信じがたいことに、もう、日曜日の夜です。
今週末の私はひたすら眠り、そして、ひたすら海に通って、波と賢人を眺めていました。
親バカとは、まさにこの私のこと。
どんなに疲れていても、他にやらなくてはならないことが一杯あっても、賢人が行くといえば、ぼさぼさ頭でビーチサンダルをひっかけて、「はいはい」と這うようにクルマに乗り込みます。
でも、朝日の中をビーチに近づくとわくわくし、そしてリフレッシュされるから不思議です。
眩しい朝の光の中、歩く人、走る人、自転車の人の後ろを遠慮がちにのろのろ進み、クルマをつけ、冷たいオーシャン・ブリーズを全身に浴びながら、完璧に近い平安の中で海の前に立って思ったこと。
イエスの足もとに、悪霊の去った男が着物を着て、正気に返って、すわっていた。ルカ8:35 とは、今朝、今、この瞬間の私。
がんばっていたのは、仕事ではなく日曜日の朝だった。
しんどかったのは日々の4個のお弁当作りではなく、日曜日の朝だった。
つらかったのは週日の4時起きではなく、日曜日の朝だった。
でも、今朝は違う。
誰に見せるわけでもなく、ただ神が、神だから、だから神を称えよう。
誰を安心させるためでもなく、神がお造りになった、大きな美しい海の前で、奇しき神の御名を讃えよう。