Saturday, October 2, 2021

モノズキ親子


10月というのに、暑い1日でした。
色々、考えて、今月からはなのバレエレッスンを週3日、4つのレッスンと1つのリハーサルに減らしました。
走るのが楽しくて、学校ですごす時間をのばしたいのが、その理由です。
綱渡りのようなスケジュールだったから、決めた本人が一番ほっとしています。
バレエは私の夢でもあったから、私は、はなさえ、がんばってくれるなら、経済的にも時間的にもつきあう覚悟でいたけど、でも、それで良しとしました。
水曜日の夜、教会での聖書の学びは、どうやら、とても楽しいらしく、今週は、「ちょっと遅めに迎えに来て」なんて言っていたから、それでいいや。
何はなくとも、ここにさえしっかりと繋がってくれるなら、後は、様子を見ながら、判断してゆこう。
走るための集会(?レースなのに、はなは楽しい集まりみたいに言っている)にも、教会の友だちに会えるのがうれしいようです。
走ることが今、一番楽しくて、そして、なぜかリラックスできるみたい。
レースなんて、私は、すごく苦手で、プレッシャーだけど、でも、はなは、順位なんて、何も気にせず、ただ、自分の記録を縮めて喜んでいます。
おもしろい子。
そう言ったら、「ママだって、誰にも何にも言われないし、良いグレードもらえるわけじゃないのに毎日泳いでピアノ弾いてるでしょ」って言われた。
そっか。
あなたのおもしろいのはママゆずりか。
あはは。こりゃ、失礼。
モノズキ親子ね。

洗濯おねえさん

洗濯おばさん、あ、じゃなくておねえさん

 

祝福を選ぶ祈り

もし、あなたがわたしのおきてに従って歩み、
わたしの命令を守り、それらを行うなら、
わたしはその季節にしたがってあなたがたに雨を与え、
地は産物を出し、畑の木々はその実を結び、
あなたの麦打ちは、ぶどうの取り入れ時まで続き、
ぶどうの取り入れ時は、種蒔きの時まで続く。
あなたがたは満ち足りるまでパンを食べ、
安らかにあなたがたの地に住む。
わたしはまたその地に平和を与える。
レビ記 25:18,19

このあふれんばかりの祝福を前に、神さまに従わないこと、反抗することを選ぼうなどとはつゆにも思わないと信じているけれど、問題は、聖書を閉じ、平和な賛美曲を消し、コーヒーカップを洗って、この世界に戻った後にも、そう信じ続けることの難しさ。
16節「心をすり減らせる」とか17節の「だれも追いかけて来ないのに、あなたは逃げる」とか26節の「あなたがたは食べても、満ち足りなない」になって、やっと自分の反抗に気づくという愚かを繰り返すことがありませんように。
今日も、あなたの祝福を選び続けることができますように。
朝も、昼も、夜も。
ひとりの時も、誰かと一緒の時も。
かんたんな時も、難しい時も。
いつも、いつも。
アーメン

Friday, October 1, 2021

ファーマースマーケットのマカロン

「お昼ごはんを買ってくるね〜」とはりきってでかけたけど、
あるのはポップコーンと、サルサソースと、クッキー、エトセトラ

それで、はなの大すきなマカロンを買って帰りました
ひとつ、2.50、でも3つなら6ドル
で、3つ買って、ひとつ、歩きながら食べました
ブルーベリーチーズケーキ

 

目指せ、ファーマーズ・マーケット

久しぶりのファーマーズ・マーケット
昔はこの畑の前にもテントが立っていたのに、
今では、シティ・ホールの前にちょんもり、ちんまり

みっしりと種をつけたひまわりのお母さんにあいさつをし、
私はてくてく、港近くのシティ・ホールに向かって歩き続けます

 

普通の日・幸せな日


平和で優しかった1日が、今、静かに暮れようとしています。
とっても良い日でした。
はなのお弁当を作って、プールで泳ぎ、学校に送ったら、ひとりで静かに聖書を読んで、それから家事、夫と賢人と3人でランチ、ピアノの練習、母との連絡、そして、晩ごはん作り・・・。
毎日おんなじみたいだけど、毎日違って、毎日いろんなことがあって、毎日楽しい。
今日は、ひさしぶりにサンペドロのファーマーズ・マーケットに行ってみました。
前に行ったのは、前の前の幼稚園を辞めた後の一年の間。
その頃に比べるとずいぶんと縮小され、寂しくなっていたけれど、でも、それとはうらはらに、テントじゃない、地元のお店が活気づいていて、あちこち覗いて、欲しいものとかも見つけてしまい、楽しかったです。
今週は、週の始めから、あまり、ピアノの前に座りたい気分ではなかったのだけれど、そうも言っていられぬ金曜日、今日は少しだけがんばりました。
ぐぐっと集中できたから、拍子抜けするほど楽しかった。
ああでもない、こうでもない、とだらだら弾き続けてしまった先週の苦しさが嘘のよう。
弾くたびに、もっと良いピアノが欲しいと思う。
良いと言っても、KAWAIのアップライトで良いのだけどさ。

実を結ぶということの報い

あなたがたは、わたしのおきてを行い、
わたしの定めを守らなければならない。
それを行いなさい。
安らかにその地に住みなさい。
その地が実をむすぶなら、
あなたは満ち足りるまで食べ、
安らかにそこに住むことができる。
レビ記 25:18,19

「その地が実を結ぶなら、あなたは満ちたりまで食べ、安らかにそこに住むことができる。」
このことばの意味が、今ならよくわかります。
それは半年前、一年前の私にはわからなかったこと。
怖くて、不安で、避けたいと願っていたこと。父の死。愛する親の最後の時。
私という地に種が蒔かれ、初穂として祝福を受け、父と母という実を結びました。
父は、最後の最後まで、そのことを感謝し続けてくれました。
声に出して、言葉にして、神さまに、私への感謝の祈りをささげてくれました。
だから、父を失った今、私に残されたのは想像もしなかった大きな平安です。
平和な安心です。
母のことも、必ず、乗り越えられる。
今は、そう思うのです。