彼がのろうのは、
主が彼に、「ダビデをのろえ。」と言われたからだ。
だれが彼に「おまえははどうしてこういうことをするのだ。」
と言えようか。
ほうっておきなさい。
彼にのろわせなさい。
主が彼に命じられたのだから。
主は私の心をご覧になり、
主は、きょうの彼ののろいに代えて、
私にしあわせを報いてくださるだろう。
2サムエル 16:10&12
ウリヤの妻、バテ・シェバを盗み、妊娠させ、それをもみ消そうと企んだけど、ウリヤの正しさによって失敗し、そして、ウリアを闘いの前線に送って殺したダビデ。
それを境に、ダビデの人生はがらりと様子が変わります。
でも、変わらないこともあった。
彼という人は、やっぱ、どっか、どんな時も、基本、大らか。
そしてポジティブ。マイペース。
育ちの良さが、どんな時にも、どんな悲惨な状況の中からも、彼からほのかに匂ってしまう。
それは、エジプトに売られたヨセフと共通する育ちの良さ。
人を羨やまないし、恨まない。
羨まれても気付かず、恨まれても気にしない。
父に愛され、大切に教えられ、育てられた子だけが持つ、のんびりと大らかな信仰っていうかね。
そして、それだけは、どんなに努力しても自分では得ることのできない、贈り物だと思う。