Sunday, March 21, 2021

噂の「修道院の食卓」


さまざまな栄養学的常識が生まれては消え、消えては生まれ、うるさいほどに新しい情報が蔓延する昨今、クリスチャンにとっては、これぞ決定版と思える常識にやっと出会えた気もちです。
うすうす、そうではないかな〜、いや、絶対そうでしょう、と思い続けてきたことを、みことばと照らし合わせて、はっきりと書いてくれて、確信させてくれて、ほんと、ありがとう、という1冊です。
ごはん、パン、麺が大すきで、野菜と豆類をおかずにほとんどそれらに頼って生きてきたこの生涯、それらによって造られた自分の身体をよしよし、と思いました。
断しゃりという言葉(を間違えて理解したのだけど)に震え上がり、その言葉の聞こえるところには決して近づかないようにしていた私。
炭水化物に含まれるお砂糖の量を知ってる?と言われると、急に認知症の人のようなあいまいな笑みを浮かべていた私。
でも、これからは堂々と胸をはって、ごはんとパンと麺が大すきです、と言って生きてゆきたいです。
今週の土曜日がこの本の返却日なのだけど、それまで、朝のひと時で、できるだけ、要領よく要点をかいつまんで、紹介したいと思う。
おいしいビールやワインの成り立ちも、夢のような幸せや癒し、疲れの回復を与えてくれるデザートも、全ては神さまから贈り物であることが、はっきりとわかる聖書的栄養学の分析に、ぱちぱちぱち。
模範的良いクリスチャンになろうとするあまり、好きなものを遠ざけて、ストレスを溜めまくり、周囲の人を裁き、傷つけ、遠ざけてきてしまっていた人に、是非とも知ってほしい事実がてんこ盛りです。

ふるさと


聖なる安息の日曜日、歩けなくなった父のために、父と母と私の小さな家庭礼拝を建て上げて一月、ついに賛美奉仕者が立てられた。
いえ〜い!
今朝は父のハーモニカで「ふるさと」をフルコーラスで母と一緒に歌いました。
♪志を果たして
いつの日に帰らん
山は青きふるさと
水は清きふるさと♪

賛美の後は、お祈りをして、えりさんが送ってくれたマナを囲んでみことばの取り継ぎに聞き入り、最後にもう一度祈って、礼拝を閉じました。
私たちの小さな礼拝を祝福し、もっとみそばに近よせ、深みに漕ぎ出させてくださいとお祈りしてきました。
天国で喜ばれる礼拝へとより大胆に成長してゆきたいです。
来週は「いつくしみ深き」が歌いたいです、と賛美奏楽者の父にお伺いを立てたところ、さっそく練習をしていました。
礼拝の後は、ひとりのお祈りとお買い物を兼ねて、歩いて近所のミニ・ファーマーズマーケット行ってきました。
所持金は500えん。
予算の全てを投じて、チーズケーキとさつまいもタルトとおはぎをふたつ買って帰りました。

Saturday, March 20, 2021

春のわくわく


見なさい。
あなたがたが散らされて、それぞれ自分の家に帰り
わたしをひとり残す時が来ます。
ヨハネ 16:32

最も愛された3人のみ、主の悲哀の奥義のベールに近づくことができた。
しかし、ベールの中には、これらの人々も入ることができなかった。
1人として主と事を共にした者はなかった。
主の御悲哀には、人の知識と同情の達し得ぬ聖域がある。
「彼が与えたもう測り知れぬ喜びのすべては、測り得ぬ苦痛をもって買われしものなり」
今朝のスポルジョンのメッセージです。
イエスさまがいのちがけで、敵の手から守ってくださったものが私たちの測り知れぬ「喜び」だったことは、私たちが、簡単にそれを敵に渡してはいけないということ。
いつも、どこでも、どんなことがあっても。

聖なる安息の日曜日、父と母と私の3人で家庭礼拝をします。
父にハーモニカで賛美歌を吹いてもらえるか聞いてみようと思う。

それから、2週間ほど前に偶然みつけたミニ・ファーマーズマーケットにも行ってみたいです。

昨日洗ったタートルネックのセーターにアイロンをかけてベッドの下に用意した箱に、防虫剤と一緒にしまいたいし、今日は木綿でできたオーバーを洗濯機で洗いながら、それと平行して、マフラーや手袋などを、昨日と同じようにタライで手洗いしたけけど、どうかな、そんなにたくさんこと、できるかな。

春がはじまった日


今朝、ひさしぶりに夫から電話がありました。
とても元気そうでした。
父と母のことを、色々聞いてくれたので、保険やデイケアのことなど、色々報告しました。
それから、小雨まじりの中、新しい靴を履いて、お散歩をしてきました。
ぴかぴかの靴、良い履き心地、そしてとても歩きやすかった。
今日のメイン活動は衣替えその①
タートルネックのセーターばかり5枚、タライに入れて手洗いしました。
セーター用の洗剤で、やさしく押し洗い。
柔軟仕上げ剤にくぐらせ、さっと脱水して、家の中に干しました。
明日、アイロンをかけて、ベッドの下に作ったスペースにしまいます。
少しづつ、この冬、私を温かく守ってくれた、母のお下がりの冬服を大切に洗ってしまって、クローゼットに春のお洋服を下げるスペースを作ろうとしているのです。
春のお洋服なんて、1枚も持ってきていないので、また、大変な衣装もちの母から少しわけてもらわなければなりません。
でも、あんそろぽろじーとかふりーぴーぷるみたいな、可愛い大人のお洋服があれば買いたいな・・・。
明日もどうやら雨のようです。
親子3人で家庭礼拝をして、午後は、読書かな。
ゆっくりしたテンポとやさしい気もちの日々、とても幸せです。
この余裕は、長年をかけて、父と母が作り上げた努力の賜物だと思う。
私も自分の家庭の中に、この余裕を作りたい・・・。
 

Friday, March 19, 2021

冬が終わった日

ほら、冬は過ぎ去り、
大雨も通り過ぎて行った。
地には花が咲き乱れ、歌の季節がやってきた。
山鳩の声が、私たちの国に聞こえる。
いちじくの木は実をならせ、
ぶどうの木は、花をつけてかおりを放つ。
わが愛する者、美しいひとよ、
さあ、立って出ておいで。
雅歌 2:11,12

「わが愛する者、これはいにしえの教会が、最も喜ばしい時に主の油を注がれた者に与えた尊称であった。」
今朝のスポルジョンのことばです。
今朝、瞼を開いた時、「ああ、本当に、ここに春が来た。主がおつくりになった美しい春、暖かい春がここにある。」そう思った。
心のどこかで、このまま、寒い冬にしがみつきたいと願っていたと思う。
サンクスギビングにターキーを焼くことができなかった。
クリスマスもどこかに忘れてきてしまった。
港から盛大に鳴り響く霧笛と花火の年越しは聞こえてこなかった。
バレンタインデーには誰からも何ももらわなかった。
お雛さまも飾らなかった。
でも、重たいオーバーと重たいブーツを脱いで、新しい季節の中に踏み出してゆこう、そう思った。
I've made up my mind that I'm going to live my life and be happy.
I'm going to enjoy my life to the fullest.
今朝、ジョエルさんが私に勧めてくれた、新しい心構えです。

衣替え


今日は、父と母、ふたり揃って、朝の8時半にバンでお迎えに来てもらって、一番近所の大人のデイケアに、半日体験に出かけてきました。
私も行きたかったけれど、今はコロナ対策として、体験は本人だけということで、玄関で手をふって、祈りながら見送りました。
出かける直前に3人で心を合わせて、お祈りしたのだけど、父も母も、玄関先から車に乗せてもらい、座席に着いても、ずっと緊張した表情だったので、心配でたまらず、私は、見送った後、どうやって、帰ってくる1時までの時間をやりすごそうかと途方に暮れそうでした。
こんな時、誰もがするように、とりあえず、靴を履いて、外に出、しばらく歩きながら祈り続けました。
がらんと静かな家に戻って、これが今後、日常になるとしたら、どこかでボランティアでもなんでもして、このからっぽを埋めなければと思っていたら、電話が激しく鳴り、家の中があまりにも静かだったので、とってもびっくりして、絶対に悪い知らせに違いないと思って覚悟して電話を取ったら、なんと廣田牧師でした。
私の息抜きのために、外で一緒にお祈りしませんかと言ってくれたので、父と母はでかけてひとりですと言ったら、さっそく会いに来てくれました。
父のこと、母のこと、彼らの今後のこと、そしてLA の家族のこと、彼はずっと「聞く人」となってくれて、私は、しばらくの間、遠慮せずに、でも順序立てて、冷静に、これまでのこととこれからのことをお話しさせてもらいました。
途中で何度か泣きたくなったけれど、でも、きちんと話して整理したかったので、ぐっとこらえて、静かに話続けました。
ずっと、誰とも話していなかったので、本当に、楽になった。
この3ヶ月間で、はじめてこの家でひとりになったその日、牧師がそうとも知らず、私と1対1で話そうと電話をくれたことの奇跡のようなタイミングに主のみ業と、主のために働く牧師の研ぎ澄まされた霊性に感謝と感動で胸がいっぱいです。
父と母は予定通り、1時に若い介助の人に支えられて無事に帰ってきました。
とても疲れた様子だっだけど、でも、満足げでもありました。
気分が良かったのか、父はお昼寝の後、ハーモニカを吹いていました。
やさしくて平和な、良い音色でした。
夕食時に、お祈りとおしゃべりを終えた私が席を立つと、父が母に、「今日は、どうだった?
楽しかった?」と聞いているのが背中に聞こえてました。
追記:靴を買いました
12月9日、LAX発った日からずっとブーツを履いていました
ずいぶん暖かくなって、お花もたくさん咲いているし、もっと軽い履物が必要と思い、えいっと買いました

Thursday, March 18, 2021

Appreciate Today


彼は、不信仰によって神の約束を疑うようなことはせず、
反対に、信仰がますます強くなって、
神に栄光を帰し、神には約束を成就する力があることを堅く信じました。
ローマ 4:20,21

「主にある友よ、信仰を大切にせよ。
なぜならあなたが祝福を受けるのは、信仰によるほかないからである。
祈りも、それが信じる人の熱心な祈りでなければ、神の御座から答えを引き出すことはできない。
信仰は私たちを神に結合させ、神の力を着せる。
信仰は神の全能の力を私のものとする。
主にある友よ、あなたの信仰に注意せよ。
いかにあなたが貧しくあろうと、信仰によってすべてのものを得ることができるのである。」
今朝のスポルジョンのメッセージです。
みことばにある「彼」とはアブラハムのことです。
アブラハムも旅人でした。
人生の中のどの部分も結局は旅の一部です。
私たちは、この世に生きているかぎり、決して、目的地にはたどり着くことのない旅人。
あの山、この山。
だからこそ、その山のひとつをひとつを贈り物だと思って生きたいです。
結婚したらきっと幸せになれるのに。
子どもが幼稚園に入ったらあれをしよう、そうれば夢がかなう。
病気さえ治れば幸せになれるのに。
子どもたちが大学を卒業したら、暮らしが楽になるからそうすれば・・・。
パンデミックさえ終わってくれれば。
そうやって、永遠に、幸せに憧れ続けている時間なんて、私にはない。
人生はとっても良いものだもの。
今、ここで、幸せになることを選び続けよう。
あの山も、この山も、みんな贈りもの。
蒔かれた場所で一生懸命に咲こう。
咲き続けよう。
人生の全てのジャーニーを楽しみたいです。
今日も。