Tuesday, January 18, 2022

夢を見て生きる


したがって、安息日の休みは、
神の民のためにまだ残っているのです。
ヘブル 4:9

「疲労を覚える暑い日が永遠に続くのではない。
太陽はまさに沈もうとして地平線に近づく。
この地上ではクリスチャンは旅人である。
彼は行くべき所に行き着いていないこと感じている。
ああ、疲れた働き人よ。
ただ永遠に憩う時を思え。
その日、朽ちるものはいのちにのまれ、永遠の安息が始まる。」
今朝のスポルジョンのメッセージです。
そして、今朝も、(そう、「も」)奇しくも、まるで、私がスポルジョンのメッセージを読んだことをを知っているかのようにジョエルさんはこう言う。
"What I love to do is a key to my destiny."
イエスさまのことが大すきで、聖書を読んだり祈ったり、誰かにイエスさまのみわざについて証するが大すきな人の行く先はもちろん天国です。
でも、ジョエルさんがここで言っているのはこの地上のdestiny。
何をするのが好きですか。
こんなにたくさんの「好き」をさせてもらって、これ以上、もっと「好き」をやってもよいのでしょうか。
夢をみることをゆるしてもらえるのでしょうか。
天国に行く前に、まだ、何か、新しい何かを私は知ることができるのでしょうか。

Monday, January 17, 2022

最近の母と羽田のお蕎麦


1月ももう折り返し点を通過し、17日だなんて信じられません。
1月は行く、2月は逃げる、3月は去る、とは本当によく言ったものです。
感心してもしょうがないので、今日はちょっと色々とがんばってみました。
はなを今年2度目のPCRテストに連れて行き、戻ったら掃除。
ハンディモップで埃を払い、ガラスを磨きました。
母との連絡が終わると、ipad でちらちらと日本の我が家の玄関の様子を伺いながら、少しだけ、お庭そうじをして、礼拝賛美の曲選びをしました。
母が無事にお迎えの人と一緒にデイサービスに行くのを見送ると、毎日本当にほっとします。
日本で、母と関わってくれているほとんど全ての人が母の元気ぶりを嬉しそうに話してくれました。
私もそう思うのです。
1年前の冬とはくらべものにならないぐらい元気です。
あの頃の母は、いつも不安げで、悲しげで、それでいてどこかうつろで、何を聞いても、「どうだったかしら」と聞いた人を後悔させる悲しい表情を見せていました。
今日は、玄関に飾ったお正月のお花をカメラの前に持ってきて見せてくれたので、私は一緒に飾ったのを知らんふりして「あら〜、きれいに生けたね〜」と驚いてみせたら、「ちっとも傷んでないでしょう、寒いからいつまでも元気よ」と、私と一緒に生けたお花がまだ元気なことを見せたかったのでした。
母は本当に、認知症なのだろうかと、それを疑いたくなる今日この頃です。
☆写真は日本で食べた2度のレストランごはんのその1、羽田第一ターミナルのお蕎麦です
その2は別府の動物園のトリ天ね

移行期


見よ。子羊がシオンの山の上に立っていた。
黙示録14:1

「ここにあなたの喜びがある。
あなたは子羊を知り、また見た。
涙に曇った目で、世の罪を取り除く神の子羊を見た。
だから喜べ。
やがてあなたの目から涙がぬぐわれる時、同じ子羊は王座に座しておられるのを見るだろう。
天とはキリストと同じである。
そして、キリストと共にいることは天にいることであり、天にいることはキリストと共にいることである」
今朝のスポルジョンのメッセージです。
そして、ジョエルさんは、簡単な方を選ぶべからず。
たとえ難しくても正しい選択をすべしというメッセージ。
この世界で天国の中からはみださないように生きることは、簡単なことではないのだと思う。
でも、天国で判断される正しい方を選ぶ時、それは、きっと見た目ほど難しくなく、できるのかもしれません。

人生には何度となく、「移行期」のような時期があるのだろうけど、私は、今、大きな「移行期」にる気がします。
今までになく、大きな変化の時です。
最初の子を妊娠中の人のように、生まれたが最後人生ががらりと変わるように、この「以降期」に考えたことや、選んだことが、その後の私を大きく左右してしまうような、そんな感じ。
でも、それは、そんなに怖いことではなく、わくわくもしている・・・。
そこが私。





 

Sunday, January 16, 2022

おかげおかげの感謝な復活


時間はずるずると流れに流れ、明日でなんと帰国10日になります。
まったく、ゆだんもすきもない世の中です。(いえ、私の人生です)
その間したことといえば、PCRテストと帯状疱疹と母への連絡だけ。
聖書も読まず、もらったテキストにもEメールにもほとんど返事もせず、ただただ、こんこんと眠り続けておりました。
そして今日、冬眠から目覚めたクマのようにようやくのろのろと活動を開始しました。
洗濯、片付け、簡単な食事作り。
聖書も読み、お祈りもしました。
数年ぶりにレジュメをアップデートしたりもしました。
半年ぶりに母に会い、遠距離の見守りがわりとうまくいったことと、母の心と身体の健康の安定ぶりにちょっと安心を得たので、フレキブルに働かせてくれるところとつながっていたくなりました。
教会の奉仕にも戻してもらえるよう、Eメールを書きました。
いつでもささっとアメリカと日本を往復できる心の準備だけは整え、悪い知らせが届かぬうちは、向こう半年ぐらいを目安に安心してこの地でちゃんと働きたいという思いがむくむくとふくらんでおります。
こんな気もちは、本当にひさしぶりです。
それもこれも、日本で母の周囲で母の一人暮らしをサポートしてくれているみなさまのおかげ、父の準備のおかげ、そして、神さまのおかげです。

Saturday, January 15, 2022

神さまからの小切手の現金化


今、どうぞあなたのしもべの家を祝福して、
とこしえまでに続くようにしてください。
主よ、あなたが約束されました。
あなたの祝福によって、
あなたのしもべの家はとこしえに祝福されるのです。
2サムエル 7:29

「神の黄金はけちな人が財産にするためのものではなく、さかんに流通するための造られたものである。
神の約束が通用していることほど、神を喜ばせるものはない。
天の銀行家は、ご自分の振り出された小切手の現金化を喜ばれる。
あなたの求めるよりも、はるかに熱心に神は聞こうとされる。」
今朝のスポルジョンのメッセージです。
そして、奇しくもジョエルさんは今朝の読んだ箇所の中でこんなことを書いていた。
"Each of us has a spiritual bank account."
神さまがみことばの中で約束してくれているその約束をふりかざして祈りなさいと。
「あなたは、こう書いていますよね、ね、ね、ね、だから・・・」。
そのためにには神さまの約束という小切手を常に持っていなければならにということなのでしょう。
銀行に行く前に、送られてきた封筒から出してサインして準備するのでは間に合わないこともあると思う。
頭の中に、いえ、心の板に刻んでいなければ。
あやふやではなく、はっきりと、「神さま、ここにこうやって書いてあるでしょ、ほら、あなたのお約束、だから、私は、今、こう祈ります」って言えるぐらいに、みことばを心に蓄えよう。
さっそく今日から、今から。
神さまがくださる小切手、じゃんじゃん使おう。

Friday, January 14, 2022

ちゃいろパンとマーガリン

ひさしぶりに口にした固形物
噛めば噛むほどに大地の味が身体に染みた
人生で最もおいしいトーストとなりました
合掌
(アーメン)

 

Thursday, January 13, 2022

コタツ仲間

コタツ仲間のジョエル
声をかけたら、思わぬ方向から振り向いてびっくり
上から「なに?」
ありがとね
寄り添ってくれて