Sunday, July 2, 2023

同情できるその理由とは・・・

ですから、私たちは、あわれみを受け、また恵みをいただいて、
おりにかなった助けを受けるために、
大胆に恵みの御座に近づこうではありませんか。
ヘブル 4:16

聖なる安息の日曜日、今朝は4週間ぶりに、高津インマヌエルキリスト教会の藤本満牧師の説教を聞きながら、主を礼拝しました。 https://www.youtube.com/watch?v=b8xIrNcrLgs&t=8s
テーマは同情される大祭司ということで、悪や罪について語らせたら右に出る人はいないと、私が勝手に祭り上げている、C.S. ルイスの痺れるようなことばが、「キリスト教の精髄」という著書の中から引用され、とってもすっきりとさわやかにアーメンの気もちに満たされた朝です。
曰く、誘惑と闘ったことのない人には「悪」の本当の強さはわからず、そういう意味では、キリストほど悪を知っている存在はない、彼が最も私たちが闘っている日々の試みや葛藤に同情できる唯一の存在であると、そういう意味の引用文であり、また、牧師の解説でした。
そのキリストが聖所と私たちを隔てていた幕を裂き、誘惑に勝ったり負けたりしながら生きる私たちがそこに近づくことを許し、あわれみや恵みを与えてくださる。
そういう結びです。
説教の中で、Joseph Tunner という嵐の絵ばかりを好んで描いた画家の話が出てきました。
彼は、荒れる海に船を出してもらい、嵐を経験することでたくさんの名画を残すことができたのだそうです。
彼の絵の中に描かれる光は、嵐の中でしか、見ることのできない神の存在なのでしょう。
誘惑はありますか。
葛藤はありますか。
先週のヨシュア・リー牧師の会堂でのメッセージの中で、「無邪気という罪」ということばが出て来ましたが、そのことばの意味が、今朝の全く違う教会の全く違うテーマのメッセージで、よくわかった気がしています。

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