Sunday, April 30, 2017

リ・フレッシュ

★とってもリフレッシュしました。
霊と魂と身体がみっつそろって満ちたり、喜んでいるようです。

実は、今日も、朝からYに行って1000メートル泳ぎました。
えりさんに、「疲れない?」って聞かれたけど、激しい運動って、その後のある一定の時間、身体を興奮状態に引き上げるみたいで、朝の運動は、私にとってなかなか悪くないみたい。
人にもよると思うけど、私の場合、夕方以降は、ギンギンに冴えて眠れなくなる可能性があって、注意が必要なのです。
少しづつ、自分の身体を知りつつある今日この頃。
★大きな教会には大きな教会の役割があって、それを果たそうと、懸命です。
お金持ちエリアの余裕のある大きな教会が、天に捧げられた献金の使い道に困っていると思ったら大間違い。
あり余るタレントをもてあましているはずもなく、タレントを受け入れるお皿はたくさんです。
見事なまでに細かく分類された、小皿のすべてにイエスのくびきがもれなくある。
天の国へのありとあらゆる入り口を工夫する教会への天の門は、針の穴は針の穴でも、ジャンアントな針のジャイアントな穴、それを知ることができてとてもうれしい。
★賢人は、今日、ミッショントリップのチームでカレーを作って売りました。(作るチームには賢人はいなかったようだけど)
本日の売り上げは600ドルだそう。
これは、カレーの売り上げとしては大変な金額です。
(私は、はなとクラムチャウダーを売ったことがあるから、知っているけど、あの日、私たちの売り上げは大なべに2杯で110ドルだった)
がんばってほしい。
ひとつひとつのステップを祈りながら、見守る私です。

たましいの安らぎ

わたしから学びなさい。
そうすればたましいに安らぎがきます。
わたしのくびきは負いやすく、
わたしの荷は軽いからです。
マタイ 11:30
★聖なる主の日、どのような安息の一日でしたか。
私は、文字通りの安らかに主の前に憩うことができました。
こんな気もちはとても久しぶりです。
たまには、こんな風に、大きな教会に集う自分の役割を真剣に考えることのできる礼拝もいいなっと思いました。
奏楽の奉仕のない日は、時々、こうしてメイン・キャンパスの大きな礼拝に出るチャレンジを、小さく神さまと約束してみました。
チャレンジするから、祝福してくださいって。
★礼拝の後、えりさんと久しぶりに一緒にお昼ご飯を食べに外に出ました。
日曜日の午後にふさわしい海辺のカフェで、お互いの近況を報告しあいました。
神さまが彼女に与えた新しい地、テキサスに旅行する自分を想像してみています。
もちろんはなと一緒って思うけど、うまくいきません。
彼女は中学生になるし、もしかしたら、もう無理なのかもしれません。
ひとり旅かしら。
ひとりに慣れる練習だわね。

夫のための30の祈り #30 将来

わたしはあなたがたのために立てている計画を
よく知っているからだ
―主の御告げ
それはわざわいではなくて、
平安を与える計画であり
あなたがたの将来に希望を与えるためのものだ。
エレミア 29:11
完全に良きもの、良きご計画で、すべてのすべてを支配しておられる、天の神さま、どうぞ、夫に、彼の人生におけるあなた御自身のビジョンをお見せください。
あなたが用意しておられるものに勝るものは、この世界をどこまで探してもないことを、彼の魂が知ることができますように。
失望と共に希望を、終りと共にはじまりを与えることのできる唯一の存在であるあなたが、彼の心の全てをもって、この真理を受け取れるように助けてください。
先に起こるかもしれない恐れや疑いの全てをぬぐい去り、あなたを信じることができますように。
主よ、あなたが彼をどのような目的でお造りになったのか、彼に熱くお語りください。
その使命に目覚め、あなたのくださるゴール目指して、彼が人生の方向を変えることができますように。
主よ、どうか、彼の好きなこと、上手なこと、熱心にうちこめることの業をますます、祝福し、それをあなたの大きな希望であふれんばかりに満たしてください。
そして、彼をあなたの家にしっかりと、植え、年老いてもなお、豊かに実りを実らせ、青々と生い茂る者としてください、
キリストのお名前によって祈ります。
アーメン

ヨハネの福音書 1章

初めに、ことばがあった。
ことばは神とともにあった。
ことばは神であった。
ヨハネ 1:1
14節に「ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。」ともあります。
このみことばを、どう受けとめるでしょうか。
私は、最近、ようやく、少しだけ、わかるような気がしてきています。
昨年まで務めていた幼稚園は五感の刺激にたくさんの工夫を凝らしていました。
どんな活動の中にも、これは、五感の内、どこにヒットさせるべきかと考えて保育を組み立てるように訓練されました。
私は、音楽の世界からやってきたので、いつも耳の感覚を意識していたけれど、最後は皮膚の感覚にとても子どもの発達との関わりを知ることができました。
子どものことばの発達と心や脳の発達はとても密接に関わっているけど、こどばはほとんど体験の中で五感から受ける刺激から発達することがわかりました。
単純に耳で聞いて覚えたことばと、体験の中から五感を通して受け取ったことばは、使われ方が全く違います。
そのことばは、その子自身になって、どんどん応用され、他のことばと組み合わされ、新しい感情や新しい体験に向かってさらに、広がっていく様子を観察することができました。
神はご自身がそうであったように、子どもたちをそのようにお造りになったのだと思います。

Saturday, April 29, 2017

ひとりに慣れる練習

★日頃の行いが悪いなので、休日はかなりいつもひとりぼっちな私。
最近20年前の英語の文法の本を持ち歩いている
これも私の最近のひとり遊びのひとつ
今は、まだ11歳のはな付き合ってくれているけれど、これもまあ、時間の問題ね。
賢人よりも遅いのが幸いだけど、でも秒読みが始まっている気がします。
どきどきしながらも、神さまの憐れみによって、ひとりで遊ぶことがどんどん上手になってゆく私でもあります。
★The Gamble House をじっくり見せてもらって思ったこと。
日本家屋のユニークさに魅了され、がんばって模倣した家と、本当にその良さを知って、だから真似できなかった人の家の違いは、恋と愛、恋愛と結婚のよう。
恒例の家を出る前の記念撮影
あと何回こうしてお出かけできるかな
がんばった家はどんどんオリジナルから離れ、がんばらなかった家はどんどん憧れに似る。
★今日は、本当は、Gamble House のパサデナから、LAダウンタウンに寄って、リトル・トーキョーでお昼ごはんを食べて、日本語の本屋さんで、それぞれ1冊づつ楽しく選んだ本を買うつもりでいたのに、ツアーが素晴らしく丁寧かつ、見所も感じ所も思いの他満載だったので、それはかなわず、結局今日も二食です。
ログをつけはじめて思うのだけど、カロリー高くて量も結構一杯だけど、私、食べる回数、っていうか、座って落ち着く時間が、もしかしたらちょっと足りないのかもしれない。
ほとんど友だちいなくて、いつも一人なのだけど、原因、そこにあったりしね。
★でも問題は、私は、そんな自分が結構好きってこと。
「そんな自分が結構好き」と書いて、「開き直り」と読みます。

The Gamble House

The Gamble House のツアーに参加していきました
西から見た日本家屋の何が特別で、
何に目がとめられ、
何に憧れを抱いているのかが、
すこ~しだけ、わかった気のする家でした

私のリフレッシュ法

はなの朝食をバスケットに放り込んで
青空の下に飛び出しました




自然の中でぼんやりすることも大すきだけど、
自然の中でがむしゃらに遊ぶのも大すき
それが私のリフレッシュ法

お外でブレックファースト

今日のはなの朝ごはんは特別に
ピクニック・朝めし
献立は夕べの残りのサラダと
玉子サンドとバジルとチーズのサンド
バジルとチーズは、
夕べ夫がおつまみに作ってくれたのを
クロワッサンにはさんでみた

夫のための30の祈り #29 信仰

私はキリストとともに十字架につけられました。
もはや、私が生きているのではなく、
キリストが私のうちに生きておられるのです。
いま私が、この世に生きているのは、
私を愛し私のためにご自身をお捨てになった
御子を信じる信仰によるのです。
ガラテヤ 2:20
恵み深い天の父なる神さま、まず、私に信仰をくださったことをありがとうございます。
まず、私にあなたのお約束やあなたの道を見せてくださったことを感謝します。
私に、あなたの御臨在をありがとうございます。
あなたは、彼にあなたご自身を与えるために、私たちをセットにしてくださいました。
私は、それを知るために、何年もの間周り道をし、時に挫折し、時にあきらめ、時に反対のことを願い、行ってきたことを告白します。
本当にごめんなさい。
神さま。
どうか、彼の魂にふれることのできるように私を変えてください。
信仰は人の拙い宣教によってではなく、あなたからいただく贈物です。
でも、どうか、せめて、贈物を先に受け取った者にふさわしく、証できるように、どうか私を変えてください。
あなたのひとり子、私のとりなしの神、キリストの御名によって祈ります。
アーメン

ルカの福音書 22章

イエスは彼らに、
「誘惑に陥らないように祈っていなさい」
と言われた。
イエス・キリストが地上での生涯の中で言われた、数々の教えの中で、最もシンプルな教えでした。
「誘惑に陥らないように祈っていなさい」
私にとって、これ以上に忘れがちな教えは他になく、でも、これ以上に即・働いてもらえる祈りも他にありません。
祈りはじめたその瞬間から、勝ちに向かって、心が守られていきます。
例えば、何かの葛藤を抱えたまま、祈りながら、1000メートルを目指して泳ぎ始めたとして、葛藤がなくなっているのは、ほんの300メートルとかそこら、いえ、もっと短いかもしれません。
問題は、この教えを忘れるというところにあると思う。
誘惑に囲まれた時、その誘惑が「心配をしなさい」という誘惑だったとして、誘惑が始まって、心配が起きるまで、1秒もかからないというのが現実です。
その1秒で祈り始めることができなくとも、心配は最初から大きな津波のようではないので、さざ波程度の頃に、この教えを思い出せばまだよし。
でも「心配しなさい」という誘惑に身を委ねて、20年ぐらい(例えばね)経った人に会うと、私の人生、つまり私の活動や心の時間配分にまで心配が及び、もう大変です。
「誘惑に陥らないように祈っていなさい」は、主の祈りの中にも折りこまれているけれど、これを、毎朝、祈っているからって、全然足りないことも、また然り。
誘惑がない時に祈ってそれが働かれるのは、土俵にひとりのお相撲さんしかいなくて負けなかったのと同じでしょ、勝ってもいないし。
よし。「誘惑に陥らないように祈っていなさい」は、誘惑を誘惑と認めることからはじめよう。
はっ!と。大きな汗マークのちびまるこちゃんのように。
これは誰の声か!って。
天の声か、地の声か、自分の声か、人の声か。
天以外は、全部誘惑ってことにしてもいいのだろうか。
そこが難しいところです。

Friday, April 28, 2017

怠惰怠惰な金曜日

★今日は予定通り、掃除機をかけて、家具をいくつか磨いて、それから、完全な休日を満喫しました。
まずは、Yで1000メートル。
基本的に朝食抜きの一日2食なとこに向けて、わりと早起きだから、午前10時とかに泳ぐと、ちょっとふらっときます。
今日はサウナも15分でギブ・アップ。
シャワーも、シャンプーやめとこうかと思ったぐらい。(がんばったけど)
★水泳を始めて、身体の芯にず~と長い間感じでいた冷えがとれたようで、髪の毛をよくまとめています。(髪を束ねられないばかりか、半そでさえ、着れなかった)
それで、ふっと思って、ピアスをつけようとしたらなかなかうまくいかず、あれ、どこだけ、えっとえっと・・・ぐさ。
なんか、今、穴開いたみたいな音、した気がするって、あわてて鏡をみたけど、普通です。
別に血が出ているわけでもなし、それほど痛かったわけでもなし。
でも、確かに、穴が小さくなって、表面が治癒(?)していた音だった。
すごいね、人間の身体って、耳たぶに穴のない状態で生まれた人は、耳たぶの穴、直っちゃうんだね、たったの、えっと8ヶ月で。
★心が憧れていたカレーも食べられて、大満足です。
残りの4分の3はこれからチーズをかけて、オーブンで焼いてみます。
それと、バーベキュー・チキンと、ケールのサラダが今夜の献立。
共にマーケットの出来合い。
怠惰怠惰な金曜日です。

よしよし・人形

一緒にカレーを食べようとしていて、
すれ違っちゃたゆりかさんが
おもしろいものを持って訪ねてきてくれました
 これじゃなくてね、
これは例のアート・バイブルを開いて飾ってみているの
 今日は「マタイの召命」という絵
そうじゃなくてこれ↓
 茶色のギンガム・チェックが私のイメージだったそう
この首に結ばれたミッション(召命)が
マタイの後ろで偶然すぎて笑える
大切にしよう
かわいいかわいい
よしよし

ファーマーズ・カレー

ゆりかさんとはんぶんこで食べようと思って、
買って持って行こうとしたら、
入れ違いになっちゃった
仕方ないので、おうちでひとりで食べました
これ、その4分の1ほど
だから、誰かと一緒に食べることをおすすめします
でも、さらっとしたカレーを
白いごはんにかけて箱につめちゃうから、
一緒にすぐ食べてくれる人を横において買うこともおすすめしとく

休日の朝に

★金曜日です。
でも、昨日は仕事の後、自分のためのお買い物に行ったり、はながあいりちゃんとのプレイデートがあったりで十分にできなかったから、まずは昨日やりそこなったお掃除からはじめなくては。
あまりの小さなお部屋にびっくりしていた
でも、すごく居心地よさそうでしょ
とはいえ、時間はたっぷりあるので、Yで泳いで、それからファーマーズ・マーケットにも行くつもり。
幼稚園を辞めて以来、金曜日は私の完全な休日なのです。
★今日のお昼はカレーと決めている。
ファーマーズのカレー。
ハワイアンということだけど、すごく辛くて、でも甘い野菜がほとんど生でゴロゴロと入っているカレー。
この前、はなが金曜日に学校がお休みだった時に一緒に行って、買って、ガーデン・チャーチと呼んでいる畑に持って行って少しだけ食べて、でも、あまりにも辛かったから持って帰って、賢人に食べてもらったのだけど、以来ずっと未練がたらたらとある私。
もう一度、挑戦したいのです。
★ゆっくりのんびり1000メートル泳ぐことにどれぐらいのカロリーが消費されているのは、よくわからないけど、泳ぐって、人にとって、おばさんにとって、とっても自然で安全で気もちの良い運動です。
1000メートルの後にジャグジで、足の裏や腰や首にジェットをあてていると、泳ぐ以上にくたっと疲れます。
でも、なぜかその後サウナで、また、しゃきっとするの。
むんむんのスチームの中でいろんなことを考えます。
★泳ぐことは、完全な運動だから、ハイキングのように精神の疲れは癒せません。
それで、火曜日と木曜日は、ジョエルを連れて、歩くのはどうかなって考えている。
ログをつけはじめて、明日でやっと1週間だけど、でも、いろいろなことが見えてきます。

ルカの福音書 22章

さて、十二弟子のひとりで、
イスカリオテと呼ばれるユダに、サタンがはいった。
ユダは出かけて行って、
祭司長たちや宮の守隊長たちと、
どのようにしてイエスを彼らに引き渡そうかと相談した。
ルカ 22:3,4
何気なく何度も読むフレーズだけど、よく考えたらとても恐ろしいことです。
人事じゃない。
今朝は、そのほんの少し前の、21章の36節、「しかし、あなたがたは、やがて起ころうとしているこれらすべてのことからのがれ、人の子の前に立つことができるように、いつも油断せずに祈っていなさい。」という、このことばは、もしかしたら、ユダに向けたメッセージだったのかなっと、思いながら読みました。
サタンは、「神になりたかった霊」だから、「神になりたかった」ということは、神にできて、サタンにできないことがある、ということ。
まあ、当然なのだけど、でも、よ~く考えたら、サタンはどこにでも自由に出入りできるわけじゃなかった。
でもユダには入れた。
これは、私にとって大きな発見です。
お気の毒なユダ、かわいそうな私、じゃない。
イエスは、だから、「いつも油断せずに祈っていなさい」と言ったのでないかな。

Thursday, April 27, 2017

普通の木曜日

★違う中学校に進むことになっているあいりちゃんと、時間を惜しむように遊んでいます。
あいりちゃんは、賢人が卒業した大きな大きな学校へ、はなは近くの小さな学校へ。
賢人がインターネットでの申請してくれました。
はなは「どっちでもいいけど、その制服はちょっといやかも」と言い、私が、「制服は絶対にきちんと着てね」と言ったら、賢人は「じゃ、Dadson は、やめたほうがいいね」と言いいながら、ぴっとあっけなく決めてしまいました。
父親の意見は何もきかれず・・・。
あいりちゃんのところは、パパが決めたそうです。
★ダイエット・ログをつけはじめて、今日初めておやつを食べました。
子どもたちと一緒にマンゴーヨーグルトにフルーツをのせて。
ログをつけはじめて、いろいろ気づいたことがあります。
幼稚園ではよくもらって食べていたけど、今は、おやつが必要ない。
お茶やコーヒーも、午後は飲みません。
午後はあんまり座らないから、そういう習慣にならないのね、きっと。
それにひきかえ、午前は、はなが学校に行くまで、ほとんどずっと座りっぱなしで、飲んでいる。
先ず、お水を500ミリ、コーヒーを2杯、その後、またお水、全部で1リットル、しかも何も食べずに、ひたすら、座って読んだり書いたり考えたりしながら、飲み続けている。
★ヨーロッパ旅行から帰ってきたコ・ワーカーのため息の出るような、うらやましいおみやげ話を聞きながら、教会でのチャイルド・ケアの仕事の英語や人間関係に随分と慣れてきた自分にはっとしました。
笑って、しゃべって、聞いて、そしてまた、笑って。
来年度は、もう少し、時間を増やしてもらうことにしています。
そして、午後のピアノ・レッスンをもう少し増やすつもりです。

本日のおやつ

公園の帰りにヨーグルト屋さんによりました
小さなカップはテイスティング用
 左あいりちゃん 右はな
下まき
 計りに乗せて清算します
これで12ドル
おいそそおおおおおおお 
いただきま~す
んんん~ん
うま~

公園通い

公園に通いはじめて、
どのくらいが経つたろう
おっと逆光
賢人が1歳の頃から、今日まで19年
公園も学校の送り迎えも、
知る限り周囲の誰よりも長い私
うん、いい感じ
そろそろ終ったかなっと思った頃、
何か重大なことを思い出したかのように、
「公園つれてって~」

夫のための祈り #26 解放

彼がわたしを愛しているから、
わたしは彼を助け出そう。
彼がわたしの名を知っているから、
わたしは彼を高く上げよう。
詩篇 91:16
捕らわれ人の解放者イエスさま、天の父へのとりなしの神イエスさま、夫があなたの名の特別な意味と愛とを受け取ることができますように。
夫の人生に、解放の御業を働かせてください。
どうぞ、私を、彼の門にしてください。
小さく、弱く、醜く、移り気な門を、どうか、イエスさま、あなたの大きさと、強さと、聖さと、不変さによって、どうか私という門を祝福してください。
誰もかれもでなくてもいい、ただ、夫が、私を通して、本物のイエスという門に近づくことができますように。
私には、彼の神が何なのかはわかりません。
でも、天におられる父よ、あながはご存じです。
どうか、それとの関係を、あなたが断ち切ってください。
そして、彼が罪人の私を赦し、私という小さな門に気づくことができますように。
とりなしの神のひとり子、イエス・キリストの御名によって祈ります。
アーメン

ルカの福音書 17章

神の国は、
人の目で認められるようにして
来るのではありません。
「そら、ここにある。」とか
「あそこにある。」
とか言えるようなものではありません。
いいですか。
神の国は、あなたのただ中にあるのです。
ルカ 17:21
くり返し読んだつもりの福音書にも、まだまだ知らなかった情報が盛りだくさんです。
「神の国はあなたのただ中にあるのです」
動く神の国と化した人、っていうのがいるものです。
マザー・テレサのように。
とんでもなく天国的すぎて、憧れることさえ恥ずかしい人。
でも、目指したい。
毎日、少しでもいいから近づきたい。
マザーは、どうやってひとりになっていたのだろう。
マザーは、どうやって祈ったり、神のことばを読む時間を得ていたのだろう。
私、最近、思うのです。
良い人と思われなくってもいい、神さまに喜ばれる人になりたい。
人とすごす時間と神とすごす時間とのバランスがとても大切。

Wednesday, April 26, 2017

プール通いとサテンのじゃらじゃらブラとモンペのお買い物のこと

★今日も無事、1000メートル泳ぐことができました。
いくら近いとはいえ、1週間に3回、歩いて行くから全部で2時間ぐらいを捻出するのは結構大変。
決めてはやっぱり起きる時間です。
朝、何時に起きられるかが、プールに行ける行けないかを決定。
ベストはやっぱり4時だけど、この頃春眠暁を覚えずな私は、かなり無理矢理、ドタバタしております。
★でも今日は、計画していたやりたかったことが全てできて、大満足。
水曜日の家事(お風呂とトイレのお掃除)と洗濯の他に、子どもたちの写真を飾り直して、それから、お庭にコンテナ用のベンチを作りました。
ピアノレッスンだけの日だけど、もっと、この日に生徒が増えてほしい。
そしたら、きっと朝の5時から開いているプールにデボーションがてら行くって方法を試せる。
それもまた冒険。
朝の5時のプールで祈りながら泳いで、それから、家に戻って聖書を開くって、どんなだろう。
まだまだ、人生は知らないことだらけ。
★はなの学年末の発表会の出し物は「アラジン」。
そして、はなはもちろん今年もダンスの人。
想像に難くなく、衣装は、サテンのじゃらじゃらブラとモンペ。
今日、ジニーちゃんのママが、「一緒に、選んでオーダーしましょうよ」と言いながら、はなを連れ去ってくれました。
今頃、3人で、楽しくインターネット・ショッピング。
ジニーちゃんもジニーちゃんのママも、大変な「安い道」の達人なので、私は、大喜びで、娘を託しました。
はなは、今朝、50ドルから30ドルぐらいのをいろいろ私に見せて、交渉していたけど、ジニーママは9,99のを買って、デコレーションしましょうと提案。
2人分なら素材も無駄にならずに買えるというアイディアです。
いいね、いいね。
私、「安い道」にはあまり通じていないけど、「自分でこさえる」は、かなり習い性だから。
伊達に10年も幼稚園で働いていたわけではないのよ。

幸せな食いしん坊ラザロのシンプル減量作戦

★洗濯機の音を聴きながら、今朝読んだルカの福音書の16章のことを考えていました。
私のアイデンティティがラザロっていうのは、ちょっと自分でも意外だな~と思って。
全身おできの貧乏人(聖書の表現)、ラザロ。
お金をたくさん持っていること、裕福な暮らしを楽しむこと、子どもたちにお金の心配をさせずに学校を選ばせてあげられること、家族揃っての日本旅行や海外旅行、豪華な外食、エトセトラ。
それが全く普通な生活の人々の教会に集う私のアイデンティティは、ずっとラザロです。
幸せなラザロ。
★幸せといえば!、さらに1パウンド減りました。
ぱちぱちぱち。
4月22日、先週の土曜日からログをつけはじめました。
体重と食べたものと、それから運動の量。
それでもやっと116パウンドです・・・。
太るのは楽チンだけど、痩せるのって大変(ってまだログはじめて4日めだけど)
幼稚園を辞める前は、長い間、どんなに増えても106パウンドだったので、一応、そこが目標。(昔のマキシマムが今の目標って涙でそ)
ふう~、10パウンドはビッグ・チャレンジです。
そもそも、秋ぐらいに体重計が壊れて、捨ててしまって、測れなくなっちゃっていたことに、問題が大きくなった理由があるので、毎朝、体重を記録して、毎晩、食べたものを記録して、そして週に3回泳ぐこと。
シンプルすぎかもしれないけど、でも、減るのがストップするまではそれでやってみます。
(ちなみに昨夜の晩ごはんはアジフライ。それでも、減ったから、やっぱ、泳ぐ方でがんばりたい・・・とことん食いしん坊なラザロです)

ルカの福音書 16章

イエスは彼らに言われた。
「あなたがたは、
人の前で自分を正しいとする者です。
しかし神は、
あなたがの心をご存じです。
人間の間であがめられる者は、
神の前で憎まれ、きらわれます。
ルカ 16:15
このみことばを読んで、「いぇい!」と思える人は幸せだと思う。
わたしは、人の前でも神さまの前でも、憎まれ、きらわれたら、最悪だなっと、ますます肩身狭い者です。
同じく16章の、25節と26節はもっと強烈です。
あの世で命乞いをする、毎日贅沢に遊び暮らしていたお金持ちに言う、アブラハムの言葉。
「子よ。思い出してみなさい。
おまえは生きている間、良い物を受け、ラザロは生きている間、悪い物を受けました。
しかし、今ここで彼は慰められ、おまえは苦しみもだえているのです。
そればかりでなく、私たちとおまえたちの間には、大きな淵があります。
ここからそちらへ渡ろうとしても、渡れないし、そこからこちらへ越えて来ることもできないのです。」
ラザロは全身おできの貧乏人です。(これ、聖書の表現)
ここは、ちょっとうれしい私。
アイデンティティは、かなりラザロだから。
そして、ラザロを天から生きている自分の身内に送り、この結末に注意せよと警告してくれと願う、お金持ちに、アブラハムの答えはこれです。
「彼らには、モーセと預言者があります。その言うべきことを聞くべきです。」と。
それでも、身内の悔い改めのために食い下がるお金持ちに、アブラハムはトドメの一言で16章は閉じられます。
「もしモーセと預言者との教えに耳を傾けないのなら、たとい、だれかが死人の中から生き返っても、彼らは聞き入れはしない。」

Tuesday, April 25, 2017

出来なかった事と出来た事

やりたかったことを、いくつも、ぽろぽろとこぼしなから、あっというまに一日が終わってしまいます。
今日は、はなを迎えに行った後、レッスンの仕事の前に少しピアノの練習をしようと思っていたのに、はなを車に乗せて帰る途中、ガソリンがなくなっていることに気づいて、入れに行ったりなんかしていたら、そんな時間もなくなってしまいました。
明日は、朝から賢人が車を使う日なので仕方ありません。
そしてレッスンの後は、はなとYに行こうと思っていたのだけど、ちょうと、夫が帰ってきたので、夕方の6時だったし、すれ違いに出かけるのは、あまりも感じが悪いかしらっと思って、やめました。
習い事ならともかく、ただの遊びに、夕方6時は、さすがにね・・・。
でも、できたことも、あります。
来年度のチャイルド・ケアの仕事の希望の時間帯を提出しました。
この一月、ずっと考えてながら抱えていた宿題だったので、すっきりです。
それからオーブン・トースターをピカピカに磨きました。
お餅を焼いたり、レフトオーバーのピッツアを温めたり、冷凍のワッフルを焼いたり、時々しか使わないから、そんなに汚れないと思って、放っといたら、ある日、大変なことになっているのが、我が家のオーブン・トースター。
炊飯器やコーヒー・メーカーと一緒に、今日はちょっとがんばりました。

ルカの福音書 12章

どんな貪欲にも注意して、
よく警戒しなさい。
なぜなら、
いくら豊かな人でも、
その人のいのちは財産にあるのではないからです。
ルカ 12:15
人は、命の安全が保障されるやいなや、直ぐに、本当にすぐに、もっと豊かに暮らしたいと願うもの。
風邪をひいている時は、とにかく立ち上がって動けさえすればって思うけど、立ち上がることができたら、行って働いてこようと思うし、人間関係が複雑にもつれた時にはただただ主のくださる平安を求めるのに、関係が修復された途端、相手に支配的な態度を取ってみたりする。
貪欲と人の欲望を切っても切れない関係なのだと思います。
自分のことを忘れて、天国を夢みることができたら幸せです。
10章の20節で、キリストの名、権威によって悪霊を追い出したお弟子たちに、いなずまのように天からサタンを落としたお弟子たちに、イエスさまは言いました。
「ただあなたがたの名が天に書きしるされていることを喜びなさい。」って。
上手にできた時、癒された時、仲直りできた時、それが、もしかしたら、最も貪欲を警戒すべき瞬間なのかもしれません。

Monday, April 24, 2017

凡人の減量法

★朝のバイブル・スタディーの後、月曜日の家事をすませて、プールに向かいました。
予定通り、1000メートル泳いで、ジャグジとサウナで身体を芯まで温め、シャワーをして帰ってきました。
今年の夏は、冷房の冷気を恐れず、半そででどこにでも行けそうな気がします。
首を出すのも怖くなくなり、この頃は髪の毛もよくまとめています。
ものすごいくるくる天然パーマだから、まとめるのが実は一番らくなスタイルなのです。
母がひとり旅した賢人に作ってくれたごはん
私、28歳まで毎日こんなご馳走を食べて暮らしてた
髪をまとめると、背が高くなった気になるし、一石二鳥。
うれしい~!
★痩せようと決心してちょうど1週間、やっと1パウンド減りました。
1週間で1パウンドでもいいから、地味に週3回、1回1000メートルを泳いで痩せられたらうれしい・・・。
食べ物の制限をせずにね。
ちなみに、今日はステーキです。
おいしいお肉の焼き方っていうのも、いろいろ調べました。
私は、眠ることの次ぎに食べることの大すきな、本当にこらえ性のない者、この世の生活もできるだけ楽しみたいまことの凡人なのです。

ルカの福音書9章

さて、天に上げられる日が近づいて来たころ、
イエスは、エルサレムに行こうとして
御顔をまっすぐ向けられ、
ご自分の前に使いを出された。
彼らは行って、
サマリア人の町に入り、
イエスのために準備した。
しかし、イエスは
御顔をエルサレムに向けて進んでおられたので、
サマリア人はイエスを受け入れなかった。
ルカ 9:52,53
御顔をエルサレムに向けたまま、入った次ぎの町では、弟子にしてほしいという人が現れます。
その違いは一体なんなのだろう。
私は、強くて大きい目的を持った人が大すきです。
友だちとしてとか、クリスチャンとして、という意味ではなく、従うべきボスとして。
そういう人の側にいると、なぜか、次々とやるべきことがわかります。
問題があっても、目的があるから、立ち止まって責任追及したり、分析的になることなく、どんどん解決してどんどん先に進むので、どんな失敗も許され、だから許せ、毎日が新しかった。チャレンジだった。怖いものが何もなかった。
あるのは、ものすごい達成感と連帯感。
最近、やっとあの頃が懐かしく思い出されるようになりました。

Sunday, April 23, 2017

今日のポイント

★今日のゲスト・スピーカーも強調していたけど、噂好き、という問題はとても大きいと思う。
印象に残っているのは、「世間を大切にするのは結構です。イエスもそうでした。でも、あなたはイエスじゃない。」ということば。
まさに、そこ、ポイント。
素晴らしくすぎる、単純明解な理由。
そう、私たちはイエスじゃない。
この世の人々のこの世の噂話は、死に至る病の病原菌のように忌み嫌って徹底的に避けても、なお、何かのはずみで、すっと耳に入ってきちゃうけど、そんな時、自分に言おう、「私には関係ない、私はイエスじゃないし」って。
★賢人のパスポートが無事に届きました。
はなのは、2週間後ぐらいで出来る予定です。
私のお兄ちゃんは病気だし、夫の母もかなりの高齢なので、いつ、何があっても、すぐに、旅立てるように、パスポートだけは、家族全員、いつも有効にしておこうと、夫が言うのです。
それには何の異議もないけれど、はなは、もう日本、日本、日本!ってすっかり行ける気になっていてどうしましょ。
私は、あの子を連れずに、単独で二度も日本に行ってしまったから、何も言えません。
ただ祈るほかなし・・・。
★来週は、月曜日、水曜日、金曜日の3回プールに行くのが目標。
そのためには、やっぱり、早起きを気持ちや意志じゃなくて、身体に覚えさせなければ。
生活を変えることなく、自分時間を確保するにはそれしかなし。
がんばります!