Tuesday, December 22, 2020

すっかり治りました!

人生を通して3回目の抗背物質
すごい効き目です

 

聖なる日々・やさしい時間

あなたを招いた人が来て、
「どうぞもっと上席にお進みください」
と言うでしょう。
ルカ 14:10

「クリスチャンが恵みに成長するにつれて、彼は決して自らの待たれる神の御前に立つ時の聖なる畏れも失わないが、彼の畏れから恐怖の念は取り去られている。
それは聖なる畏敬に変わり、もはや恐怖によって暗くされることはない。
彼はキリスト・イエスにありて、さらに神に近くために上座の方に招かれる。
彼は神の中に、その偉大性よりはむしろ善を見、威厳よりは愛を見るのである。
かかる時、魂は以前の謙遜の態度は失わないが、さらに聖きとりなしの自由を楽しむ。」
スポルジョンが今朝の私に宛てたメッセージです。
医師は父を「強い人だ」と言います。
牧師は父は「強められている」と言います。
私もそう思います。
父の中に恐れは見えません。
ただ、愛する母への愛と自分の永遠の命への感謝が、今の父の全てのように見えるのです。
だから私も、ただ、今日、今、を父と母とともに一生懸命に生きたいです。


 

Monday, December 21, 2020

まさかの・・・

 

一番、避けなければならなかった膀胱炎にかかってしまいおおあわて。
気づいたのは今日の朝で、すぐに抗生物質を求めて、あちこちにテキストを書きました。
でも、書きながら、返事を待ちながら、だんだん体が熱くなってきたので、もし、寝込むようなことになったら大変と、プレッシャーが高まり、結局父に相談。
父はすぐに私をクリニックに連れて行ってくれてました。
予約なしのウォークインで無事に薬を処方してもらうことができました。
とりあえずのものすごい量のペーパー・ワークと保険の確認とで軽くアメリカでは1時間はかかる初めてのクリニックなのに、そんな面倒は何も求められずの20分ぐらいでお医者さんに会うことができました。
薬局で待つこともなく、窓口で実費5150円を払って、3日分を手に帰路に着きました。
ふう。
熱が出るのがわかっていたから、そうなる前に薬が飲めてよかったです。
父と母の役に立ちたくて来たのに、こんなに早々に迷惑をかけてしまって、申し訳なかったけど、まだまだ頼りになる父のことがうれしかった・・・。
写真は、ひと安心して食べた今日のランチのかき揚げ。

約束をにぎりしめる


恐るな。わたしはあなたとともにいる。
だじろぐな。わたしはあなたの神だから。
わたしはあなたを強め、あなたを助け、
わたしの義の右の手で、あなたを守る。
イザヤ 41:10

「地球をその軌道に乗せ、太陽の白熱の炉に燃料を供給し、天におびただしき灯を点じたもうその同じ神が、あなたに日々の力を与えることを約したもう。
私の力なる方よ。
私はこの御約束が実行されることを信ずる。
それはあなたの恵みの無限の貯えが決して尽きず、あふれるばかりのあなたの力の貯蔵庫は決してわれらに手によって空にされず、敵によって乱されることもなきゆえに。」
今朝のスポルジョンのメッセージです。
神のことばとスポルジョンのメッセージ、LAの家族の姉妹方との連絡、大分の教会の方々の祈りに支えられて、なんとか「現実」に立ち向かうための体制を整え中。
父は少し痩せ、そして体の動きもぎこちなくなくなっているけれど、内なる精力のようなものは、何一つ、失われず、無事退院して帰ってきました。
食事のたびに、声に出して祈ることを私たち3人の新しい習慣にしました。
そして、私は、心の中で、いつも祈っています。
入院時のカバンの中のものを出しながら片付けを始める父を見ながら、お風呂あがりの父の背中にローションを塗りながら、台所に立つ母の後ろ姿を見ながら。
いつも、いつも。
天の父よ。
どうか、私たちをお守りください。
あなたの愛と力とで包んでください。

Sunday, December 20, 2020

私の砂の使い方

まことにわが家は、
このように神とともにある
2サムエル 23:5

今朝のスポルジョンが私に示すみことばは、この2サムエルの23章5節であるのに、私は、それを探せず、22節の5節の中から一生懸命にこのことばを探そうとしました。
「死の波は私を取り巻き、滅びの川は、私を恐れさせた。
よみのつなは私と取り囲み、死のわなは私に立ち向かった。
私は苦しみの中に主を求め、わが神に叫んだ。
主はその宮で私の声を聞かれ、私の叫びは御耳に届いた。」
でも私はこのみことばに大いに励まされ、そして23章の5節にそのとどめを刺されました。
父の医師から、肺への転移と手術の中止の話を聞いた夜、私はまさに、この23章5節の前半の状態でした。
そして主は私の叫びも聞かれた。
父の図書から借りた日野原重明の「生き方上手」の中にこんなことばを見つけました。
「死は生の一部であり、必然であり、どうにも逃れることはできません。
この世に生まれた瞬間が、私たちの死への第一歩なのです。
死が遠い近いにかかわらず、誰もがつねに、同じ重大さをもって、同じ問いを投げかけられているのです。」
この文章に触れられた瞬間、問題は医師のことばから神の愛する父へ、父から私自身へと移行し、そして命の源であられるキリストに移行されました。
うまく書けないけれど、命も時間も全てキリストのものであるから、そこに信頼して感謝が始まったのです。
今朝は、いよいよ父の退院です。
私は私の命の時間という砂時計の砂を父の砂と混ぜて、一緒に落ちてゆきます。
そして、それはさせてもらえることが、今、とってもうれしいのです。



 

いいお顔

いいお顔


とっても幸せな思い出
母とアルバムをめくりながら色々話を聞く
私が生まれる前のこと
(真ん中の写真、右はじにごろっと転がされているの私?)

 

Saturday, December 19, 2020

ルーティーン


朝ごはん、お昼ご飯、おやつ、晩ご飯、デザート。
毎日、朝から作っては食べ、片付け、作っては食べ、片付け、のくり返し。
太りそうだけど、仕方ありません。
これが、今の私の大切な「おしごと」だから。
今日のランチのラーメンは、我ながらとっても上手に作れて大満足。
水の量も、茹で時間も、いつものようにとってもいい加減だったのだけど、麺もスープもとてもおいしくて、母もスープまでよく食べてくれました。
母が食べてくれるとうれしい。
父がフリーザーに冷凍食品をどっさり買ってくれているのだけど、今日初めて試したこのラーメン。
また、同じのを買ってきて作って食べたいです。
お昼ごはんの後は、少し休憩して母とふたりのお散歩に出かけます。
今日で3日目。
今日は、母の方から、「そろそろ行く?」と声をかけてもらったので、ふたつ返事でさっと準備しました。
持ち物は電話と携帯Wifi、それと鍵。
戸締りをして、家の前の階段を気をつけて降り、車に気をつけながら、ゆっくり歩きます。
小さな子どもとのお散歩に似ています。
父からの電話も日課です。
明日の退院を楽しみに準備しているとのことでした。
バナナケーキのことを話すと「それは楽しみ」とのこと。
私も、本当に明日が待ち遠しくてたまりません。
写真は母の「お散歩3点セット」。