Wednesday, March 2, 2022

Chapter 12 勇気を出して


雄々しくあれ。心を強くせよ。
すべて主を待ち望む者よ。
詩篇 31:24

絶対に安心、という状態は、世に存在しません。
神様とその愛以外、確実なものなどないのです。
ですから、勇気を持つということは、安心だと思えなくても行動を起こすことなのです。
不安がっていると、体験そのものを台なしにするがあります。
勇気を奮い起こしてようやく何かをしてみたとき、なぜもっと早くしなかったのだろう、と思ったことがどれほどあるでしょう。
問題にどっぷりとつかり、進歩も発展もなく、いつまでもそのことに不平を言い続けるか、問題に対処する方法を、必死に探し続けるかです。
もう二度と試練に苦しまなくてもいいという安全な隠れ場は、この地上にはありません。
多くの人が、自分は変わらないままで人生が良くなっていくことを願いますが、そんなことは絶対に起こりません。
人生を変えるには、あなた自身が変わらなければならないのです。
もし無難な道を選んでいるなら、神様のみわざを見る機会はまずないでしょう。
奇跡を経験しながら日々を過ごすただ一つの道は、神様の助けがなければうまくいかない、という状況に身を置き続けることです。
人生は、息をのむほどの発見の旅路なのだと知ってください。
そして、期待を胸に1日1日を始めましょう。
スー・オーガスティンの『過去の傷がいやされるとき〜埋もれている夢を掘り出す21日間』より

近所のYでほとんど毎日のように泳ぐようになったのは、この5年ほどでしょうか。
最初の日、泳ぐこと自体は大したことではなかったけれど、水着でプールサイドを歩いたり、ロッカールームで裸になってシャワーを浴びるのにとても勇気が必要でした。
こんな年で水着になるのは公共の迷惑ではないだろうかとか、カーテンの外のフックにかけたバスタオルがぽろりと落ちて水びたしになったらどうしようとか、あれこれ妄想したものです。
でも、その初日の一歩を踏み出せば、後は、少しづつ楽しさの方が大きくなり、今では、そんな心配をした自分がかわいかったとさえ思います。

ハーバーカレッジの英語のクラスの初日、始めて幼稚園で働き始めた初日、そんな初めての日の勇気の集まりが今の私をつくったか、と、考えてみています。

No comments:

Post a Comment