Wednesday, August 4, 2021

欲しいもの:新しい手のわざ

どうか、朝には、あなたの恵みで私たちを満ち足らせ、
私たちのすべての日に、喜び歌い、楽しむようにしてください。
私たちの神、主のご慈愛が私たちの上にありますように。
そして、私たちの手のわざを確かなものにしてください。
どうか、私たちの手のわざを確かなものにしてください。
詩篇 90:17

「裁きを十字架に付けるという方法を見いださない限り、自分がその刈り取りをすることになるのです。
その害は、多くは、私たちの愛する人や友人たちから受けることになります。
なぜなら、私たちの苦い根の期待に彼らが応えてしまうからです。」
今朝のデボーションの中で、神さまが私に語ってくださったメッセージです。
裁きを十字架に付け、そして、神さまへの新たな期待で人と付き合うというのは、ひとつの生きてゆくわざであると思う。
日本で聞いた東京ホープチャペルのメッセージの中で、とても印象に残っていることばがあります。
それは、過去を忘れ、今を受け入れ、未来に期待するという意味のことばでした。
以来、よくそのことを考えます。
対象はどんどん変わってゆくものの、裁きの心は生涯を通して私にまとわりつく苦い思いです。
でも、それをその都度、十字架に付け、毎日、心新たに、神にも人にも期待で胸を膨らませて、「はじめまして!」の気もちで出会うことを生きるわざとしたいです。
夫にも、子どもたちにも、友だちにも、そして83歳の母にもね!
 

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