主は主の御声に従うことほどに、
全焼のいけにえや、その他のいけにえを
喜ばれるだろうか。
見よ。聞き従うことは、いけにえにまさり、
耳を傾けることは、雄羊の脂肪にまさる。
まことに、そむくことは占いの罪、
従わないことは偶像礼拝の罪だ。
あなたが主のことばを退けたので、
主もあなたを王位から退けた。
1サムエル 15:22&23
サウルの失敗はなんだったのだろう。
それは、待てなかったこと。
待ちきれずに、勝手に判断してしまったこと。
そして、主の霊はサウルを離れ、わざわいの霊にとりつかれます。
その霊によって、元気を失った彼の元に、送られてきたのが、音楽家ダビデでした。
詩人であり、勇敢な羊飼い、ダビデ。
待つのが辛くなるのは、約束が果たされるのかどうかを、心のどこかで疑い始めるからだと思う。
その疑いが、決定的な不信になる時、人は自分でなんとかしようとしてしまいます。
お母さんが子どもをどこかに預けたまま、もし、迎えに来なかったとしたら、2度とその子の前に現れなかったとしたら、その子の神への信頼はとても傷つきます。
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それが、「三代四代に及ぶ報い」の意味だと私は思う。
不信仰は、確実に受け継がれる。
親から子へ、子から孫へ。
イエスに出会わない限り。
待つのが辛い人、いますか。
私もそのひとりです。
待っている時、ひとりぼっちな気分ですか。
わかります。
でも、ひとりじゃないよ。
イエスさまがすぐそばにいらっしゃる。
見えなくても、聞こえなくても、触れなくても、偉大なるとりなし人、偉大なる祈りの勇士のイエスさまは、いつも私たちと共におられる。