Tuesday, September 15, 2020

御手の中で

その日、あなたは言おう。
「主よ、感謝します。
あなたは、私を怒られたのに、
あなたの怒りは去り、
私をなぐさめてくださいました。」
イザヤ 12:1
なるべく、規則正しく、ある程度のパターンの中で毎日をすごしたいと思っているのに、なかなか難しいです。
静かなピアノだけの賛美を流し、聖書を開くと、もう時間の流れがよくわからなくなり、いつまでも、いつまでも、誰かが起きてくるまで、ただ、ぼんやりと座り続けてしまう今日この頃。
家事や庭仕事、これから先の準備やピアノの練習、じょえるのお散歩など、必須たすくすを、ささっと済ませて、午後の活動をもっと充実させたいです。
昨日の賛美チームのズームのミーティングのおかげで、エンジンがかかったのかもしれません。
励まし合って、支え合って、なぐさめ合って、祈り合える場所があることは、本当に幸せです。
それは御手の中のような温かで、安心なぬくもり。

Monday, September 14, 2020

新しい季節


祈りでサポートしてもらっていた、ZOOMでの賛美チームのミーティングに初参加させてもらいました。
すばらしいディスカッションでした。
昨日今日の関係ではない、長い時間と努力を重ねて築いてきた土台の上の安心した真正面からのことばのキャッチボールに、私は、ただ、その流れにいきなり直角に飛び込んだにもかかわらず、溺れることなく一緒に流れてゆける不思議な恵に感謝しました。
みんなとても純粋で、正直で、そしてひたむきで、私は自分の技術主義を恥ずかしく思うほどでした。
チームのひとりひとりの気高い霊性が、私の、超・この世的判断基準を砕いてくれそうな気がして、私は、静かに黙って、耳をすませていました。
これからも楽しみに参加させてもらおうと思います。
ミーティングの後は、犬のじょえるを連れてお散歩にでかけました。
知らない間にとてもよく訓練され、お行儀の良いじょえるくん。
どこに出しても恥ずかしくない、青年に成長しています。
新しいお仕事の話も、ちらほらと届きはじめました。
祈りながら、すすんでゆきます。
色々、変化でいっぱいな私の新しい季節です。

動機の確認

あなたがたを召してくださった聖なる方にならって、
あなたがた自身も、
あらゆる行いにおいて聖なるものとされなさい。
それは、
「わたしが聖であるから、あなたがたも聖でなければならない」
と書いてあるからです。
1ペテロ 1:13
昨日の礼拝の中心となったみことばです。
私たちが聖を目指す、理由はただひとつ。
それは、神さまのそばで幸せであるため。平安であるため。
今朝、伝道者の書を読み終え、そう思いました。
よりよい人生というのはの、その後ろにもれなくついてくるのでしょう。
だから、それに憧れすぎてはいけないと思う。(より良い人生の方ね)
昨日も、礼拝の中でそれをとても強く感じて、スモールグループでお話ししました。
聖をめざす理由を、他のことに置いていた時、私はとても苦しかった。(実は、今もそれが頭でわかっていても、心と体と魂の全てがそこに向かってアジャスト中なので、少し苦しい)
良い結果が出ないと、しばらくそれを放棄し、また戻って、目標を立て、がんばる。
そして良い結果がでないと・・・、の繰り返し。
どこで読んだんだっけ。
最近読んだ本の中に、天国への道は砕かれた心でできていて、地獄への道はもう2度と失敗しないという誓いでできている、というような意味のことを読んで、大きくうなずいてしまいました。
昨日も、牧師を通し、神は、私に、罪の解決に選択肢はないと強く迫ってくださった。
会衆は、みな、神に近づいても燃えてしまうことのない、十字架以降の、聖霊と罪の赦しを感謝していたけど、私は、そこまで神に近づいたことがない事実をつきつけられたのでした。




 

Sunday, September 13, 2020

地上のキリスト体験


研ぎ澄まされた足すことも引くこともない純粋で真っ直ぐなみことばのとりつぎの前に、くだかれた魂が集まって賛美し、お祈りし、ささげられる精一杯をささげ、心からの満足をいただきました。
礼拝とは、まさに地上のキリスト体験です。
ハレルヤ。
聖いイエスさまと仲良しでいるためにクリーンでいることは、何かを一生懸命にがんばることよりも、よっぽど難しいと思う。
それを難しいと感じることは、きっと、私特有の問題。
イエスさまが私に課した特別な課題。
きっと、私特有の賜物。
イエスさまが私にくださった特別な贈り物。
そんな風に考えてみています。
スモールグループでのシャアリングにも少しづつ慣れてきて、今日はそんな、心の深いところまで、お話しすることができました。
私、今、この教会に支えられて、やっと生きている。
でも、ちゃんと生きている。
★写真は最近とても気に入っている野鳥保護区内のトレイルコース
すごいカメラを持った人が歩かずに鳥を見つめる、別名:カメラのおじさんの道


 

Saturday, September 12, 2020

今日のランチ

びゅーてぃふるハンバーガー

 

贈り物の贈り主はだれ

実に神はすべての人間に富と財宝を与え、
これを楽しむことを許し、
自分の受ける分を受け、
自分の労苦を喜ぶようにされた。
これこそが神の賜物である。
こういう人は自分の生涯のことをくよくよ思わない。
神が彼の心を喜びで満たしてくださるからだ。
伝道者の書 5:19,20
伝道者の書を、これほど、しっくりと、心をそこに置いて、乾いたスポンジのように読むことができるのは、後にも先にも、これが初めてです。
聖書とは、本当に不思議な力を帯びた、特別なことばの宝箱です。
そして、今日という時に、この伝道者の書の1章がスタートしたことも、これまた、神の時。
美しいご計画。
色々、楽しみな1日です。
それも、これもみな、神さまの贈り物。
でも、愛するべきものは、贈り物そのものではなく、その贈り主。
(口調がちょっとソロモンみたい?)
どうぞ、良い日、良い週末、良い聖なる安息の日をおすごしください。

Friday, September 11, 2020

やさしさの正体


とても良い日でした。
ここ、数日、私を包んでくれているやさしさの正体がわかったような気がしています。
それは、あまりにも繊細で純粋な神の愛、人を通した神の愛。
文章にしようと努力しようとするはじから、この世界の支配者に拐われてしまいそうで、それができずにいます。
あまりにも無邪気で、あまりにも無垢で。
だから、書くことよりも、表現することよりも、感謝していただき、いつかきっと書ける日が来ると信じて、今はじっと胸に大切に抱いていることにします。
今日は、夫がお昼ごはんを作ってくれました。
ごはん、お味噌汁、納豆、オムレツ、そしてお漬物。
心が温まる彼の献立です。
家族みんなでテーブルで食べました。
8月の末、私の休暇の最初の週、「オンラインだけど、学校なの、だから、ランチも学校で食べたい」ときっぱり言って、お部屋にごはんを運んでいたはなもここ1週間、毎日一緒にテーブルで食べてくれています。
私を包むやさしさは、はなをも包み、そして、守ってくれています。

やさしさの正体、今はまだ、うまく表現できないけれど、そのうち、きっと書ける日が来ると思うので、楽しみにお待ちください。

来週は愛する姉妹たちと公園でピクニックを計画しています。
何を作ろうかな。
何をして遊ぼうかな。
神さま、ありがとう。
本当にありがとう。