Friday, January 9, 2015

74度への対応

書こうかな、どうしようかな、書きたいな。
日本で両親が読んでいて、こういうネタに素早くネガティブに反応するので、ちょっと心配だけど、でも主観的には、とても興味深いので書いちゃおう。
今朝、園舎のエアコンが73度に設定されていて、(これってひらたく言うとクーラーが効いているってことなのよ、この1月の真冬に、信じがたいことに)教室の天井から、恐ろしく冷たい風が吹きつけ、決して文句を言うまいと心に決めている、空調係さんに、「ちょっと寒いと思うのですが」とおそるおそる伝えると、一度だけ、温度を上げてくれました。
それでも、私は震え続け、外遊びの時間にお庭でやっとひと心地つき、走り、温まり、再び、園舎に戻り、74度のエアに震えがもどり、ついに、TシャツonパーカーonTシャツ、のさらにその上の首のあたりにカイロを着用。
これいけた。
すばらしいく温かい。
ほっかいろばんざい!
夫が雪山に行く私を心配して買ってきてくれたのだけど、はっきり言って、ビッグベアのゲレンデは幼稚園の園舎よりも暖かかった。
だからカイロはそのままバックの底に持ち帰り、今日、その威力を発揮。
すばらしいあたたかさ。
首において、私は自分が自分を取り戻すのを、文字どおり、肌で実感・・・。




今が一番すき

おつかれさま。
どんな、一週間でしたか?
いろいろあったことでしょう。
でも、ともかく、終わったよ。
週末です。
ゆっくり休んで、そして、新しい計画についてじっくり考えましょう。
私のスゴロク人生はスタート・オーバーだけど、
前を向いて、明るく楽しく、わくわくとやり直します。
帰りのクルマの中で思ったこと。
私は今が一番すき。
今の自分が過去のどの私よりも好き。
体力は衰え、見栄えもぱっとせず、この世界の価値基準からどんどんどんどんずれてゆく私。
それでも、一歩一歩イエスさまに近づいていると思えるから、だから、今が一番すき。



音楽への憧れ・果てしない夢

あっというまに金曜日。
いつになく長くもらった冬休みが明けて、やっと調子が戻ってきたと思ったら、もお。です。
月曜日の朝、シャワーから飛び出したあの瞬間から、私はある一点を目指して走り出そうとしていました。
そこに向ってアドレナリンが放出しっぱなしの一週間だったから、今日、この金曜日、少し落ち着こうと思います。
髪の毛を泡だらけにしてシャンプーしていたあの瞬間、「!」と思い浮かんだのは、木曜日のアフターキンダークラスの音楽の時間にやってみたかったこと。
でも、新学期から木曜日のクラスの子どもの数が減り、ふたたびひとりで仕事をすることになりました。
どんなに子どもが少なくても、ひとりでは指導できない活動だったのでしぶしぶ将来に見送りです。
でも今は、ちょっと地味だけど、別な新しいアイディアにわくわくしています。
パワーポイントを使えば、手元のリモートで、ピアノから視覚教材をぱたぱたと見せつつ、音楽も作ってあげられるかもっという可能性について研究中。
10人足らずの子どもたちが、ラップトップのまわりに正座して、パワーポイントに作ってあげるリズム譜を見ながら、廃材を利用した手作りのパーカションを叩くという構図。
なんだか、おばあちゃんちの居間に親戚の子が集まって合奏してるみたいなイメージだけど、
これなら機械的にどんどん流れる音にではなく、子どもたちの気もちに合わせたピアノの伴奏をつけてあげられるかもって考え中。
どお?楽しそうって思わない?

Thursday, January 8, 2015

目指せ・天国的成功

おつかれさまでした。
どんな1日でしたか?
いろいろあったことでしょう。
私もいろいろありました。
でも、とっても良い日でした。
神さまは、いつも私の強い味方です。
前に、こんなことを書いて、敬虔なクリスチャンから非難のメールが届いてびっくりして、傷ついたことがあったけど、でも、誰になんと言われようと、やっぱり、そう思う。
どこからどう考えても、神さまは私の味方です。
祈って決めたことの責任は、いつだって100パーセント神さまのもの。
神さまが、ずべてをカバーしてくださる。
もみくちゃになって遊んだ1日。
子どもたちとひとつになって。
たくさんいたらできないことってある。
それをやろう。
去年もそうしたのだもの。
たった4人の子と私とで。
そして、たくさんのしごとをなした。
神さまがなした。
それが今も続いている。



隠居の計画

雪山の帰り、渋滞に閉じ込められたクルマの中で運転をしてくれてたコ・ワーカーとおしゃべりをしていた時のこと。
「子育てが終わったらた、何をするんですか?」って聞かれて、質問の意味について考えることひとしきり。
子育てって終わるだっけ?
終わるんだ・・・。
それは、ちょっと考えたこともなかった。
私は、お庭に、家とくっついたミニチュアの灯台を作って、そこで港の船が出入りするのをながめながら、文章を書き続けたいっていう夢があります。
でも、書く内容は、これまでどおり日々のこと。
幼稚園や教会や家庭でのあれこれ、幼稚園を退職したら、ボランティアで手伝わせてもらう小さな子の教育やミニストリーなどなど。
だから、きっと我が家の子どもたちが大きくなってこの家を出て行って、結婚してしまっても、その後の彼らについてちまちまと書き続けていゆくのだと思います。
でも、「私はお庭に灯台を建ててそこで灯台守りになるのが夢なの」とはとても言えなかった。
そうそう、ピアノをどうするって問題に、最近気づいたのよね。
日本の実家に置いてきたKAWAIのグランドを運ぶのも私の長年の夢のひとつなのだけど、ちょっと灯台には入れられないでしょ。
私の思い描いている灯台って螺旋階段プラス畳2枚分ぐらいの小さなスペースなんだもん。
螺旋階段の上り口の横に小さい練習室を作るはどうかしら。
スタジオ付き、灯台。
まだまだ子育ては終わらないので、じっくりゆっくり考えることにします。


Wednesday, January 7, 2015

スゴロク人生

今朝、苦し紛れに作ったカレーは売れに売れ、おなべはからっぽ。
いつもは、怒られながら3分の1をのらりくらりと食べるのがやっとのはなが、なんとおかわりをしてくれました。
賢人にいたっては大盛りで2杯。
ふりだしにもどるって素敵
だって、まだなんの失敗もないのだもの
なにが神の祝福を受け、なにが人に受け入れられるのかは、実のところ、なぞです。
それで(話は一見飛ぶけど、私の中ではいっこなの)小さな人に音楽を教えたい気もちは、素直に、共に楽しむという形でゴールを目指すことにしました。
耳に届く音楽を作る人と、身体の動きを作る人とは、同時には絶対に無理。
ピアノの弾きながら、実際に子ども達の中に入って音楽がどんなふうに聴こえいるかを聴いてみせるのは、ひとつの身体ではできません。
そこで、リモートでコントロールできるデジタルな、音源が登場してくるわけど、でも、それをぜずに、どこまでひとりでできるか実験してみようと思います。
誰も私に何の期待もないから、だから、心を自由にしてこの世界の常識を忘れて、とにかくやってみることにしました。
再び、ひとりです。
与えらて大喜びしたパートナーは、わずか4ヶ月で自ら自分は必要ないって感じてしまいました。
人生はまるでスゴロクね。
喜んではがっかりし、悲しんでは再び元気に新しいゴールを目指します。
でも、だいじょうぶ。
ひとりの時ほど、神さまが近くに感じるから・・・。



かわいすぎる人々

ただいま。
1日中、小さい人たちに囲まれて右の耳と左の耳と、右の手と左の手と、右の脳と左の脳とで同時に、違う目的の必死な訴えに応えようと懸命だった私。
でも、なぜか1日中、笑い崩れていた。
これは私の拙い文章力では、ちょっと書けないおもしろさ、楽しさ、愉快さ、そしてその造られた命の純粋な真面目な生き様をまのあたりにする感動。
甘えん坊も、泣き虫も、KYくんも、いばりん坊も、恥ずかしがり屋さんも、怒りん坊も、正義の味方も、みんな真剣に生きている。
真剣に生まれてきて、真剣に生きている。
その真剣さが、感動的にどうしようもなくかわいい。
長距離をドライブして帰ってきても、まだかわいくて、思い出し笑いができるほど。
いったい、これほど、かわいい生き物集団が他にあるでしょうか。