Sunday, August 2, 2020

古書ボックスからのメッセージ

ランチの後は、ベッドで本を読んですごしました。
90年代の日本のベストセラー、(ごめんね「ノルウェイの森」じゃなくて)「遠い太鼓」。
94年の渡米の時、日本から持ってきた唯一の本です。
今日、どうしても、この本を開きたくなって、ベッドの下の古書ボックスから取り出してきました。(古書ボックスの中身は、主に教科書とプレゼントされた本)
開いて気づいたこと。
頭の中の二匹のうるさい蜂の話からはじまるこの本の主人公と、今日の私、全く同じ状態、全く同じ気もちだった。
状況は全然違うにも関わらず・・・。
世界中で、神さま以外に、今日の私の気もちがわかる人がいるとするなら、この日、1986年10月4日、蜂のジョルジョとカルロに悩む村上春樹をおいて、他にいないと思う。
悩ましい、ジョルジョとカルロ。
でも、彼は、後に(2日後の日記で)、こう告白している。
「僕にはそういう物事に対して腹を立てる権利なんてないのだ。たぶん、ないと思う。僕に電話をかけているのは、僕自身でもあるのだ。ある意味では。」
心からアーメンと思って、もう一度、打ちのめされる私です。
ふらふら〜、ばたん。



今日のランチ〜タイ風カレー



Stay in attitude of faith

私たちは、
さらに確かな預言のみことばを持っています。
夜明けとなって、明けの明星があなたがたの心に上るまでは、
暗い所を照らすともしびとして、
それを目に留めているとよいのです。
2ペテロ 1:19
Stay in an attitude of faith.
Don't allow yourself to laps into negative thinking, complain, or blaming God.
Don't give up! 
Keep standing; keep believing; keep hoping in faith.
みことばを読んでいても、みこころについて考えていても、祈ってさえいても、この世界の誘惑はとても力づよく私を揺さぶります。
デボーションの真っ只中でさえ、まつわりつく私の仕事への思い。
仕事に関するテキスト・メッセージに返信しようか、返信して自分のことや状況などを説明しようか、強く迷ったけれど、やめました。
Stay in attitude of faith 。

Saturday, August 1, 2020

今日見た、かわいいもの




ぜ〜んぶ、紀伊國屋

行ってきました 紀伊國屋

洗濯と掃除をすませ、賢人に手伝ってもらいながらミートソースのスパゲティを作って食べて、はなといそいそとでかけてきました。
昨日、幼稚園で、「紀伊國屋で『ちか100かいだてのいえ』を買ったの」、とうれしそうに話す子がいて、開いているのを知らなかった私は、今日、足をもつれさせるかのごとく、あわてて行ってみたのです。
開いていた!
ひさしぶり、えっと、かれこれ4ヶ月ぶりぐらいに、新品日本語印刷物の匂いをかいできました。
しあわせ・・・。
何も買わなかったけれど、私にとって、本屋さんとは、手にとって、めくって、閉じて、それだけで楽しい場所なのです。
★はなも大すきだった、「ちか100かいだてのいえ」。
何度もくりかえし読みました。



今日のランチ〜またまたスパゲッティ・ミートソース

(この頃、毎週作っている気がする)
スパゲティ・ミートソース

希望の盃と御霊のコップ

いのちを愛し、
幸いな日々を過ごしたいと思う者は、
舌を押さえて悪を言わず、
唇を閉ざして偽りを語らず、
悪から遠ざかって善を行い、
平和を求めてこれを追い求めよ。
主の目は義人の上に注がれ、
主の耳は彼らの祈りに傾けられる。
1ペテロ 3:10~12
Every morning when you get up,
refuse to dwell on what you did wrong the day before.
Refuse to dwell on yesterday's disappointments.
Get up each day knowing that God is a loving and forgiving God,
and He has great things in store for you.
Joel Osteen
みことばを聴きたくて、神さまに会いたくて、目が覚めました。
ただただ幼稚園と家との往復のシンプルな日々、一人になることがなくなりました。
この「疫病大流行」の前は、毎朝、プールで泳いでいました。
夕方おそくまで、はなのバレエレッスンを待ちながら、コーヒーショップのテーブルで本を読んだりもしていました。
でも、今では、この、家族が起きる前の朝のひと時だけが、私のひとり時間です。
そして、それは日に日に祝福されています。
とても深く、とても親密に。
めいわくそうなじぇいの目
昨日は、本当に心身ともに疲れ果て、祈ることすらできずに、ベッドに入り、やがて、泥のような眠りに落ちていました。
でも、今朝、あまりの渇きに目が覚め、「神さま、おはよう。今、聖書を開きます。少しだけ、待っていてね。」と起き上がることができました。
これを、希望というのだと思いました。
希望という盃とみたまという霊で満ちた大きなコップにいっぱいの愛をいただき、再び元気いっぱいな私、さて、週末です。
共にリフレッシュしましょう。