Thursday, September 17, 2020

私の先生

たとい主があなたがたに乏しいパンとわずかな水とを
あたながたに賜っても、
あなたの教師はもう隠れることなく、
あなたの目はあなたの教師を見続けよう。
イザヤ 30:21
今朝はあまり、たくさんは読まず、イザヤの30章を何度か行ったり来たりして読みました。
21節には赤えんぴつがひっぱってあるけれど、その意味がよくわかりません。
でも、好きなのだと思います。
乏しいパンとかわずかな水だとは、決して思わないけれど、でも、確かに教師が私の前にいると思う。
見失ってはいけないと、毎日、彼の後ろを一生懸命について歩いています。
彼を追い越してはいけない。
彼から離れすぎてもいけない。
ひと間違いをしてもいけない。
五感を研ぎ澄ませ、自然や音楽や人、あらゆるものを通して、お話しする先生の声を聞き逃すまいと一生懸命です。

少しづつ、生活のリズムが整ってきました。
毎日、何かしらの予定が入るようになったし、その予定の時間も定まってきました。
これで、Yのプールで泳げたらいうことないな〜。

 

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