Monday, July 25, 2022

夏の課題図書〜「いのちを望む神」


主のみおしえは完全で、たましいを生き返らせ、
主のあかしは確かで、わきまえのない者を賢くする。
主の戒めは正しくて、人の心を喜ばせ、
主の仰せはきよくて、人の目を明るくする。
詩篇 19:7,8

大分に帰ってきて、早いもので今日で1週間となります。
2階の私の部屋をはなに使わせ、私は父の部屋で寝ています。
父のベッドの父のふとんで眠り、父の聖書を開き、父の本を読んでいます。
私の記憶の中では、ずっと昔からこの家にあったような気がする村上伸という人の書いた、「いのちを望む神」という説教集を読んでいます。
その中から、「神の選び」という章で、心の奥底にまで響く証を見つけたので、少し長いのですけれど、引用させてください。
以下、ある土木作業員さんの証です。
「ある日、何かとても悲しいことがあって町をひとりでフラフラと歩いていたら、教会があった。
なぜかそこに入りたくなって、誰もいない会堂に入ってすわっていたというのです。
悲しくて涙が溢れ出て来た。
長いことそうやって泣いていると、いつの間にか、たぶん、その教会の牧師だったのでしょう。
誰かが自分のそばに腰かけていて、何も言わずに、黙って肩を抱いてくれたのだそうです。
ただそれだけのことだった。
彼はそれから、暇さえあれば、この教会に通うようになり、そして聖書を読むようになりました。
他の本はマンガぐらいしか読んだことはないのですが、とにかく聖書にはどんな難しい漢字にもルビがふってありますから、すべて読めるのです。
讃美歌も、彼の愛読書になりました。
どこに行くにも、この2冊はもってゆく。
旅先で心の通い合う人に出会えば、それをプレゼントして、自分はまた買い求める。
宿舎でも、食事の時なんか、祈るようになりました。
仲間からからかわれたりするけれど祈って感謝してからいただく。」
この証を、著者である村上伸は「神の選び」だと言っています。
私にも覚えがあります。
父にもあったことでしょう。
父のいないこの部屋に寝泊まりすることへの静かな悲しみは、まだ心のどこかに小さくあります。
でも、大分へ帰って来て、父を天国に見送ることのできた喜びを思い出さない日は1日たりともありません。
どこに行っても、何を見ても、父を思い、神さまに感謝しています。
☆高崎山のおさるにも会いに行きました
はなはここをいたく気に入り、群れの入れ替わりから、Poteto Party、まで、時を忘れていつまでもおさるたちを見つめておりました
 

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