Saturday, April 1, 2017

小さな人の信仰について

昨日も、同じフレーズ書いた気がするけど、今日も本を読みながら、ベッドでうたた寝しちゃった。
「春眠暁をおぼえず」、って言うけど、私の場合「春の午睡文字をおぼえず」です。
でも、ちょっとはおぼえているのシェアします。
子どもの信仰とは、大人を通してその子どもの内に、目には見えなくても自分を愛し見守っていてくださる方への、愛情と信頼をもつことです。
子どもが大人と決定的に異なるのは、自分が愛する大人のへの愛と信頼が揺るがない点です。
意志でそうするのではなく、生まれながらに子どもの愛や信頼はそうなのです。
この子どもの愛や信頼は、太陽や犬や草花やあらゆる対象に広げられ子どもらしい信仰の世界をつくります。
大人は子どもがその感性で世界を知っていくのを助けることによって、子どもの信仰の育ちに関わっています。
この文章の意味するところは、つまり、子どもは最初から、信仰の素のようなものを持っているってこと。
大人は、それの向く先を一緒にみて、一緒に信じてあげることぐらいしかできず、そんなことが、本当は、とってもとっても大切ということ。
罪を自覚させようと一生懸命な子ども伝道者に会うと、必ず嫌な気持ちになるのだけど、それは、私も、この文章の人と同じことを考えていたからなのでした。