Wednesday, September 6, 2017

終わっていないけど幸せ

1分も無駄にすることなく、人生をエンジョイしております。
6時に家を出て、帰宅8時です。
KFC と、グローサリーストアで買ったサラダと共に。
それでも全然足りす、明日という日にあれこれと取りこぼしておりますが、まっ今日はこれで良しとしましょう。
ふう~。
幼稚園が終わって、でも私のシゴトは全然終わりません。
帰り支度をしながらも、いろいろと対処すべき緊急が、雨のように降り注ぎ、それらを、振り切るように、どこかで、なんとかしようと、明日のあれやこれを、とりあえず、バッグに突込み、ピアノレッスン向けて、車に乗り込みました。
静かで平和で幸せなピアノのレッスンを終えると、再び、今度は、凄まじい、分刻みな渦にカムバック。
はなのアフター・スクールのあれこれです。
レッスンと、カンパニーの保護者のためのミーティング、子どもたちを交えた全体ミーティング。
でもその前に〈オフィスが混乱する前を狙って、)ゆっくり、あれこれ質問しながら、重荷だった支払いをすっきりと済ませ、晩ごはんのお買い物も済ませてしまう、ちゃっかりした私です。
とても良いミーティングだった。
温かで、それでいて、愛が基準の厳しさが子どもたちへの決まりごと。
ジュニア・カンパニーに入れることにして、よかったと心から思えました。
ここに、しばらく自分の人生、つまり愛と時間を取り置くことを、小さく覚悟しました。

イバラの冠

あなたがたが先祖から伝わった
むなしい生き方から贖い出されたのは、
金や銀のような朽ちる物にはよらず、
傷もなく汚れもない子羊のようなキリストの、
尊い血によったのです。
Ⅰペテロ Ⅰ:18,19
ぼくたちが「神さまはどこにおられるの?」と尋ねるのは、魚が「水はどこ?」と聞いたり、鳥が「空気はどこ?」と聞くのと同じだ。
神のおられぬ場所を見つけることはできない。
それでも神が有限の時に入られ、人となられたとき、無限であるお方は有限になられた。
手をふりさえすれば、ののしりあざける連中に吐きかけられた唾を、顔に飛ばし返すこともできたのになさらなかった。
眉を上げただけで、イバラの冠を編む兵士の手を麻痺させられたのに、そうはなさらなかった。
罪の実はイバラだ。
棘だらけで、針のようにちくちくと刺すイバラだ。
棘だらけのあざみにふれてみよう。
羞恥、恐れ、屈辱、幻滅、不安。
ぼくたちの心には、こうしたイバラがはびこってはいないだろうか。
けれども、イエスの心はそうではななかった。
天の冠を捨ててイバラの冠を選ばれた方の、どんなことよりもすばらしいことを知りたくないかい?
主は、あなたのためにそうされたのだ。
ただ、あなたのために。
The Cross - He Chose the Nails より
アーメン。
その私のためにイバラの冠をつけて、十字架で、それをあがなってくださった、イエスが、今日も、私と私の愛する人々を守ってくださいますように。

Tuesday, September 5, 2017

唾は私のものだった

それから、いばらで冠を編み、頭にかぶらせ、
右手に葦を持たせた。
そして、彼らはイエスの前にひざまずいて、
からかって言った。
「ユダヤ人の王さま。ばんざい。」
また彼らはイエスにつばきをかけ、
葦を取り上げてイエスの頭をたたいた。
マタイ 27:29、30
兵士に課せられたのは単純な任務だった。
ナザレ人をゴルゴダの丘に連れていき、処刑すること。
しかし、彼らには別の考えががあった。
その前にイエスは「からかって」興を得ようとしたのだ。
あなたはどうかな?
これまでそんなことをしたことがあるかい?
他人に唾をかきかけたりはしないだろうけど、うわさ話はしたことがあるんじゃないかな?
陰で他人の悪口を言ったことは?
怒りにまかせて手をふりあげたり、いかにも馬鹿にしたような目で人を見たことは?
兵士たちがイエスにしたのはそういうことだった。
あなたやぼくが同じことをしたら、ぼくらもイエスにそうしたことになるんだよ。
ぼくらには問題がある ― ぼくたちは聖くない。
ぼくらには問題がある ― ぼくたちは悪い人間。
でも、ぼくたちはどうしたいいのか。
兵士たちの吐いた唾は、ぼくたちの心の中にある汚れの象徴なのだと認めよう。
そして、その汚れをイエスがどうなさったのか、しっかり見届けよう。
イエスは十字架まで担っていってくださったのだ。
The Cross -He Chose  the Nails より
おはよう。
今日から、いよいよ新しい学年がはじまります。
キリストの十字架を見あげるだけじゃ足りない。
ゴルゴダの丘に行ってみてみよう。
たくさんの主が受けた、私のために、私の代わりに受けてくれた業をみながら、いつも十字架が私の励ましとなりますように。

Monday, September 4, 2017

「おかえり」の前に

★もうすぐ、子どもたちが帰ってきます。
夫が教会に迎えに出ました。
卒業式の記念にと思いながら
この写真を飾りました
子どもがひとりも家にいないって、とても不自然で、がらんと空っぽな感じです。
あの子たち、いずれ、ここを出てゆく日が来るけれど、ひとりづつにしてほしいな。
まあ、そのために九つも離して生んだのだけれどね。
そして、はなが、この家を出る頃には、賢人が子どもを連れて、「かあさん、このやんちゃ坊主をたのむよ」なんて言ってくれればよいのにと思う。
まあ、人生、そうはうまくいかないかもしれないけれど。
★体重、ずっと105で安定しています。
今朝は、ちらっと103だけど、2パウンドぐらいは何かの加減でちゃんと105に戻ります。
だから、まだ、プロテインは試していません。
チリの漬物、すごくごはんが進むから、これで、また、太ったりなんかして・・・。


チリ納豆パスタ

おいしそうに見えないかもしれないけど、
すっごくおいしかった今日のひとりLunch
昨日作った、でも、まだ全然漬かっていないチリの漬物を
待ち切れず、小さく切って、納豆スパゲティーにのせ、
瓶の中のガーリック醤油もくるっとかけてみた
まだほとんどフレッシュな、ハラペーニョががりがりうまい
アレンジのアイディアが次々わく、
なんともいえない、かつてない味
しばらく、いろいろ、はまりそう
(漬物のレシピは幼稚園よりゲット)

すう~と、さら~っと、を探しに

Hakka のエッセンシャルオイル を探しに
近所の健康食マーケットへ
ちっこ!
み・み・みえない
文字・・・
私の目、頼みのはなは山
立ちすくむことと7分34秒
Hakka なるものはないことがわかり、
しかたなく、Spearmint を買ってみた
かなり普通の匂いで、ちょっと残念
鼻づまりの時に
ワセリンに垂らして胸に塗りたい匂いです
(我ながらすばらしく詩的な表現だ)

清しき朝に

すなわち、神は私たちを
世界の基の置かれる前から
キリストのうちに選び、
御前で聖く、
傷のない者にしようとされました。
神は、ただみこころのままに、
私たちをイエス・キリストによって
ご自分の子にしようと、
愛をもってあらかじめ定めておられたのです。
エペソ 1:4,5
「神さまは、日がのぼるとき、オレンジ色の光をまき散らし、真っ青なお空にしてくださる
リスのしっぽはフワフワで、小鳥たちは歌のおしゃべり
どうして花はいい匂いがするのかな
どうして、食べ物はこんなに美味しいのかな
神さまがそうしてくださったのは、きっと、ほら、きみのそんな笑顔がこらんになりたいからだよ」
あなたは、なぜ神がこんなにも多くのものを与えてくださるのか、考えたことがあるだろうか。
もっとずっと少なくても生きていけるのに。
ぼくたちの救いのために求められていた行為は、ただひとつ ― 血を流してくださること。
それだけでよかったのに、それだけで十分だったのに、イエスははるかに多くのものをくださった、
十字架のある場所を探してみてごらん。
何がみつかるだろうか。
「ユダヤ人の王」と書かれた札。
苦痛の王冠。
3本の大釘。(他にもたくさん)
もっと優しい死はなかったのでしょうか。
心をととのえ、耳をすませよう。
きっと、神がこうささやかれるのが聞こえるはずだ。
「わたしはあなたのために、そすしたのだよ」
ことばに表せないほどの賜物のゆえに、
神に感謝します。
Ⅱコリント 9:15
The Cross He Chose the Nails より 
絵本で有名な Max Lucado の著書からです。
昨日、私の住む、この町にびっくりするほどの唐突さと勢いの夕立が降りました。
窓の外を見惚れているとあっというまにやんでしまったけれど。
カラカラの大地がうれしそうだった。
草花が神さまを賛美しているのが聴こえてくるほどでした。
そして、今朝は、昨日とうってかわって、涼しい朝です。
清清しいって、こんな朝のための言葉ね、きっと。
昨日、じょえるを洗っておいてよかったわ。
清清しいといえば、この写真のスプレー。
昨日、日本から戻ってきた姉妹にもらったのだけど、ラベンダーとハッカ水で、「べたべたした肌をリフレッシュさせてね」と言っていました。
それで今、首に試してみたら、本当にすう~っといい気もち。
すっかりハッカに魅せられちゃった。