーツの秋、芸術の秋、食欲の秋。
今夜は、鯖の塩焼きとお昼のおでんのつづきで〜す。
おまけ
おいしくできました!


ちょっとだけハロウィン

ちょっとだけ、ハロウィンの飾りつけをしました
賢人が赤ちゃんの頃に買ったドアの飾り

電球を何度も交換して灯し続けているランタン
テーブルの上のかぼちゃは今年買った生かぼちゃ

ピアノの上の白いかぼちゃが一番最近買ったもの
でも三年ほどまえ

 

モーセに習う


そこでモーセは、
彼女たちの訴えを、主の前に出した。
民数記 27:5

「そこでモーセは、彼女たちの訴えを、主の前に出した」ってあたりまえじゃん、って思うでしょうか。
あたりまえそうに見えて、実はとっても難しいがこの一瞬の判断です。
なにしろ、訴えられたのですから。
すぐに反論したり、自分の意見を述べたり、色々思っても、「ああ〜めんどくさなあ、お好きにどうぞ」、とか、「はいはい、じゃそうしましょ」、言ったりなんかしちゃうのです。
私は、大体99パーセントぐらいの確率でめんどくさがり屋のリアクションです。
でも、それをぐっと飲み込み、主の前に出す。
これをモーセに習って、生き方の癖のようにしたいです。
大体めんどくさがり屋のリアクションは、仕事がたまりにたまり、ストレスもマックスなってから、全てを放り出してしまうというクライマックスを迎え、周囲を驚かせてしまうから、もうそうろそろ、そういう生き方を変えたいと思っていたのでした。(って今頃なんなんだけど・・・)
人生に遅すぎたということはないわけだし、私もモーセに習いたいと思うわけです。
☆今朝は、Yのプールに一番のりでした。
いつもと同じドアが開く6時だけど、この頃、ちょっと寒くなって、人々の出足がゆっくりになっているのかな。
でも私は寒いければ寒いほどプールの水が温かく感じられるから好き。
今日は40分ほど泳ぎました。
朝の9時前なのに、もうおなかがペコペコです。
今日のお昼は洋風おでんに決めました。

Wednesday, October 13, 2021

その後のロバとバラムさん


神は人間ではなく、偽りを言うことがない。
人の子ではなく悔いることがない。
神は言われたことを、なさらないだろうか。
約束されたことを成し遂げられないだろうか。
民数記 23:19

神さまに道を阻まれて、引き返し、3度も飼い主に打たれたかわいそうなロバと飼い主バラムさんのお話です。
すごいチャレンジャーの飼い主に飼われたロバは本当にかわいそうです。
すごいチャレンジャーに雇われた働き人も本当にかわいそうです。
でも、ロバを通して、主の声を聞いたバラムさんは、我に返ります。
よかった、よかった。
その後、ロバとバラムさんは和解したでしょうか。
私はしたと思います。
そして、ロバとバラムさんは末長く、仲良く、幸せに暮らしたと思うのです。


 

Tuesday, October 12, 2021

深まりゆく秋の1日


今日はなんだか、肌寒い1日でした。
朝、Yのプールに行き、その後、はなを学校に送ってから、ずっと家にこもってすごしました。
洗濯機を2回まわして、次の賛美の課題のことを色々調べて準備して、お昼ごはんを作って食べて、ピアノ弾いて、母に連絡して、晩ごはんの準備して、英語の勉強して、いつもの普通の火曜日だけど、肌寒いってそれだけで、なんだか特別な日みたいでした。
お昼は、夫がお友だちと出かけて行ったので、賢人とふたり。
だからってわけじゃないけど、残りモノでチャーハンとスープを作って食べました。
ベーコンとグリーンオニオンのチャーハンと、ポテトとブロッコリーのスープです。
英語のお勉強は、ほそぼそとだけど、続けています。
毎日、少しづつ。
読んだり、聞いたり、話したり。
書くことは、めったにありません。
必要に迫られた時に、せっぱつまって翻訳のアプリに頼りながら書いているから、上達していないけど、自分が書いた文章は取っておくようにしている。
書くことは考えることだから、本当は一番良い語学のお勉強のはずなのにね、一番苦手です。
☆お部屋に壁紙を貼ってみています。
とりあえず、1ロール買って、自分でできるかやってみました。
できそう、と思って3ロール追加でオーダーしました。
届くのが楽しみです。

私の割り当て地

あなたは彼らの国で相続地を持ってはならない。
イスラエル人の中にあって、
わたしがあなたの割り当て地であり、
あなたの相続地である。
民数記 18:20

ずっと、長い間、父のために祈ってきたので、父が亡くなったからといって、急に祈るのをやめることはできないみたい。
口が勝手に祈り始めてしまうから、口にまかせて、祈り続けています。
でも、祈るたびに、涙がこみあげてくるの、とめられない。
「イエスさま、私も、いつか、必ず、そこへ行きます。この世界での役目を果たして無事に辿り着きますように。そして、父とイエスさまとの交わりの中に私も入れてください。必ず、再び、父に逢うことができますように。」そんな祈りです。

Saturday, October 9, 2021

世界で一番素敵な中古屋さん

サンペドロの6th ストリートのスリフトストアは
世界で一番素敵な中古屋さん
(世界を知らない人に限ってこんな言い方をする)
ディスプレイが素敵
チャリティのストアで店員さんはみなボランティアなのに、
このめちゃプロフェッショナルなハロウィンの装飾を見てよ
で、見つけちゃったから、買っちゃった
集めはじめて20年
新品で買ったことのない、このタンブラー
今日も1ドルなり〜