私は身を横たえて、眠る。
私はまた目をさます。
主がささえてくださるから。
長くて幸せだった夏休みもおわり、新学期の初日の2週間も瞬く間に過ぎ去り、最初のお休み、2連休の初日です。
こうゆうご褒美が身に染みて嬉しく、又、次へとがんばる原動力となってゆきます。
夏休みの間に書いた記事の中で、最も大切な人間関係と役割を尊び重んじる、という新しい目標を掲げましたが、それは今も変わらず、がんばることができています。
ううん、「がんばっている」じゃなくて、「楽しく取り組めている」です。
実は長い間、私はそのように祈ってきました。
でも、その祈りはあまりも長く祈りすぎて、絵に描いたきれいな景色のような祈りのようになってしまい、いつしか、絶対に私にはできないとあきらめてしまっていました。
それが、この夏、5年ぶりに家ですごすことで、癒され、回復へと大きく向きを変えてもらえることができました。
祈ったこと、祈っていることも忘れ、無意識に受け入れてしまい自分の一部となって困ることにも慣れてしまっていた自分の性質がある日、主に触れられ、癒され、変えられてゆくという証をにわかに「人ごと」もしくは「誰かの素晴らしい信仰の結果」とか思っていたにも関わらず、です。
朝の時間を前以上に大切にして、今は遅くても5時半には職員室を後にしています。
家の中にひとりになれる居場所や時間を見つけるための努力をしなくて良くなるということは、家が広くなるようなもの、自分の1日の時間が拡大するようなものです。
そして、職場で、少々の事があっても大丈夫になっている自分にも気づきました。相変わらず、慌てたり、落ち込んだりはするけれど、そこに心が張り付いてしまうことがないのです。
職場で起きたネガティブな出来事や愚痴や職場の人の悪口を夫に言うことは決してありません。
それは今も同じです。
でも、家に一歩足をふみ入れた瞬間、それが大したことではないと思えるようになってきました。
さて、この連休、初日の今日は、最近良く聞く、「名書のサマリーの読み聞かせ」みたいなビデオを聴きながら家事と庭仕事をして、午後、また明日は、読書と新しい3Dパズル、Book Shopを少し作り進めるつもりです。