Friday, September 11, 2020

平和の神の支配下にて

自分のそむきの罪を隠す者は成功しない。
それを告白して、それを捨てる者はあわれみを受ける。
箴言 28:13

やさしい時間が静かに流れてゆきます。

この頃、毎日のように父と母とスカイプでおしゃべりしています。
母が髪の毛をきれいな栗毛色に染めていました。
スカイプがはじまると、はなが来て、私と一緒にカメラの視界に入ってくれます。
何も自分からはおしゃべりしないし、聞かれたことにしか答えないけど、ただニコニコとしているだけで父も母もうれしそうです。
それはそうよね、娘のしょぼしょぼした顔よりも、孫のぱーんとした顔の方が見てて元気が出るというものです。

電話やテキストでいただく励ましに支えられて、少しづつ、新しい自分に慣れてゆくようです。
新しい私。
そむきの罪を言い表し、捨て、あわれみを受ける弱い私です。

昨日は、箴言の5章24節から、神さまに新しい唇とくださいとお祈りしました。
毎日、いろいろなところが少しづつ新しくなる私です。
それは、必ずしも、うれしいことばかりではありません。
でも、私の内で、神の平和が確実に大きくゆきます。
ハレルヤ。







 

Thursday, September 10, 2020

おうちで焼きえび


ガレージの片付け、自分ではずいぶんがんばったと思うけど、見た目はあまり変わっていません。
今日は、無数にある、わけのわからいケーブル類を見た目の汚さで分けたり、危険な油を、これは夫に、使える、使えない、さらに使う、使わない、を聞いて、きちんと分けたりなどの作業をしました。
ケーブル類はスリフトストアへ、油は土曜日と日曜日に開く、近所の危険物のリサイクルセンターに持って行きます。
量にしたらわずかなものだけど、気もちは前に進み、そして軽くなりつつあります。

ピアノの練習もしました。
何をどこからどう取り組んで良いやらわからないかなり混沌とした分野なので、とりあえず、聖日礼拝の賛美の伴奏の練習をしました。
中学生ぐらいの頃にやったバッハとかモーツアルトとかの教本を開きたいけど、家族が全員家にいるので、ちょっとなんだか、それもできずにいます。
やっぱり、片手づつ、地味に練習できるハノンかしら。

空から灰が降り続けています。
今日のお天気は「スモーク」。
そんなお天気、知らなかったし、子どもに教えたこともなかった。
お天気は晴れ、曇り、雨、雪、吹雪、風、台風。
スモークってそれ、なんでしょう。
そして今日の月は信号みたいに赤い。
それで、お庭ディナーはあきらめ、おうちで焼えびです。









本日の予定

心のきよさを愛し、
優しく話す者は、
主がその友となる。
箴言 22:11
やさしいく流れる時間の中で、さまざまなものを通して、神さまは私にお話ししてくださいます。
例えば夫の髪の毛。
私:「のびすぎてるなあ。切ってあげたいけど上手にできるかなあ」
神さま:「あ・あ、それはやめた方がいいと思うよ。一緒に切りに行けばどう?」
例えば夢。
夕べ、とってもこわい夢をみました。
夢の中でこれは夢に違いない、と思うのに、そして周囲の人にも訴えるのに、それは絶望的なまでに現実的で、私は夢の中で本当に苦しみました。
でも、おかげで、起きて、目が覚めて、夢だったことを信じることができた時、心からうれしかった。
朝一番に開いた箴言のみことばを通して、神さまはその夢を解き明かしてくださった。
やがて現実となったかもしれない、おそろしい未来を見せることで、「心配をやめて、神さまとの時間、家族との時間、教会の姉妹たちとの時間をエンジョイしなさい」と言われている気がした。
さて、今日もメイン活動はガレージの片付けです。
それから、過ぎゆく夏を惜しんで、今日もお庭でごはんを食べたいな。
昨日、とっても新鮮でおいしそうなエビを買ったので、それを殻ごと焼いてお塩をふって食べたいです。
あちちと言いながら。

Wednesday, September 9, 2020

やさしい時間


やさしい時間が、しずかに流れてゆきます。
聖書を読んで、お祈りをして、賛美を歌う。
音楽を聴いて、本を読んで、外を歩く。
お買い物をして、お料理して、食べる。
シンプルな日々です。

今日は、夫と、Seafood City というマーケットに行ってきました。
まるで、遠足気分で、わくわくと。
いたいた。
ぴちぴちと新鮮な魚たち。
まるでミュージアムに来たみたいに、ただ、じっと見つめてしまいました。
ようこそマーケットに。
でも私にはさばけない。
夫がささっと選び、ささっと計ってもらって、色々買うことができました。

洗濯室の片付けが終わり、ガレージに取り掛かりました。
ここは、かなり大がかりなビッグ・プロジェクトです。
ここに比べたら、洗濯室のお片付けなんて小さなものでした。
引き出し一段から始めて、ついにガレージです。
そして、それが終わったら、きっと心や頭の整理にとりかかるのでしょう。
でも、だいじょうぶ。
いつも、主が共にいてくださるから。




Monday, September 7, 2020

今朝の私の願い

しあわせなことよ。
情け深く、人には貸し、
自分のことを公正に取り行う人は。
彼は決してゆるがされない。
正しい者はとこしえに覚えられる。
その人は悪い知らせを恐れず、
主に信頼して、その心はゆるがない。
詩篇 112:5~7
このことばのような人になりたいです。
特に、「悪い知らせを恐れず、主に信頼して、その心はゆるがない」のところ。
そのために、正しい者になりたいという、動機そのそのものが、もうすでに、とってもあやしく正しくない私なのだけれど。
神さまは、ものごとやできごと、人の良い面を、いつも、私に見せてくださろうとしてくださいます。
にもかかわらず、その反対側を無理矢理覗いておきながら、喜んでがっかりしているというのは、本当に愚かなことです。(はい、それ、わたし)
今朝は、神さまが見せてくださるものごとやできごとの良い面を、それが全てだと信じる信仰をくださいとお祈りしました。
神さまが私から隠してくださっているものには興味を持たないようにしたい。
そんなものは「ないもの」と思えるようになりたい。
より純粋になりたい。
なれるかな。
なれるとも。
願ったのだから、祈ったのだから、きっとくださる。
きっときっと。
★もさもさの向こうのデッキ、最近は、ここを、我が家では気取って、「パティオ」なんて呼んでいるのだけど、ここが、ちょっとした気分転換スポットなのです。
このコロナのステイホーム状況の中の・・・。





All Together Now

熱帯夜のような夜がようやく明けました。
ようやく?いえ、そうではないのです。
とっくに明けていたのに、起きたら、なんと9時。
しばらく、頭がぼんやりとしていて、軽い記憶喪失のようでした。
大袈裟ではなくて、「えっと、今日はいつだっけ。私はどういう状況なんだったっけ。えっと、お兄ちゃんが亡くなりました。仕事を辞めました。そうそう、そうだった、ほっ。」
何が、ほっ、なんだか。自分でもよくわかりません。
お兄ちゃんごめんね、でも、とりあえず、ほっとした。

昨日、これからやっと涼しくなるのかなっという夕方、停電が起きてしまいました。
レイバーデー・ウィークエンドなので、親しい人たちが集まって、家でごちそうを用意しているその電力が、きっと限界を超えたのでしょう。
だって、本当に大変な暑さだったのです。
私は、はなに手伝ってもらいながら、前日の残りごはんでガーリックライスを作っている最中だったけど、ガスの火しか使っていなかったの最後まで作り終え、大きなボールに移して、さてどうしましょうと、とりあえず座りました。
夫はそれまでずっと座っていたのに、さてどうしましょうと、とりあえず立って、いろんなことを始めました。
灯りを確保したり、USBで使えるいろんな端末の電池を用意したり。

あつ〜い、お部屋の中でなかなか電気が戻ってこないし、どんどん暗くなっちゃうので、とりあえず、外に出ようと思って、はなにスポンジとボールを持たせて外のテーブルをきれいにしてもらいました。
それから、晩ご飯用にキッチンに出してあった、キャベツときのこと玉ねぎを切ってお皿に並べ、冷蔵庫からしゃぶしゃぶ用の薄切りのポークとビーフのパック、ポン酢やソースを出して、大きなお盆に乗せ、「けんと〜、これ、お外のテーブルに持って行って」と声をかけました。
テーブルをスポンジできれいにして戻ってきたはなが、勝手に小皿だお箸だナプキンだと持って行ってくれました。
ポータブルストーブもその上に置く鉄板もデッキの物置にあるので、夫はガスをひとつと飲んでいたビールを持って、外に出て、とってもうれしそうでした。
私は、子どもたちの大すきなガーリックライスのボールを抱いて、蚊取り線香ほしいなと一人で虫の心配をしながら庭に。
家の中にいるといまにも陽が沈みそうに思えたのに、外に出ると、そんなことなくて、1時間ぐらいかけて、のんびりとお肉を焼きながら、ビールを飲みながら、おしゃべりしながら、港から運ばれてくる風の中でお食事できました。

お庭での焼肉ディナーに大満足していると、賢人とはな手際よく片付けはじめてくれて、そうね、そろそろ、日没ね、っとお開きにしました。
真っ暗な家の中に入るとぱちんと電気が戻り、神さまありがとう、と心の中で言いました。

★写真は、夕べ観た映画です。
これまた、とってもお勧め。
悲しそうに流れてゆくのだけど、ハッピーエンドです。
安心してごらんあれ。







Sunday, September 6, 2020

The Yang Messiah

The  Yang Messaiah
自信を持って、おすすめしたいです。
とってもよかった。
空想物語です
でも、きっと、イエスさまって、
こんな子どもだったのだと思う。
マリアって、こんなママだったのだと思う。
でも、私が一番好きだったのは父ヨセフ。
地上の父としての責任感や葛藤、
抑えられない愛をふんだんに表現してくれています。