Tuesday, December 25, 2018

うっかりクリスマス3

あまりのショッキングな写真のお返しに
私はこれを送った
ターキーってパサパサしててどうもねって
とは決して言わせない裏技
仕上げは6時間後に酒と醤油をどばどばと


うっかりクリスマス2

22パウンドのターキーと格闘していた最中、
送られてきた写真
あのすごい足の女の子から
クリスマスを忌み嫌う宗教の家族から
クローゼットにダンボール箱を隠して蓋をして
クリスマスを楽しむと言っていたその証拠写真
これ、仏壇みたいに蓋が閉まるそうな
一番左に私と一緒に作った松ぼっくりのツリーが見える(涙)
冗談だと思っていたのに・・・

うっかりクリスマス

★クリスマスおめでとう。
家族揃ってのクリスマス、今日はターキーを焼きます。
昨日のミートローフは3パウンドのひき肉で作ったのに、もうほとんどありません。
野菜もたっぷりと入れて大きく作ると本当にふっくらと焼けて、我ながらとても美味しかった。
今朝、賢人がマイクロウェーブで温めて食べていたけど、それでも柔らかそうだった。
今日も大量の野菜をみじん切りにします。
みじん切りの野菜って、オーブンで焼くと小さく小さくしぼんでしまうから、本当にびっくりするぐらい刻みます。
頑張ろう。
★お金の話。
夏に賢人が、学校のファイナンシャルエイドのオフィスからもらったオファーの中に、1年で2000ドルのキャンパスの中での仕事、というのがありました。
他のは全てありがたく受け取ったけど、あの子それまでの2年ぐらい、週に10時間以上働いていたので、外でアルバイトを探すと言って、それには申し込みませんでした。
でも、実際に授業が始まると、あれこれ、とても忙しく、まとまった時間も取りづらく、歩いて行けて、短い時間で働かせてもらえるそのオファーが大変、利にかなってありがたいことであったのに気づいたようです。
月曜日から金曜日まで、授業のある日は3食のごはんがエイドで賄ってもらっているのだけど、週末の食費や、お友だちと出かけたりする時のお小遣い、簡単な朝食の材料やおやつ代は全て、貯金を崩していて、それに対する不安があるようです。
この4ヶ月でその平均は150ドルぐらいだと言っているから、200は本当によく計算された賢人への神さまからのオファーだったのです。
ダメ元(駄目で元々)で問い合わせてみるそうです。
途中で仕事を申し込む子もいれば、辞める子もいるはずだから、なんとかなる気がする。
何とかなって欲しい。
若いって、そういうことだもの。
「自分でもっと良いものを得ることができると思う」と書いて「若い」と読む。
★賢人のお金の話がもう一つ。
クレジットカードをアプライしようと思うけど、どうしたらいいのと聞かれました。
普通は、まず、取引銀行に行くものだろうけど、私たちは、長年組合系にお世話になっていて、カードを発行する大手の銀行とは全く縁がありません。
賢人も、18歳から3年目のお付き合いで、きちんと管理しているから、ローンを申し込めば、なんとかしてくれるかもしれないけれど、カードのことは助けてもらえないと思う。
最初の一枚が難しいってよく言うけど、私はその一枚をすぐに失くしてしまうから、(カードはもらっても使わなければいつの間にか無くなり、ホテルで見せても、これ、無効ですという惨事が起きてしまう)何の協力もできずにいる・・・。


哀歌 3章

私たちが滅びうせなかったのは、主の恵みによる。
主のあわれみは尽きないからだ。
それは朝ごとに新しい。
哀歌 3:22&23
主のあわれみは尽きず、それは朝ごとに新しい。
毎朝を新しい気もちで、ワクワクと目覚めることができるのが、主の恵みでなくて何だろう。
たとえ昨日がどんな日であったとしても、毎朝、新しい日への期待で起き上がることができることが主のあわれみでなくてななんだろう。
とっくに滅びうせても仕方のない失敗、間違い、迷い、裏切り、嘘を重ねて生きていても、夜は明ける。
朝がくる。
そして、期待する。
主がそうしてくれるから、主が期待をもって、今朝も私に命を注いでくれるから、だから、私も今日の自分に期待する。
今日こそ、今日こそ、今日こそと。
★賢人からはなと私へのクリスマスプレゼントは、学校のブックストアから。
アルバイトをしていないから、生活は決して楽じゃないはずなのに、家族のみんなに心のこもったプレゼントが用意されていました。






Monday, December 24, 2018

うっかりクリスマス・イブ2

掃除、洗濯、アイロンがけ、庭仕事、お買い物、ふう〜。
手頃なターキーも、今夜のミートローフのためのひき肉も、野菜やポテトもゲット。
後は、ギフトをツリーの下に仕込めば、本日の業務全て終了。
でも、それが、実は一番、大変。
おお・のお!すごすぎる
クララがサンタをおもてなし
何しろ、私は早く寝たいし、でも子どもたちはいつまでも起きてゴソゴソしてるし。
そんでもって、賢人は今から、イブ礼拝に行くなんて言ってる。
礼拝は週に一回でいいよ、のんびりしようよと、ミニマム・クリスチャンは言ったけど、肩をすくめて、消極的に抵抗。
「おっけえ〜、行っといで」
我が家の今夜のディナーは、その後だから、8時?9時?
食べちゃうぞ、3人で。
はなはサンタクロースにお茶とお菓子の準備をしています。
まだ、家族の晩御飯も終わってないのに・・・。
どうなることやら。

うっかりクリスマス・イブ

★冬休みも、今日で3日め。
クリスマス・イブ。
なのに、クリスマスの準備がまだ終わっていません。
土曜日はワシントンからスコットの転勤先に来ていたまいこちゃんにわらわらと会いに行き、昨日は、クリスマス礼拝で、慣れない聖歌や賛美歌の奏楽にどどっと疲れ、午後はぐ〜たらぐ〜たら。
今日は本当にシャキンとがんばらねばなりません。(と、言いながら、まだ、書いている)
★毎朝、プールで泳ぎながら、教会のことを祈る時、祈りの終わりに、「私がピアノの前に座る時、それはあなたを礼拝する時です。私が口を開いて、何かを歌う時、それはあなたを賛美する時です」と告白し、それから、「真の礼拝者として、天に仕えるピアニストとして、聖なる渇きを豊かに与え、その渇きを満たすために、いつも心があなたに向きますように、御言葉を熱心に調べ、良く祈る者とならせてください。」と祈ってきました。
でも、昨日、うっかり、後ろの方に座ってしまい、うっかり、いろんな人に、私の奏楽について、コメントをもらってしまい、うっかり、すっかり動揺してしまった私。
まだまだだと思った。
霊的にも音楽的も本当に全然まだまだだけど、礼拝者としてまだまだな情けなさ・・・。
そして、これからはどんなことがあっても、会衆の顔の見えない前列の端っこに座ろうと思った。
でも、本当にくつろげるのは、大会衆の中に埋もれるように沈み、ボロボロに心を砕いて礼拝できる大きな礼拝だとも思った。
★話は、ころっと変わるけど、これは来年早々に開かれる進級準備説明会のために撮った写真。
テーブルの向こう側に大人の足が写っているでしょ。
この人、すごいの。
身体。
毎朝、ワークアウトして出勤してて、水も一杯飲んでで、私とライフスタイル一見似てそうだけど、体型全然違う。
お尻は、雅歌に歌われそうな二頭の並んだカモシカのよう。
腕も、すごい力で、上腕だけで、子どもをバーベルのように何度も上下できちゃう。
私の背中もすごいと思っていたけど、そんな自慢は一瞬で砕かれる本気の身体。
ちょっと手があくと、もっぱら、身体のどこかを鍛え始めるんだもん。




エレミア 50章

その日、その時、ー主の御告げー
イスラエルの咎は見つけようとしても、
それはなく、
ユダの罪も見つけることはできない。
わたしが残す者の罪を、
わたしが赦すからだ。
エレミア 50:20
同じように、罪を犯しても、残される人と、取り去られる人がいる。
運命のいたずらとこの世界は言うけれど、そうじゃない。
悔いた心、砕かれた魂の値打ちは、きっと人には見えず、みんな同じ罪びと。
昨日は賛美の奏楽の奉仕と合わせて、北側のチャペルの日本語ミニストリーでの礼拝しました。
クリスマスということもあって、たくさんの人が来ていました。
知らない人もいっぱいいた。
ピアノの近くに座りたかったけれど、そこもいつの間になくなり、ズリズリとワニのように後ずさり、後ろの方に席を確保しました。
講壇の上のピアノの前からしか見たことのなかった会衆が良く見えました。
知ってる気がする女の子を見つけました。
13歳だと思いました。
出会った日から今日までの10年間がその子の身体で測ることができました。
私の始まりに一緒にいた女の子。
10年分のドラマを生き抜いて、人と神にたっぷりと愛されながら、純粋に、美しく、聡明に成長していました。