Wednesday, April 20, 2022

たとえば、たとえば・・・


たとえば教会生活に大きな圧迫感や緊張を感じていたとして(たとえばね)、でも、生きる世界が他にも色々あるというのは大きな救いです。
たとえば家庭、たとえば職場、たとえば趣味の世界、お友だちとの世界。
たとえば家庭内でも、子どものひとりと一緒に大きなプレッシャーと闘っている時(たとえばね)、別の子との楽しい活動でそれが和らぐとか。
たとえば夫との間の険悪なムードが(たとえばね)、何も知らない子どもたちが良いニュースを嬉しそうに話してくれることでぱりんと壊れちゃうとか。
たとえば職場で挫折を味わっている真っ最中に(たとえばね)、教会での奉仕でたくさんの恵をもらって、よしこの調子で仕事もがんばろうって思えちゃったとか。
たとえば弾いても弾いてもピアノの上達があまり感じられなくなった時(たとえばね)、英語の勉強を集中してやってみることで、もう一度、きちんと指の練習からやり直したい気もちになれたとかさ。
たとえば、教会がとても冷たいものに感じられたとして(たとえばね)、地域のYMCAのプールの水とそこで会う人々がとっても温かく感じられ、深く深くお祈りすることができるようなったとか。

だから、何が言いたいかっていうと、心のバランスを保つために、あるいは自信を失ってしまわないためには、生きる世界はひとつでも多い方が良いと思ったのです。
今日、なんだが、唐突に。

☆写真は今日蒔いたひまわりの種

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