Wednesday, February 5, 2020

1ヨハネ 4章

いまだかつて、
だれも神を見た者はありません。
もし私たちが互いに愛し合うなら、
神は私たちのうちにおられ、
神の愛が私たちのうちに全うされるのです。
1ヨハネ 4:12
てっとり早く、スパイスの効いた深いメッセージに励まされようと、久しぶりにC.H.スポルジョンの「朝ごとに」を開きました。
私は、彼の名前をブログのタイトルに使わせてもらっているにも関わらず、無責任なことにこの小難しい365のメッセージをいまだかつて、通読したことがありません。
今日も、スポルジョンが示す、みことばの一つ前を勝手に選び、勝手にデボーションしてしまいました。

あのモーセでさえ、神さまの声は聞けども、神さまの姿を見たことはないけど、神さまは、いつでもどこでも現れ、見ることができるとヨハネ。
私が、愛しにくい誰かを愛する時、そこに神の愛が現れるとしたら、それは頑張る価値のあることだと思いました。

昨日、佐々木正美の「子どもへのまなざし」をテキストにした、親の学びの会が、テキストが終了ということにひと段落しました。
佐々木正美の中に塊のように存在する神の栄光の輝く本でした。
参加者も、最後は彼についてとても感心を持ってくれました。
それで、この学びの中で、用いたみことばはたった一つだったけど、彼がクリスチャンであることが、彼女たちにとって、とても大きなインパクトを持って、子どもをみるその視点の転換となったと思います。
そのみことばは、「喜ぶ人と共に喜び、悲しむ人と共に悲しみなさい」です。

今朝、神さまは、お弁当を作る私に、「あなたに預けた魂でした」と言いました。
私には、そんな風に聞こえたのです。
たった一つのみことばから始まった学びを、花束のようなたくさんのみことばとそして心からの祈りを持って続けなさい、って励まされた気がしているのです。

★シトラス・ハニー・ミントティーにハマる私は、ついに、ToGoまでしてこれを飲もうと今朝は、作り置いたレモンシロップとお茶を持って幼稚園へ
小さな袋は母の手製