賢人がまだ生まれる前に、LAダウンタウンのチャイナタウンで買って
LOVE...nothing can ever separate us from God's love ROMAN 8:38 /since 2010 なんばまき ohayospurgeon@gmail.com
Sunday, September 13, 2026
まじな宇治金時との遭遇
週末帰っていたはなを送りがてら、
途中はなのおすすめで寄った
抹茶あれこれの専門店
これいけた
しかも、安い!なんと、8ドル!
しかも行列なし
ふたりでも食べ切れないほどの量・・・
ああ、この記事で行列ができたら、ごめんよ、はな
はなのおすすめ穴場でした
注意:愚痴です
苦手な事は何ですか?(あるという前提でぐいぐいと質問してしまう強気の私)
私は、人々がとても便利に使いこなしている このGoogle app (blooger だけは別ね、これは16年使っているけど、大すき、難しいと思ったことは一度もなし)を使った作業、そしてそれ以上に Microsoftの老いも若きもが使いこなしている常識的な作業。
それはつまりコンピューターを使った事務作業全般、と書きたいところだけど、それだけにとどまらず、コミュニケーションも苦手・・・。
「送ったんだけど」とか「作って共有してますが」とか「招待してますよ」というフレーズに胸がぎゅっと痛みます。
さらにその上に、「1時間前に」とか「今朝」とか「昨日」とか「先週」とかが、つくとくらくらして隠れたくなります。
私は文章を書くことが好きです。(文章を読むのも好きです。その他にも好きなことは色々あるけれど、どれも「得意」とは言い難いことばかりです。例えば庭しごとに畑しごと、ピアノを弾くことや英語を勉強すること、英語を読むこと)
自分で言うのもなんなんだけど、文章を書く時の私は、とても正直で純粋です。
そうでない状態で文章を書くのはとっても難しいです。
でも幸い、そのような仕事をさせられた事はありません。(代表して文章を書かされて批判された事はあるけど、直しませんでした。結局。もちろんボツとなりましたが・・・。)
苦手な事と得意な事を書いて、結局、何が言いたかったのだろう・・・。
日曜日だから、好きな事だけやってすごしたいところだけど、今日はちょっとだけ仕事をしようと思っているので、その愚痴を書きたかったのかもしれません。
読んでくれてありがとう。
ごめんね、日曜日なのに、ぱっとしないお手紙で。
良い日をおすごしください。
私もそうします。
Tuesday, September 8, 2026
Monday, September 7, 2026
3DパズルとKen's Pasta
昨日の空は、めずらしくほとんど一日中雨模様でした。
雨はお好きですか?
私は大すきです。
雨の音が、私を「こんなことをしていていいんだっけ?」という不安から守ってくれるので、自由に好きなことを好きなだけできるので大すきなのです。
というわけで、昨日は庭しごとができなかったので、“Book Store” を一気に完成させてしまいました・・・。
点々・・・のわけは、楽しみが終わってしまった点々・・・です。
パズルって作りかけの状態が良いのですね、遅ればせながらパズルに目覚めた私は、うっかり、雨音を聴きながら時間を忘れて完成させてしまい、お楽しみが終わってちょっと寂しいです。「ほんの20分だけやらせて」とか「今日は本棚を完成させたらお終いにしよう」とか「6時になったら切り上げてごはんを研ごう」とか、そんな感じで週末の夕方にちびちびと進めていくつもりでいたのに、もったいないことをしてしまいました。
それで、今日は、雨も上がったことだし、昨日できなかった庭しごとをすませたら、午後から次のパズル探しにでかけようと思います。
昨日は賢人がパスタを作ってくれました。
あの子のパスタは本当においしいです。
私はスパゲティ一筋だけど、日持ちのする形のパスタでキャセロール2個分をオーブンで作ってくれるので、たっぷり2日分ぐらいのランチが賄えます。
私は翌日にマイクロウェーブで温めてタバスコを大量にかけて食べるのが当日のオーブンから出てきた作り立てより好きなほど。
それを食べておでかけしてきます。
Sunday, September 6, 2026
普通の信仰者の普通な幸せ
私は身を横たえて、眠る。
私はまた目をさます。
主がささえてくださるから。
長くて幸せだった夏休みもおわり、新学期の最初の2週間も瞬く間に過ぎ去り、最初のお休み、2連休の初日です。
こうゆうご褒美が身に染みて嬉しく、又、次へとがんばる原動力となってゆきます。
夏休みの間に書いた記事の中で、最も大切な人間関係と役割を尊び重んじる、という新しい目標を掲げましたが、それは今も変わらず、がんばることができています。
ううん、「がんばっている」じゃなくて、「楽しく取り組めている」です。
実は長い間、私はそのように祈ってきました。
でも、その祈りはあまりも長く祈りすぎて、絵に描いたきれいな景色のような祈りのようになってしまい、いつしか、絶対に私にはできないとあきらめてしまっていました。
それが、この夏、5年ぶりに家ですごすことで、癒され、回復へと大きく向きを変えてもらえることができました。
祈ったこと、祈っていることも忘れ、無意識に受け入れてしまい自分の一部となって困ることにも慣れてしまっていた自分の性質がある日、主に触れられ、癒され、変えられてゆくという証をにわかに「人ごと」もしくは「誰かの素晴らしい信仰の結果」とか思っていたにも関わらず、です。
朝の時間を前以上に大切にして、今は遅くても5時半には職員室を後にしています。
家の中にひとりになれる居場所や時間を見つけるための努力をしなくて良くなるということは、家が広くなるようなもの、自分の1日の時間が拡大するようなものです。
そして、職場で、少々の事があっても大丈夫になっている自分にも気づきました。相変わらず、慌てたり、落ち込んだりはするけれど、そこに心が張り付いてしまうことがないのです。
職場で起きたネガティブな出来事や愚痴や職場の人の悪口を夫に言うことは決してありません。
それは今も同じです。
でも、家に一歩足をふみ入れた瞬間、それが大したことではないと思えるようになってきました。
さて、この連休、初日の今日は、最近良く聞く、「名書のサマリーの読み聞かせ」みたいなビデオを聴きながら家事と庭仕事をして、午後、また明日は、読書と新しい3Dパズル、Book Shopを少し作り進めるつもりです。
Sunday, August 23, 2026
世界史に挑戦
花屋さん完成です↓
彼がわたしを愛しているから、
わたしは彼を助け出そう。
彼がわたしの名を知っているから、
わたしは彼を高くあげよう。
詩篇 92:14
聖なる安息の日曜日の朝です。
夏休みに「読書の楽しみ」の灯火が大きくともり、ぼうぼうと燃え盛り、どうにもこうにもちょっと深刻な活字中毒っぽい症状です。
かつて子ども期から10代、20代、30代の始めの頃の私は確かに毎日本ばかり読んで生きていたのだけど、その後、ちょっと色々責任みたいなものを負うようになってからは、夏休みとか冬休みとかのちまっとした楽しみとなっていたのに、それが案の定、というか予想通り、夏休みが終わった今となっても、休みの日にはさて、何を読もう、となっています。
金曜日に、学校の図書館に行ってみました。(私は幼稚園で働いているのだけど、よく職場を「学校」と書いてしまいます。というのも、私の職場は年少さんから9年生までが小さな同じキャンパス、校舎の中で色々なものを共有しているいわゆる附属幼稚園なのです)
じゃじゃ〜んと世界史全20巻みたいなのを1から順に読みたいなっと思ったのです。
私はこれでもクリスチャンのはしくれなんだけど、理屈だけは一丁前で氷河期とか最初の人類とかそんな話が大きらいで、世界史、西洋史といえば、最初のページで挫折「うそつき・・・」と思って閉じてしまっていました。
でも、それはそれとして、この世界の人は聖書のことをどのぐらい歴史的事実として並べているのか知ってみたいなっと、ポジティブ関連での興味を持ったわけです。
と、と、ところが、ない。え?世界史の本、ない? なんで???
日本史は色々な出版社のがじゃーん全15巻、全10巻、あるいは時代別ふっといのが3巻、色々あるのに、豆粒みたいに短いアメリカ史だって数冊あるのに・・・。
世界史がないってどういうこと?
図書館の準備室みたいな所に入りこんでやっと1冊、「新しい社会 歴史」という不思議なタイトルの薄めの本を見つけたので、後でその本について社会の先生に伺ってみたところ、なんと教科書でした。イラストや写真、系図とかが満載で、課題や質問とかもあって、読み物っぽくはないので、うすうす、そうかなっと思ったのだけど・・・。もう、世界史という教科はないのだそうですね、知りませんでした。(左のは場所の確認と思って借りました。こちらは教科書ではなく普通の児童書です。)
でね、探しに行ってみたのです。例の本屋さんに。
ありました、ありました。色々。漫画から難しそうなのまで色々。漫画はなんと手塚治虫のもあり、あまりの品揃えに、本当に私好みのセレクトショップと言わざるおえない、不思議な本屋さん、本当にすごい本屋さんです。
図書館だったら、どれもまとめて借りちゃう所だけど、ここは本屋さん。おもしろくない本は買いたくないので、よくよく考えて2冊を選びました。
こちらがそうです。↓
右のは第3判もありこれは第4版、ここで見た最も新しいものです。繰り返し出版されているということはもはや、誰もが頼りにしている定番という事だと確信して買いました。
そして、左のは好き好きだと思うけど、流れを知りたいという私にニーズにはあまりふさわしくなさそうです。
読み終えたら、職場の図書館にこっそり寄付しようと思います。
Thursday, August 20, 2026
最終秘密兵器〜私の保険
これを聴きながら書いています↓
主は、ご自分の羽で、あなたをおおわれる。
彼らは、その翼の下に身を避ける。
主の真実は、大盾であり、とりでである。
詩篇 91:4
2学期の準備初日は無事に終わりました。
4時ぐらいに大体やりたかった事を終え、畑をちょっとだけきれいにして水を撒いて帰りました。
夏休みの終わりに、「仕事と自分の間に精神的な距離を保とう」と小さく決心しました。
何かを習慣にするためには、慣れるまでは何か査定できる基準が必要と思い、朝は、まあこれまで通り早めに出勤し、でも終わりは勤務時間を守ろうと思っています。
この先、行事や難しい問題が出てきた時に、それが保てるかどうかはわかりません。
でも、それはその時々に主に知恵をいただきながら乗り越えてゆこうと思います。
大切なのは時間や労力じゃなくて、「精神的な距離」なのです。
何時まで働こうと、どこまでやろうと、心をちゃんといつも家に持って帰ろう、最も大切な関係や役割を忘れずにいよう、そういう事だから。
それに私には「早起き」という最終秘密兵器があるし、常勤職員は全員、学校の鍵を持たせてもらっているので、実はあまり心配していません。
今は、ただただ、自分のこの気もちの変化が嬉しいのです。(何度も書いてしまうけどさ)
ではでは、今日も良い日をね〜。
Wednesday, August 19, 2026
忘れたくないこと
私たちの神、主のご慈愛が
私たちの上にありますように。
そして、私たちの手のわざを
確かなものにしてください
どうか、私たちの手のわざを
確かなものにしてください。
詩篇 90:17
感謝に満ちた夏休みが終わり、今日から仕事に戻ります。
「何事にも遅すぎることはない」と信じています。
和解や回復や癒しは神さまと私の間から始まり、そして神さまと私の間で完結すると信じています。
そして、神さまとは時間や空間を超えた無限の存在です。
そのような想像することも難しい偉大な宇宙の支配者との関係に私の小さなモノサシや時計や秤は不要であると信じます。
この夏神さまが私にくださった贈り物、返してくださった喜び、新しくしてくださった自分を忘れずにいることができますように。
今朝、プランナーのはじっこに書いた私の決心はこうです。
「分けられた所、光の中で平安でいよう。私はそのように創られたのだから、そこに留まっていよう。」
創世記の1章で神さまはまず、分けました。
闇から光を。
そして私は光の中を生きるために創られたのです。
忘れてはいけないことは、ただその1点。
記念すべき第一作は花屋さんですが、まだ完成していません。
門と前庭を作ったら完成です。
野球や釣りやお笑いのテレビを観ている夫の横でこんなものをちまちまと作るのもなかな良いものです。
・それからこの「おはようスポルジョン」にもっと頻繁に記事を書き続けていきたいです。
波のように書いたり書かなかったりな私なのに、読む人たちには波がありません。
毎日、数千という単位です。ありがとう、ありがとう、本当にありがとう。
・そのためには、仕事と自分の間に精神的な距離を保つ必要があると思います。
大気圏を突破して気づいた大切な学びです。
でも大気圏内に戻っても忘れたくない学びです。
Tuesday, August 18, 2026
研修で学んだこと
私は、あなたの御顔の光の中を歩みます。
詩篇89:15
ついに夏休みの最終日となってしまいました。
昨日も今日も4時に目覚ましを合わせていたのですが、起きたのは共に6時前後でした。
明日から今週一杯はまだ、子どもたちは登園してきません。
準備期間ということで9時からの出勤です。
だから6時に起きれば十分なのだけど、母への連絡この4時を逃すと次は母が起きる西海外時間の午後2時ぐらいになってしまいます。
勤務時間中に母と話すのは落ち着かないのでなんとか、明日からはなんとかがんばって4時に起きて連絡するつもりです。
何度も書いているけれど、本当に良い夏休みでした。
たくさんの時間を夫とリビングルームの椅子に座って、一緒にテレビを観てすごしました。
まあ、私たちが一緒に観ることのできるテレビは日本語のNHKのニュースと平和なお料理番組、旅行記ぐらいで、野球とか釣りとかになっちゃうと私はメガネをかけて本を読みました。
それでも、同じ空間、同じ時間、を一緒に過ごせた事に感謝しています。
こんな時には音が妨げになることのない、村上春樹の旅行記やアメリカ暮らしの記録のようなモノを好んで読みました。(実に30年以上ぶりに手にした村上春樹・・・)
晩御飯は夫が作ってくれることが多かったです。
家の事も一緒に色々がんばりました。
長年をかけて傾いてきた木の切り口のせいでかがまなければ通れない小道があったのですが、チェーンソーで黒い線の所から夫が切ってくれました。
冬から春にかけて小さなシャワールームを作ってもらった話は前に書いたと思うのですが、なぜか大工さんが鏡をつけてくれていなくて、私たちも気になりつつ、放っておいたのですが、ここにも夫が小さな鏡の扉のついたキャビネットをつけてくれて、ようやく、本当の意味で完成となりました。
夏休みが終わってからもこんな時間を大切にしたいです。そう考えるなら、夏休みが終わっても、続きは楽しめる、というわけです。
そう。その事が本当に今嬉しいです。
同じ夫と同じ家にこれからも一緒に住み続けるのだけど、何かが変わりました。
それは一言で言うなら「新しい夫と少しだけ広くなった家で暮らす」そんな感じです。
何事にも集中するために、わざわざすれ違おうと意識していたその意識がボロッと私から落ちてきたので、それを足の先でポンと蹴飛ばしてみたら、なかなか良い感じであることを発見してしまったのです。それで、朝の4時起きが辛くなったのもこれまた事実なのだけど、それは、母との大切な時間なので、明日からは取り戻そうと決心しています。
さて、5年ぶりのアメリカの家での夏休み。
この夏休みの感謝の根底にはあるどうしようもない人間的な理由があります。
日本の学校では当たり前かもしれないけれど、アメリカではあり得ない、「有給」なのです。
研修願いというのを提出していただいた4週間のお休みでした。
私、しっかり「研修」しました。そう胸をはって言う事をお許しください。
この心の安定と平和、それから回復し癒されつつある最も大切な人間関係に取り組めているという自信は必ず、仕事へも良い影響をもたらすのではないかなっと思うわけです。えっへん。
Monday, August 17, 2026
死ぬ前に気づいて良かった事、ふたつ
朝明けに、
私の祈りはあなたのことろに届きます。
詩篇88:13
夏休みも余すところ、今日と明日の2日となりました。
良い日々でした。
たくさんの良書との出会いもさることながら、子ども時代から10代や20代にかけての、あの頃のように読書が楽しめるようになったことに感動しています。
知っているつもりになっていた事やあきらめそうになっていた事も含めて、たくさんの気づきが与えられ、あの、新しい本を開く時のドキドキ感、わくわく感を思い出してしまったのです。
ためになるから読むとか、必要だから読むとか、語彙を増やすために読むとか、そんなものを、この夏、全て、きれいさっぱり捨て去ったような清々しさがあります。
あたりまえだけど、世界には私の行ったことのない場所や知らない人や聞いたことのない考えが山ほどあったことを思い出したのです・・・。(死ぬ前に思い出してよかったよ)
それから、「新しい夫とはなとの再会」、というのもこの夏の大きな収穫となりました。私の心の中にはいつも賢人が大きく存在しています。
仕事をしていても、日本にいても、私は、いつもあの子を思い、あの子を心配しています。もう大人だからしてあげられることはお弁当作りぐらいだけど、仕事の事やガールフレンドの事はもちろん、あの子の映画を作るという夢の事を祈らない日々はありませんでした。
その間、一人で考えて、一人で決断して、一人で動こうとしてきたはなを夫はただ黙って手伝ってくれていたことに気づいたのです。
父が亡くなった時、はなはまだ高校生でした。
なのに私は不在だったのです。
私の知っているはなはたくましいはな。
明るいはな。おもしろいはな。強いはな。
頼りになるはな。
ああ、でも、学校を自分で選んで資金を計算し、手立てを調べ、お金を集め、不足分を割り出し、そして、私に告げる。
私が知っているのは、その後の事だけなのです。
毎年の引っ越しに関してもそうでした。
おかげで、夫とはなはとても仲良しです。
それを副産物として喜ぶほかありません・・・。本当にごめんね、と思いました。
でも、この気づきのおかげで、私は例のあの難しい本、「結婚の意味」を体験として理解する事ができました。
みことばと教義に、私の罪がどれもこれもぴたっと結びつくという恐ろしい読書でしたが、これまた、死ぬ前に気づいて良かったと思うわけです・・・。
Sunday, August 16, 2026
私の弱点
まことに、あなたの大庭にいる一日は
千日にまさります。
詩篇 85:10
はなは、パモナへと無事に引っ越して行きました。
初めて引っ越しに立ち会いました。
過去の2回は日本滞在中だったため、夫が手伝いました。
彼女は部屋探しから申し込み、手続き、支払い、そして、引っ越しにいたるまで、友だちに聞きながら、一人で乗り越えました。
私が手伝ったのは「支払い」の部分の彼女の口座への送金だけです。
これまで3つの部屋に移り住んでいるけれど、最初から、です。
心が折れそうになることの数々を乗り越えてきたと思います。そしてそのチャレンジは、神さまによって見守られ、導かれ、祝福されている、と私は思います。
実際、行程の全てはこの上なく順調であったと思うのだけど、小さなことに一喜一憂してしまいます。私も、です。
昨日は本当に、エモーショナルに揺さぶられる一日でした。
最初の部屋は大きな家に暮らす素敵なホストファミリーに見守られてのバスルーム付きの個室でした。
1200ドルです。電動バイクで通っていましたがバイクを盗まれ、7マイルもあったので通いが本当に大変そうでした。
で、この時は電動スクーターを盗まれ、再びバス通学でした。
そして、今回は徒歩通学できるドーム。1000ドルです。
私は、この家を見て、「ああ、私には無理だ・・・」と思いきり、気持ちが沈みました。
荷物なんか運ぶ前に、掃除機やモップなどのありとあらゆる掃除用具を持ち込んでかなりディープに徹底的に掃除してからでないと、住む気になれない部屋でした。でもそれは、一緒に暮らす人がいる限り、キープし続けるのにはそうとうな根性がいるのだろうなっとも思います。
学校が運営している家だから、掃除などろくにせずに新しい借り手に引き渡しているのだと思うけど、まずは、はなも含めて「掃除しようよ」なんて言う子は一人もいなくて、どかどかと荷物を運び込み、狭いキッチンに食器洗剤が4個、キッチンペーパーが4個、全ての物が4個づつ並んでゆくわけです・・・。
このアパートの良い所は徒歩で通えるというその1点ですが、それが今回の全ての部屋探しのポイントだったようです。
はなには同じキャンパス内の徒歩で行けるカフェテリアでのアルバイトがあって、キャンパスにいる限り、毎日のように素敵なボーイフレンドにも会うことができます。
良い点もたくさんあるのです。
でも、毎回バスルームのシンクを使う度に髪の毛をトイレットペーパーで拭い、キッチンでは何かを置く前にカウンタートップのソーダの跡やコーヒーの粉などを拭き、ベッド以外の場所で靴を脱ぐことのできないベタベタしたフロアでの暮らしは、やはり私には無理。
そして、そうしなくてすんだ自分の学生時代を思って、人には色々な耐えられることと耐えられないことの間に選択肢があって、神さまはそれをちゃんと見事に支持してくださっている不思議に思いを馳せました・・・。
神さま、ありがとう。
神さま、ごめんね。
Saturday, August 15, 2026
大気圏の向こうからの帰還・・・
夏休みも余すところあと、数日。
毎年のことだけど、夏の終わりはいつもとても寂しいです。
「このまま、ずっとこんな風に暮らしてゆけたらな」と真剣に考えてみてしまうほどです。
ある地点を超えるとそうなっちゃうみたい、どうも。
2週間を超えたぐらいかな。
まともに生きようとする引力の圏内を突破しちゃうのね、きっと。
何からも引っ張られない無重力空間を、昼夜問わず自由にふわふわとやりたい時にやりたい事をするという超無責任な日々への恐れがどんどん小さくなって、やがて「いいかも・・・」と思い始める。
長ければ、長いほど・・・。
そして今年は日本に行かなかった分、長った。
はなは本日、学校へ戻ります。
3回目の引っ越し、今回は念願のキャンパスの中です。
Saturday, August 8, 2026
結婚の意味
この夏、「モモ」と共に私への神さまからの大きな贈り物は、この本との出会いでした。
これまで、たくさんの「結婚」をテーマにした本を読んできたけれど、最も言いにくく、難しい教義をストレートに表現してくれています。
だから、読むにあたっては、ある程度の覚悟が必要です。
ノンクリスチャンの幸せそうなおしどり夫婦も、やぶれかぶれのクリスチャンカップルも、結婚の危機を乗り越え、そこに踏みとどまってこれたのは、ひとえにそれは聖霊の助けであったのだと信じることができます。
ノンクリスチャンに聖霊?はちょっと変な表現だけど、彼らが信じる、自分や相手ではなく、結婚という契約に対する畏敬というか畏れのようなものかな。
実際的なテクニックやチップは一切なしで、ひたすら、みことばと照らし合わせた教義が続きます。
私が、最も深く心に触れられたのは、この一文です。「結婚は、福音によって、あなたの心の内側から、あなたの人生が土台からつくり変えられるための、一つの手段なのです。」
どうやら、結婚とは福音抜きには成功しえないと、そういうことを書いているようなのです。
まだまだ、全体の5分の1ほどのところなので、急いで読書の感想をうかつに書くべきではないかもしれないけれど、読み進めるにつれ、読むのが怖くなり、また、楽しみにもなります。
赦された自分と赦してくださった神さまとの関係抜きに、純粋な喜びを持って、返してもらえない愛を与えることはできないでしょう。
それは、理屈としてはわかります。
それを実践、チャレンジするのが結婚であり、もし、それができたなら、本当に素晴らしい結婚が成就するって、そんな期待を持って最後までがんばって読みたいです。
Friday, August 7, 2026
本能に従って食べる
キリストがすべての人のために死なれたのは、
生きている人々が、
もはや自分のためにではなく、
自分のために死んでよみがえった方のために生きるためなのです。
2コリント5:15
毎日、一生懸命にお料理して、一生懸命に食べ、そして、一生懸命に本を読んでいます。
そして気分転換に、庭をそうじし、ほんの少しの家事をし、それから新学期の準備をもっとほんの少しだけしています。
時間を気にせず、朝はオンラインで英語を勉強して、夕方はピアノを弾いています。
夜はビデオで映画を観ます。
幸せな日々です。
でも、不思議とずっとこのままならいいなっとは思いません。
この日々が残りの人生の全てだと思うと、「・・・・。」と感じます。
さて、すごい本を2冊紹介したいと思います。右のはダイエットの本っぽいけど、そうではなく、本能的に生きても良いのだと、私の食べ方を全面的に肯定してくれるめずらしい本です。
食べたい物を食べたい時に食べたいだけ食べる私、でも、そんな私にもささやかなルールがあって、それは、「おなかがすいた時に、満足するまで食べる」です。
まっ、あたりまえだけどね。
「おなかが空くまで食べない、満足したらやめる」と書けば良いかな。
そうすると1日に2食となり、スキップするのは色々やりたいことの多い朝です。
朝食を抜くのは良くないと誰もが言うけど、この本を読んだら、「なるほどね〜、私がお昼前の強烈な空腹に快感すら感じるのはこういうわけだったのか・・・」となり、とても良い気分です。
左の本については次回書くね。
こちらはもっとすごいよ〜!!!
では、良い日をね〜。
追記:例えば、右の昨日のランチだけど、パスタソースが塩っぱいめだからパンも食べたいと思って用意したけど、ピクルスがちょうど良く緩和してくれたので、パンが残り、鳥にあげました。(鳥もきっと残したはずなのであらいぐまが喜んだと思います)
Tuesday, August 4, 2026
「立派ラーメン」と「たまごでとじた丼」計画
毎日暑いです。
でも、とっても元気です。
毎日、たくさん本を読んで、たくさんお料理して、たくさん食べています。
庭仕事や家事もぼちぼちだけどしています。仕事もちまちまやっています。
本は最初に紹介した2冊に加えて4冊追加で、合計6冊を傍に、のんびりとした日々です。
アイルが二つしかない、小さな日本語書籍セクションだけど、じっくり見て回ると良書が色々隠されていてまるで宝探しのような場所で、この夏、もう一度ぐらいは行っても許されるのではないかと、神さまと相談中。
本が、誰かによって、何かの方向に向かって、セレクトされているような気がしてならない、気の利いた古本屋さんです・・・。お料理は、この暑いのに天ぷらやすき焼きなど、こてこてのあちち系を作っては食べ、作っては食べしております。
ちなみに今日のランチは「モモ」を徹夜で読んだ朝に食べたおいしい醤油ラーメンを買ってきたので、それにねぎとチャーシューとめんまともやしを入れる「立派ラーメン」、ディナーはすき焼きの残りを「たまごでとじた丼」ともうひとつ、何か。
そうそう、今日は畑で採れたきゅうりを使ってピクルスを仕込んでみようと思っています。
今日も良い日をね〜
Wednesday, July 29, 2026
ひまわり開花!
2学期始まって早々のアクティビティの仕込みの素材を
取りに行きがてら、学校の畑の様子を見てきました
ひまわりがたくさん開花していました
誰にも見てもらえないのは残念なので
少し切って帰りました
おかげさまで、
しばらく我が家はの花瓶はにぎやかです
夏休み読書日記〜「モモ」
「あなたこそ私の神です」
私の時は御手の中にあります。
詩篇
静かに夜が明けてまいります。
夏休みだけど、いつも通りの時間に起きるようにしています。
寝る前の母と電話で話したいからがんばって、「えい」と。
でも、それができない日もあります。
そんな時は午後の2時ぐらいに朝起きたばかりの母と話します。
それができるのは夏休みだから。ありがたいな、本当に、夏休み・・・。
「モモ」の感動が未だおさまりません。時間を大切にする、ということの意味が根底から覆されるような衝撃を受けているのです。
「さわることはできない。つかまえられもしない。においみたいなものかな? でも時間て、ちっともとまっていないで、動いていくものだわ。そうするとどこからかやってくるにちがいない。風みたいなものかしら?いや、ちがう!そうだ、わかった!・・・」
そしてモモは時間を音楽に喩えました。
でも聴く耳をもたなければ聴こえてこない音楽のようです。
モモは、人や生き物や自然からさえ聴くことのできる良い聴き手なのです。
私もモモのような良い聴き手になりたいです。
神さまの耳で聴きたい。神さまの目で見たい。神さまの心で感じたい。神さまのように考えたい。そして、神さまのように話したいです。
Tuesday, July 28, 2026
夜更けのラーメン
大切に大切に、じっくりじっくり、読みたかったのに、夏休みであることをいいことに、ほとんど徹夜で読み終えてしまいました。
とまらなかったのです。すばらしかった。初めて読んだみたいな気もちです。
大人になってからは初めてだから、「初めて」と言っても良いと思う。こんな年になっても、読むことがとまらなくなる良書に出逢え、そして大きく深く感動して、自分を変えたくなれることに心が揺さぶられています。
あまりにも有名な古典(と言ってもいいよね)だから、ストーリーは周知の事と思うけど、でも、私、これ、忙しい大人たちにぜひ、もう一度、違う気もちで読み返して欲しいと思う。
子ども時代に読んだ時の、「ああ、おもしろかった」ではすまされないない、重くて深い意味に必ず出会えると思います。
読書日記に必要な素敵な文章、心にとまった登場人物のことばなど、一切のメモなしで、一気に読み進めてしまったので、これを、読書日記と名づけることはちょっとおこがましいけど、この夏休みをかけて、少しずつ、書いてゆけたらと思います。
明け方、最終章のクライマックスを目前にあまりにもおなかがすき、冷蔵庫にあった、夫のラーメンの生麺の残りの一つをささっと作って食べました。
ネギなし、ガーリックなし、もちろんチャシューもなし。
ただのラーメンの麺と醤油味のスープです。
でも、おいしかった・・・。
涙が出るほどにおいしかった。
モモという子の事を考えながら、これからの自分の事とかもちらちら考えながら、こんな風に異常な時間の使い方ができる夏休みをしみじみと感謝しながら、鼻水をふきふき食べた夜更けの醤油ラーメン。
本当においしかったです。
モモありがとう。そして夏休みばんざい。
Monday, July 27, 2026
爆撃からの癒し②
今日は、夏休みが始まって以来、初めてのお買い物に出かけました。
グローサリショッピングではない方の、「お買い物」です。
目指すはほんのちょっとだけど日本語書籍を置いてくれている古本屋さん。
昨日の残りのスープと、ちゃちゃっと簡単に作れるオムライスでランチを済ませ、ガーデナ方面に行ってきました。お庭に持ち出すこともせず、今日は、キッチンで食べました。
そして、ああ、神さまありがとう、としみじみ感謝してしまう2冊を選ぶことができました。
共に、時間、本当にやるべきこと、という今まさに私の関心事ナンバー1がテーマの本です。
この2冊に大満足した私は、隣接する小さな日本食グローサリーストア(結局そうなる・・・)を用もないのにブラブラと散策し白菜としめじとしらたきと薄切り日本産牛肉を買って帰りました。
全て、日系マーケットでしか手に入らないアイテムです。えらい。
今夜、すき焼き風の煮物を作って炊きたてご飯にのせて食べる作戦です。しまった。豆腐も買うべきでした・・・。
リストがなかったのだから仕方ありません。
で、本に話を戻すと、これ最高だったかもしれない。
もったいないから、意識してゆっくり読もうとするけど、どんどんページをめくってしまい、ああ、とんでもない良書に、またもやめぐりあってしまったかも的予感に包まれ、めちゃくちゃ幸せです・・・。
爆撃からの癒し
「口直し」という言葉があるでしょうか。
今ちょっと調べてみます。
ありました。
「濃い味や苦い薬などを口にした後、別の飲食で味を消して口の中をさっぱりさせること」
だそうです。
別に悪い意味ではなさそうなので、これがぴったりくるので使わせもらうと、「口直し」のような気持ちで聞きたくなる牧師の説教があります。
もうかれこれ20年以上は、この人は私の「霊直し」の役割を果たしてくれています。
その彼のメッセージに、ふっと、いつもと違う方法で辿り着こうとしたのが、災いでした。間違えて彼に関する、とっても恐ろしい、中傷記事、ああじゃなくて、中傷ビデオを開いてしまったのです。
そしてほんのちょっとだけど、でも十分すぎる苦い中傷を聞いてしまったのです。
あまりの恐ろしさに、沈めたい気もちを持って探していたのに、逆になんともいえないもやもやが100倍、いえ1000倍に増え広がってしまい、窒息死するかと思ったほどです。
もちろん、私はその先生を疑う気もちは毛頭ないので、ぐらぐらな気もちのまま、がんばって、いつもの方法で彼のメッセージが詰まったチャンネルに気もちを合わせ、そして、数ある中から、適当に、本当に適当でした。スロットルマシンのレバーをひくかのように、くるくるとスクロールさせて適当なところでぴっと止めてそれを開いたのです。
神さま、って本当にすごいです。
それはこのショッキングな状態のまさに「答え」のようなメッセージでした。
Sunday, July 26, 2026
作る喜び、食べる喜び
すっごく暑いけど、まるで罰ゲームのようにスープを煮る私
スープを食べる私
畑でとれたズッキーニをこうして食べたい一心でした
汗びっしょりだけど、
おいしかったです
神さま、畑のお野菜をありがとう
畑で働く喜びもありがとう
さて、汗を拭いて、おかわりしたいと思います
今夜も良い夜をおすごしください
また、書きます
朝の平和のお供をご紹介
聖書を開くまでの朝の支度、
コヒーを作ったり、人によって色々あると思うけど、
その時に聞く音楽、最近はもっぱらこちら↓
そして聖書を開いたら、歌詞のないこちらに↓
この5年以上ずっとお世話になっています
共にコマーシャルが入ってきません
安心して朝の平和を楽しめます
Saturday, July 25, 2026
畑との距離
毎日通って汗水垂らしたい欲求を静かに抑え、
一日おき、いえ、願わくは2日おきを目指している畑通い
畑との距離はクルマで20分ほど
畑は職場にあるので、夏休みだし気持的には
もっと距離を置きたいところですが
私の通勤ルートは森を抜けるため、
うっかり気を許すとドライブ気分でふらりふらふらこれてしまうのです
Friday, July 24, 2026
奥まった場所
子どもの頃は嫌いだった靴洗いが今では気持ちを集中して考えたい時の聖なるアクティビティ。
そして白い靴を白い状態で履けることのなんと、贅沢で幸せなこと・・・。
それは余裕。
それはゆとり。
それは、自分や自分の持ち物を大切にしていることの確認。
がんばって生きていると、靴は又必ず汚れます。
でも、大丈夫。
私には休みがある。
お休みの日に又、じゃぶじゃぶごしごし洗えば良い。
庭の奥まった所でそんなことを考えながらお昼ごはんを食べました。
ここ数日、気温はとっても高いけど、ここに座っていると、もう一枚はおりたくなるほどです。
熱がさめてゆくのがわかります。
やさしい風の通り道、そして一日中、何かが日陰を作ってくれる素敵な場所。
そして、十分にさめた身体を再び温めるために、さて、もうひとがんばりしましょう、と庭仕事に戻る日々です。
Thursday, July 23, 2026
新しい冷蔵庫と小さなパラソル探し
夏休みに入って5日めの朝です。
「ああ、もう5日も経ってしまったのね、私、何をやったかしら・・・ちゃんとやるべきことを無駄なくやっているのかな」と自分をジャッジしたくなる気もちをぐっとこらえ、時間をかけても良いこと、のんびりしても良いことを自分に確認しながら毎日を過ごしています。
今朝は、昨日調べた新しい冷蔵庫のインフォメーションを家族に配信しました。たったそれだけの作業に不本意にもなんと2時間近くもかけてしまいました。
読み込んでいたら色々気づきがあり、変更したりして。
又、職場でのコミュニケーションツールとかEメールとかだと一瞬なのに、大体個人的なEメールを読み書きしようとしたらそこにサインインするところから始まって、え?パスワード?じゃテキストでいいや、え?家族はどこ?ぐずぐずまごまご・・・。
でも無事に送ることができました。
こんなのです。かわいいでしょ。欲しいな。
そこですごす時間がとても楽しいです。
頭上には蜂の巣がありうぉんうぉん羽ばたいているし、時々、死にそうな蜂がぽとっと落ちてくるし、気もちの良い風が吹くとと小さな木の葉がはらはらと舞い降りてきて、ごはんの上に落ちそうになるけど、でも、すごく落ち着く場所です。
庭の奥の奥の狭くて小さな場所です。
パラソルをさすスペースもないほどです。
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