Monday, May 5, 2014

顔をあげて

そして、あなたがたは真理を知り、
真理はあなたがたを自由にします。
ヨハネ8:32
今朝、目覚めてからしばらく、昨日の礼拝、メッセージ、聖餐式のことを考えていた。
主の前に小さくひれ伏し、顔をあげることもできない私、一週間のうちに何度もイエスを十字架につけた私は、同じように、顔をあげるのことのできない、自分の罪に傷つき、癒しを求める礼拝者達を得た。
それが、私に与えられた新しい場所。
聖餐式のパンをおいしいと思った。
主の食卓の前に立ち、それを口にしても、私は自分の罪によって、燃えてなくならないのはとても不思議。
真理はイエス・キリストとメッセージの中で教えられました。
私はそれを知っている。
正しく、考えたり、感じたり、話したり、動いたりできない私なのに、知ることだけはできた。
霊によって。
聖餐式のパンをかみしめながら、そう思った。

あなたと私の新しい一週間が、良い日々でありますように。
わからなくなったら、空ををみあげてください。
私もそうします。
あなたが見上げる空と私がみあげる空はつながっているから、ひとつの大きな空だから。

Sunday, May 4, 2014

おいしく、きれいに、心をこめて

たくさんの人が読んでくれたこと、本当にうれしいです。
心から、ありがとう。
くじらの親子とイルカに会えた遠足の日のこと、そしてその直後のハプニング、長年の夢と現実に示される仕事について、それからやっと見つけた大切なこと。
一生懸命に書きました。
だから、読んでもらえて本当にうれしい。とても、とても。
コンピュータを借りていて偶然見つけた写真
どこだろう、いつだろう
すごくいい顔だったから買ってに拝借
今日は予定通り、かりんちゃんをサンデー・スクールに連れてゆくことができました。
かりんちゃんをクラスに登録して感無量。
私を信頼してかりんちゃんを預けるくれる早苗ちゃんに感謝の気持ちで一杯です。
はいはい時代からの友だち、ストローラーを並べて歩いた仲だものね。
8年を経て、ようやく伝道へと導かれました。
そして、賢人は今日、今年初めてのなおくんのサーフィングループにジョイン。
大きなベテランの人たちと一緒だと、私も安心して、海に彼を預けることができます。
大人の新しい友だちが、彼に親しくあいさつをしながら、私のクルマまで一緒に送って来てくれました。
プエルトリコからの移民の2世で、カリフォルニアにはきたばかりだそうです。
6年生だった頃の賢人はとても証なんてできなかったけど、今はそうでもないみたい。
今だに最年少だけどね。
夕方、はなとお買い物に行きました。
今週は、お料理をがんばります。
おいしく、きれいに、心をこめて、愛をこめて。








持っててね、大切な旗だから

私は心を尽くして主に感謝します。
あなたの奇しいわざを余すことなく語り告げます。
私は、あなたを喜び、誇ります。
いと高き方よ。
あなたの御名をほめ歌います。
詩篇9:1,2
火曜日の遠足の後に、「くじらの親子とイルカの群れが私たちのボートに会いにきてくれました。お祈りのおかげです。」と祈り会に報告したら、この聖書のことばが送られてきました。
宝物として大切に胸に刻みました。
『証し人になりたい』って思って、そう書いたことを神さまは喜んで読んでくださったのだなって、思いました。
今朝、もう一度、読んでみました。
気もちと、考えと、やりたいこと、やるべきことが、ちゃんと書けた日だったなのだとあらためて思います。
こんな私にも、そんなヒットの日があるのね。
それもこれも、みんな神さまのおかげ。
ここ数日、将来の夢や夢をかなえるための方法が頭の中でごちゃごちゃになって大変でした。
いろんな色の毛糸が絡まって、どこからどう、解こうかなって途方に暮れかけていました。
心が希望で膨らんでいるのはわかるけど、どうしようもなくあふれる高揚に、「でもなんで?でもなんのため?」と聖書的にちゃんとわかりたい気持ちがあふれる喜びを「まあ、まあ、落ち着いて」っておしとどめようとがんばっていた。
でも、今朝、『証し人になりたい』を読んで、私の祈りや、喜びや、満足は、全部それを、余すことなく語り告げること、主をほこり、御名をほめうたうためなのだと思えました。
そう、私は証し人になりたいのです。
週末、一週間の献立を立てて、お買い物をします。
献立のコンセプトは〝簡単〟
月曜日の仕事が始まったら、それを、食べたくても食べたくなくても、おいしく出来ても出来なくても、機械的にとにかく、夕方、5回、家族に出します。
でも、今日は、〝簡単〟じゃなくて、〝家族の笑顔〟というコンセプトで献立を立ててみようと思います。
私の願いや、祈りや、神さまの知恵の献立が、もし家族の笑顔として実を結べば、また、私はそれを書くでしょう。
福音を楽しく、わかりやすく、子どもたちに伝えるという大きなゴールを旗のように掲げていました。
大きな旗なので、それを雨の日も、風の日もまっすぐに立てているのは、大変でした。
片手で必死に旗を立てたまま、もう片方の手で一般の幼稚園で働き、家族にごはんを作り、教会でその仕事に召しだせるのを待っていたのかもしれません。
大切な旗は、神さまに持っていてもらうことにします。
そして、私は自由になった両手で、精一杯に祈りながら、力一杯の仕事をしよう。
やっと、ここまできたよ。
ありがとう、神さま。


Saturday, May 3, 2014

ち~ん!②

のんびりと、好きなことをしてすごしました。
お庭に水を撒き、好きな草花を摘んで、お部屋に飾り、ゆりかさんに電話をかけて、ち~ん!とひらめいたことを聞いてもらいました。
それから、掃除、洗濯、亀のチャイタの水槽をきれいに洗いながらも、ずっと、ち~ん!のことを考え続けています。
好きなことはたくさんあります。
読むこと、書くこと。
ピアノを弾くこと、歌うこと。
小さな子どもたちに教えること、一緒に遊ぶこと。
散歩と山登り。
詩をつくること、写真を撮ること、絵本を集めること。
庭仕事と家事、食べたいものを作ること。
そう、私は、実は家事が大好き。
自分で言うのもなんなのだけど、仕事の動作と、物や道具をコーディネイトするのが実はちょっと上手なんです。
使う場所や頻度を考えて、物の量やしまい場所やしまい方を考えることに、不思議な喜びを感じます。
これを賜物と呼べるかどうかは別として、この『好き』を仕事にいかすことを考えているのです。
これ、かなり、ち~ん!だと思うんだよね、うん、うん。

The Gift

朝、目が覚めたら夏の匂いがして、うれしくなって飛び起きて、本当かどうかお庭に裸足で出て行って確かめた。
うんうん、確かに夏の匂い。
大好きな匂い。
それから、コーヒーを作って、ラップトップを開いて、夕べ書いた記事を読んで、ちょっと直しました。
それでも、全然書き足りません。
私は、神さまから生まれた時にもらったものや、その後、好きでやり続けて得たものを、全部ちゃんと、誰かのために使っているかなって考えてみています。
人のために使えば使うほど、磨かれてゆくはずの賜物を、出し惜しみして、ダメにしてはいないかなって。
そして、誰のため、何のため、どんな目的のために使うことを望んで、神さまは私にこれをくださったのだろうって。







Friday, May 2, 2014

ちーん!

今週もいろんなことがありました。
長い一週間でした。
月曜日、週末からの、『幼稚園が遠足のためにチャーターしたお船にくじらが会いに来てくれますように』と祈ることに明け暮れながらスタート。
火曜日、祈った言葉、見せられた幻、夢みたイメージが、願った以上の現実となり、へろへろと、ほんのわずかなビデオを撮る他、何もできないほどに感動しまくりました。
水曜日、生きて働く主に酔い、夢をみているみたいに、ふわふわしながら、でも頭は、心や体の心地良い疲労感とはうらはらに、勝手にくるくると次のステージに向けてやるべきことを考え始めていました。
木曜日、よしっと、辞める意志を伝えようとしたその日、準備していた気もちをこっぱ微塵に打ち砕くような、決定的、徹底的に許しがたい、場面に出くわした。
あまりの無責任な教材や制作素材の取り扱いに意見をすると、耳を疑うエクスキューズが返ってきて絶句した。
そして私は、辞めることをとりあえず脇におしのけ、例によって、解決策について真剣に考えました。
運転しながら、一休さんのように、心を静め、無心に、こんこんと。
金曜日の朝、そう、今朝、ちーんとマイクロウェーブのタイマーがきれるかのように答えが出たのです。
すごくいい、考え。
さて、これをどう表現しよう、形にしよう、実行しよう・・・。
まずは、じっくり祈りたい。
うん、話はそこからだ。(ち~ん!②に続く)



Thursday, May 1, 2014

最悪・最低

最悪なものを見ちゃった。
ばっちり。
最低な気分。
要領のいい人って大きらい。
ちっちゃい頃から、ずっときらい。
どんどん嫌いになってゆく、要領いい人々。
そして、もうすっかり大人だから、すっかり大きらい。
要領のいい人って書いて偽善と読もう、これからは。
それは単に偽の善なのに、悪より悪い。
シンジラレナイ。
信じたい。
シンジラレナイ。
信じたい。
神さま、助けて、最悪です。