Saturday, July 22, 2017

決断する愛 第14日 愛は喜びを抱く

さあ、喜んであなたのパンを食べ、
愉快になあたのぶどう酒を飲め。
神はすでにあなたの行いを喜んでおられる。
いつもあなたは白い着物を着、
頭には油を絶やしてはならない。
日の下であなたに与えられたむなしい一生の間に、
あなたの愛する妻と生活を楽しむがよい。
それが、生きている間に、
日の下であなたがする労苦によるあなたの受ける分である。
伝道者の書 9:7~9
この決断する愛の旅の途上で学ぶべき、最も大切なことのひとつは、自分の感情には従うべきではないということです。
結婚生活におても、いつも愛情を感じられるわけではありません。
伴侶との人生を楽しみましょう。
妻の手を取って、親しい関係を求めましょう。
夫との会話を心から望みましょう。
何を宝とし、大切にするのかを決めるのは、あなた次第なのです。
生涯をかけた愛を誓った相手のどのようなところを愛しているのか学び直す責任は、あなた自身にあります。
「決断する愛」より
はなとの日本旅行から帰ってきた夫は、この頃、一日の仕事を終えて帰ってきた私に、ビール片手に、いろいろ話しをするようになりました。
おもに、はなのことです。
はなの悪い態度や苦手なこと、だらしなさや怠けぐせについて。
私は、そんなの今にはじまったことじゃないけど、って思いながら、「そうなのよね~」と聞きます。
そのうち話は、「でも彼女は、とても明るくて、前向きで、友だち思いで、周囲の人に気をつかえるいい子なんだよね~」と落ち着きます。
そこまで聞くと、今日の晩ごはんの話になります。
だいたい、パターンになってきました。(お母さんがお父さんに愚痴を聞いてもらって、すっきりして、ごはんの心配をはじめるというパターンにちょっと似てる)
そして、私の顔色を見て、「シゴトだいじょうぶ?」と聞くのです。
私が、帰ってくるなり、コンピューターに向かいっぱなしで、イライラと作業しているので、幼稚園からややこしいことをさせられていて、プレッシャーで一杯なのでは?と心配してくれているのだと思うけど、「これ、幼稚園じゃなくて、教会の仕事なのよね」と言うと、なぜかすごく安心して、ビールを持って、キッチンに戻って行きます。
そこ、安心するとこ、ちがうけど、って心で突っ込む私。
まあ、彼としては、「日曜日までには解決するでしょう」とリミットを感じての安心なのだと思うけど。
まあ、そんなこの頃の私たちです。

Friday, July 21, 2017

あん・はっぴー・ふらいでー

あん・はっぴー・ふらいでーでございます。
最初から、最後まで、ずっと教会での奉仕の内容と確認に、翻弄、奔走してしまった1週間でした。
ふう~、疲れた。
もう、これ、ほんっとに、二度とやりたくない。二度と。
ゲストの賛美奉仕者の日英ミックスな歌詞のスライド作り。
しかも、日本語の難しいところを適当に抜いて英語にするというちゃんぽんぶり。
自分で作っておきながら、もう、見たくも歌いたくもありません。
どうして、こういうことになったのか、自分でもよくわからないところがさらに情けなくて虚しい。
仕事は、いつも、前向きに「はい、やります」が信条な私だけど、これは、そう答えた時には想定していなかった内容。
しかも、金曜日の夕方の今になってさえ、終わっていないという悲しさです。
ううう。

決断する愛 第13日 愛は正々堂々と戦う

柔らかな答えは憤りを静める。
しかし激しいことばは怒りをひき起こす。
箴言 15:1
好むと好まざるとにかかわらず、結婚生活の中で衝突は避けられません。
衝突はありますが、どのように衝突を切り抜けて健全な方向に向かわせるか、その対処法を得ることができます。
最も賢明な方法は、健全な話し合いのルールを決めて、それにそって正々堂々と議論を戦わすことです。
正々堂々と戦うという意味は、つまり持っている武器を取り替えるということです。
言うなれば、品格ある議論です。
「決断する愛」より
結婚生活の中で、最も難しい部分といえるかもしれません。
ショパンやベートーベンのピアノ曲の最も盛り上がるところのようなイメージです。
難しいけど、練習して、克服したら、全体が仕上がるという、要のパート。
この頃の夫と私は、お互いに相手の、最も大切にしていることや、言われたくないこと、どんなにに話ても決して分かり合えないところが、すこ~しづつ見えてきている感じなので、あまり戦いには至っておりませんが。


Thursday, July 20, 2017

やれやれ

★泥のように疲れているけど、ちょっとだけ、書いておこう。
例の Y の悦脱おじさんは、今朝は現れませんでした。
まるでスイムレッスンの時みたいにオレンジのコーンを立てて、シェアさせないようにされちゃったんだもん。
さすがの彼も、気づいたのね。
★家に帰ってから、ず~と、今週、礼拝で歌う賛美の歌詞のスライド作りをしていました。
英語です。
バース、コーラス、バース、コーラス、間奏入れて、もいっかい、次はちょっと言葉をかえて、なんていう指示に、必死になって従っているうちに、だんだんわけわかんないぐるぐるの中の迷いこみ、泣く寸前で実際に演奏する人を電話でつかまえて、確認することができました。
なんとか、眠れそうです。
時計を見たら、4時間ぐらいやっていたようです。
昨日と合わせて8時間。
もう、こういう仕事、二度としたくない。
英語だから、やっててもちっとも楽しくなくて、ストレスがたまりまくり、時々、外に出て、大声で叫びたくなっちゃった。
作っても作っても直しが入り、歌わない私は、このままの表示で、「もう一度」って声かけるだけで、いんじゃないの?って思いながら、5回も表示したり、やけくそになって調子に乗って表示しすぎて、削ったり。
やれやれ。
おやすみなさい。
明日は、もっと楽チンだといいな。
起きれるかな、4時。
がんばろ・・・



ミッション・トリップ 2017

今日の超早朝っていうか、
昨日の夜中、
日本に向けてミッショントリップに飛び立った賢人
無事、着いたようです
長野県茅野市茅野キリスト教会
送ってきたのこの2枚だけ・・・
なんていうか、サービス精神にかけるひとね

決断する愛 第12日 愛は勝利を譲るもの

何事でも自己中心や虚栄心からすることなく、
へりくだって、互いに人を自分よりもすぐれた者と思いなさい。
自分のことだけではなく、他の人のことも顧みなさい。
ピリピ 2:3
賢く、愛のある行動とは、必ずしも自分のやり方に固執しないという意志をもって、相手との不一致に取り組んでいくということです。
それは、相手は必ず正しいとか、相手のほうが問題に賢く対処しているという意味ではありません。
そうではなくて、相手の選択を十分考慮したうえで決断することで、伴侶を尊重しているのです。
自分の権利を放棄し、あなたが愛する人を尊重することを選択しましょう。
しかし、上からの知恵は、第一に純真であり、
次に平和、寛容、温順であり、
また、あわれみと良い実とに満ち、
えこひいきがなく、
みせかけのないものです。
ヤコブ3:17
「決断する愛」より
いいですね。
とてもいい。
仕事の前に読むからなおいい。
アーメンです。
私、とても恵まれた(もちろん人間関係もふくむ)職場環境を与えれえ、たくさんの可能性の前にわくわくとしているから、それを、本当に神さまの守りの中で、コントロールしなくてはいけないと思う。
私、6年もの間、1日3時間を通勤時間に使って、プレッシャーの大きな仕事をしてきたことで、主に変えられていたことに気がつきました。
やっている時は夢中だったし、やめた後も、ただ、ほっとした充実感の中で、そんなこと、考えてみたこともなかった。
でも、仕事に戻って、そう思う。
こぼれる愚痴を聞くと、「それはいったいどういういみ?」とか「なんでこんなことで?」とか「これのどこが?」と、全く嫌味でもなんでもなく、純粋に「?」となるから、それが、態度に表れてしまうと、相手を傷つけてしまいかねないと思いました。
そんな私にとって、このピリピ2:3と、ヤコブ3:15は、今の私が、しっかりにぎりしめるべき、大切な教えです。
神さま、ありがとう。

Wednesday, July 19, 2017

早朝の祝福

ついに早朝の Y にも現れた、例の「変な人」、私、なんの公的アクションも起こしていないのに、今朝は、おもいきり出入り禁止っぽい感じだった。
オレンジのコーンをレーンに立てて、無理矢理人の使っているレーンにろくに泳ぎもしないくせに、入れないようにされていて、それで、他の人が来ると、そっとコーンは動かされ・・・。
そうよね。
昼間はそうでもないけど、昨日、一昨日の早朝のプールでは、彼、かなり、悦脱している様子が露出していた。
なにしろ、みんな黙ってもくもくと真剣に泳いでいる中、他にレーンが開いているのに、わざわざおしゃべりするために一生懸命に泳いでいる人のレーンに飛び込んできたりして。
明日のことは、わからないけど、でも、なんだかこのままで大丈夫な気がしてきました。
オフィスにリポートしようかなっとも考えたけど、でも、私、今、訴えられ中で、その悲しみは十分わかるから、それはやめた。
ライフ・ガードの配慮で、自分が場違いな楽しみを求めていることに、気づいてくれたらいいなっと思う。