Tuesday, June 4, 2013

みこころ100パーセント・がんばる決心1パーセント

賭けをしていました。
ずっとちっちゃい頃からずっとやっている私のおかしな習慣。
「ど・ち・ら・に・し・よ・う・か・な・て・ん・の・か・み・さ・ま・の・い・う・と・お・り」
CPRのクラスを幼稚園で金曜日に受けられて更新できたら、今の仕事を今のまま続けよう。
もし、そうでなかったら、新しい場所で新しい仕事に就こうって。
そして、来年度もがんばって遠距離通勤することにしました。
今、私の心は静かに平和そのもの、それでいて溢れんばかりの喜びで一杯です。
神さまが、私の仕事に、ヨセフな私の遣わされ先にとってもとっても大きな関心があって、『どこでも祝福するよ』、じゃなくて、『そこを祝福したいのだよ』って言ってくださっている気がしてすごく幸せな気持ちなのです・・・。
偶然ではなく、私はここに遣わされた。
私がもらった天国の祝福を運ぶ場所に選ばれた地上、私はそこに毎朝、ものすごい渋滞の中を1時間半をかけて通ってきたのかもしれない。
私は、今だかつてどこにも誰にもなんの、コミットメントしたことのないし、教会生活も、この結婚ですら毎日が神さまの奇跡だけど、でも、ここで、この幼稚園でがんばってみようかなって思うのです。
この遠距離通勤、この幼稚園、このボス、この教育理念、ここを自分の職場、私の居場所と思うことにしてみようかなって。
みこころ100パーセント、がんばる決心1パーセント。
でも0から1。「ない」から「ある」。この変化は大きい。






Sunday, June 2, 2013

starting pont~はじまりの家


日本人が、神社やお寺やお墓に行って、何かに向って拝んだり、願ったり、考えたり、感じたりするでしょ。
私はその気持ちがよお~くわかります。
今日、そんなことをしてみたのです。
はなとRedondo Beach Blvd の方のマルカイでランチを食べた後、昔、住んでいたアパートに行って、そこの前ではなと一緒にお祈りをしてきたのです。
よくクルマを運転していて迷子になる私は、マルカイに入る直前の通行止めをUターンしながら、心配そうなはなに何気なく、「大丈夫。ここでは迷子にならないわ。ママは昔、ダディとこのあたりに住んでいたのよ。」と言いました。
はながとってもおどろいて、まるで現実味のない話を聞いているような様子だったので、マルカイで楽しく例のラーメンセットを食べた後、住んでいたアパートを見せに行ったのです。
とっても懐かしくて、泣きそうになっちゃた。
すごく仲が良かった夫と私のこと、夜ふたりで歩いてごはんを食べに出かけたこと、アダルトスクールの友だち、そして生まれたたばかりの賢人のこと、ストローラ押して散歩した日々、そんなことを次々に思い出しました。
私が祈って、はながアーメンと言ってくれました。
私のアメリカ生活をこれまで、導いてくださり、ありがとう、どうか、私たちの結婚をここに住んでいたあの頃のように新鮮に養ってくださいと、そう祈ってみました。

私はヨセフ


主がヨセフとともにおられたので、彼は幸運な人となり、そのエジプト人の主人の家にいた。
彼の主人は、主が彼とともにおられ、主が彼のすることすべてを成功させてくださるのを見た
それでヨセフは主人にことのほか愛され、主人は彼を側近の者とし、その家を管理させ、彼の全財産をヨセフの手にゆだねた。
主人が彼に、その家と全財産とを管理させた時から、主はヨセフのゆえに、このエジプト人の家を祝福された
それで主の祝福が、家や野にある、全財産の上にあった。
創世記39:2~5
左の記事とは何にも関係ないけどお誕生日をむかえた
えりかちゃんと賢人

今日の朴先生のメッセージ箇所です。
すごいですね。
時間的、立体的なメッセージに頭がくらくらしてしまいました。
ここの箇所が頭の中の大きな透明の立方体の中に時間の流れにそって、それぞれの行動が映像になって流れ、祝祷の時には、感動で立っていられないほどでしした。
私が一番、大好きだったのはこの「見た」のところの朴先生の解説です。
ああ、もう一回聞きたい。
録音してあるのかなあ・・・。
そう、私は、ちゃんと見られているのだ。
だから絶対に、決して、何にも、無駄じゃない。
私は、黙っているけど、でも無言のメッセージを放ちながら生きている。そう、信じてみよう。
ヨセフが大好きです。
私は今まで自分がヨセフのような不幸に見舞われような気持ちに何度も何度もなって、そして、その数ほど、ヨセフのように幸せになってきたことを思い出すことができます。
ひとつひとつをくっきりと覚えていて証することができるのです。
それは、見捨てられたような気持ちだった私をいつもまわりのノンクリスチャンたちがひきあげてくれたからなのでした。
私はずっとずっと今日まで、そのことに気づかずにいました。
誰かが私のことを、じっと見ていたのです・・・。ハレルヤ!
*記事のタイトルを「私はヨセフ」にしたのには訳があります。メッセージの後に朴先生に、「素晴らしいメッセージをありがとうございました。私もヨセフになりたいです。」と言ったら、彼に「いいえ、あなたはすでにヨセフです。」と返されたのです。心情的には「ヨセフになりたい」がしっくりくるタイトルだけど、でもあえて、信条として、「私はヨセフ」にしてみました。




ハッピー・バースデー

 
今日は賢人のお誕生日です。
16歳。
昨日はえりかちゃんのお誕生日でした。
ここだけの話、今日はユースグループでふたりのお誕生日をサプライズでお祝いすることになっているようです。
だから、今日は賢人はサーフィンはお休み。
昨日は、えりかちゃんのお祝いを賢人とあれこれ相談しながら、楽しく準備しました。
私はAbercroの香水、賢人はBarnes&Nobleのギフトカード、はなはバースデー・カードをそれぞれ選びました。
えりかちゃん親子は昨日、美容院に行ったり、ネイルしたり、ゆっくりとお食事をしたり、親子みずいらずの素敵なお誕生会だったようです。
私は、昨日、主に委ねた夢を、いつか、昨日のえりかちゃん親子のような1日にして、主がプレゼントしてくれたらいいなって願いはじめています。
祈ってみようかな。こっそり。(神さまに秘密で神さまに祈るってすごい矛盾だけどでもなんとなくわかるでしょ、わかって・・・。)

Saturday, June 1, 2013

よりかかりたい病の処方

誰かによりかかりたいって思ったことはありますか?
私は、実は今朝まさにそう思っていました。
でもこんな気持ちってなかなか口に出せません。
クリスチャンならまず、まちがいなく、「神さまによりかかれば」と言うでしょう。
普段、どた~と無意識に、いろんな人によりかかって生きているクリスチャンに限ってこんな言葉に素早く反応し、急にシャキーンと勝ち誇ったようにそう言うのです。
だからああよりかかりたいよりかかりたいと思いながら、誰にも言わずに必死に耐えていたのだけど、よりかかりたい気持ちがついにピークに達した気がして、これはマジまずいぞっと思いシャワーを浴びることにしました。
とりあえず、土曜日に家の中でひとりになるにはそこしかありません。
熱いシャワーを浴びながら、必死に祈るのだけど、よりかかりたい気持ちはどんどんどんどん大きくなります。
のぼせるほどに祈って温まって、シャワーから出たけど、気持ちに変化がないので、ベッドにつっぷして、よりかかりたいよりかかりたいと思っていたら、賢人がふらっと部屋に入ってきました。
私の心の内の葛藤など何にも知らない賢人に、びしっと「今日はママに何も頼まないで。ママは誰のこともどこにも連れていけないの。ママは今泥のように悲しいの。誰かによりかかりたくてよりかかりたくて大変なの。」と言い放つと、彼は私の脇に座って、日本語でゆっくり祈ってくれました。
その祈りは確かこんな感じです。
「神さま、ぼくのかーさんは、今、誰かによりかかりたくて泥みたいに悲しくなっています。どうか助けてください。力をください。」
そしてはながどこからともなく現れていて、私の背中に近づき、そっとでも力いっぱいにぎゅううう~と抱きしめてくれました。
夫も私の中の危機的何かを察し、私のどろどろのシビックを洗うために乗ってでかけてくれました。
私にはひとつの小さな夢がありました。
私の数あるたくさんの夢の中で一番小さなその夢は、一番遠くにあって、一番難しい夢でした。
その夢を、今日、きっぱりと神さまに委ねる決心をしました。



ハンバーガーとジャケットとサーカスのこと

今日は、はらぺこ賢人とIslandsにランチに行ってきました。
大きなハンバーガーを1個と私のを半分食べちゃった。
ものすごいたべっぷりです。
はなとランチに行っても半分こ。
賢人とランチに行っても半分こ。
オーダーをする時も、半分こを考えて相談しながらだから食事は2倍に楽しい!
そして、来週のピアノの発表会でジャケットを着たいと言っているので素敵なのを見つけにDelAmoへ。
まわりがどんなにおしゃれをしていても、ドレスコードがどんなに厳しくても、いつでも黒のリーバイスに黒のコンバース、白のラルフ・ローレンのボタンダウンシャツでピアノを弾いてきた賢人。
5年生の6月からからかれこれ5年間、サイズを大きいのに変えながら、ずっと毎年全くおんなじスタイルだった。
毎年毎年、それはそれは頑固に。
どうやらそれを変える決心をしたらしいです。
あおむしくんのように脱皮かしらね。
変化を好まない男・石島賢人の変身・・・。
5年ぶりに。 
夕方は約束どおり、はなとサーカスに行ってきました。
はながとっても喜んでくれたから私もうれしい。
でもやっぱりサーカスって好きじゃなかった。
好きじゃない気がしながら行って、でも本当は好きかもって心のどこかで期待したけど、やっぱり予想どうり好きじゃなかった。
うまく説明できないけど、幕の向こうはあんまりみんなハッピーじゃない気がするのです。
でも、サーカスに集まった子どもたちのうれしそうな笑顔がとても印象的だった。
新しくできた大きな埠頭の海の上のサーカス。
とってもロマンティックなロケーションに思わず場違いなため息をついてしまいました・・・。
大きな埠頭はまるで小さな島のよう。
まわりはぐるっと海で、私はサーカスなんてどうでもいいからここで、サンセットを眺めたいわ~と後ろ髪を引かれる思いで、帰路に着きました。
ここってうちから7分の町内!
サン・ペドロなのです。
しらなかったわ。
サン・ペドロにこんなにロマンティックな埠頭があったなんて。





野良猫とパトリシアのこと

土曜日の朝、ベッドの中で、「!。・・・・。よかった土曜日だった。」って思うのが大好き。
そして、5分ぐらいずっとその感じを味わいます。
味がしなくなったら、よろよろと起きるのです。
今週は、本当にいろんなことがあったからまるで、宇宙旅行を終えた宇宙飛行士のような気分で、本当によろよろと起きてきてとりあずコーヒーなど作ってのんびり飲みました。
今週の私ってこんなかんじ
はなの全身麻酔にはじまり、ブランコ髪の毛からまり事件、そして庭で野良猫が子猫を4匹生み、電話インターネットテレビをディスコネクトされて週末をむかえました。
おかげさまで書くネタには事欠かない私の波乱万丈な人生。
そういえば『おはようスポルジョン』をNHKの朝の連続ドラマのようと言った人がいたっけ。
絶対悲惨にならない安心をもってちびっちゃい事件を楽しめると。
なぜか、見ないと忘れ物をしたかのように落ち着かないって。
でもメインキャラクターの私たち家族は、これでもかなり真剣に生きているのだけどね。
そう子猫。
すっごくかわいいけど、親がものすごいワイルドなのでちょっと近づけません。
ハイビスカスの茂みの中にこんもりと丸い空間を作り出して暮らしています。
もう少ししたら、親がおなかをすかせて出て行くと思うのでその隙に写真など撮ってみます。
それから電話は携帯電話で電話会社に連絡をして1時間ほどああでもないこうでもないと調べてもらってやっと解決しました。
at&tのオペレーターのパトリシアの忍耐強さに神のご栄光を見た気がします。
私は怒った時だけ、英語がぺらぺらになるのだけど、昨日はまさにその英語がぎんぎんにぺらぺらの日で、側にいた賢人が、目をぱちくりさせておりました。
アカウントがいつの間にか、(っていうかプランを変えた時に、古い方がクローズされ、新しいのが開かれた際に)2個になっていて、私は毎月その古い方に、新しい請求を払っていて、閉じられたアカウントにクレジットがたまり、新しい方には全く支払った形跡がなく、サービスを切られてしまっていたようです。
電話で支払いをすませると1分後に電話は生き返り、3分後にインターネットもつながり、30分後にテレビを映るようになりました。
at&tばんざい。
さて、今日は、はなが昨日学校でお友だちに割引券をもらってきたので、小さなサーカスに行ってきます。