Friday, August 23, 2013

7年目のチャレンジ

おつかれさま。どんな1週間でしたか?
私は、私を鍛えてくださる神さまのレッスン・プランに思いをはせておりました。
それは、仕事への行き帰りの通勤に使うクルマの問題でもなく、通勤にかかる時間の問題でもなく、私の運転技術、および、クルマの管理能力にでもなく、ただただ、仕事そのものの中にあるようです。
クルマとその周辺にどんな雑で甘く、アホな判断があったとして、神さまは私を守ってくださった。
そこを通して私を鍛えな直そうというレッスンは、今回ないらしい・・・。
それはもっぱら、家の外の仕事に集中している。
次々にいろいろふってくる。
私は今年11年生の母親です。
11年生の母親といっても、アメリカで教育を受けたわけではないので、11年生がどれほど大切で、大変な年なのか実感としてわかりません。
だからこそ、こんなにたくさんの仕事を引き受けられるのだろうけど、それでも、漠然と、ああ、神さまは、賢人から手を引けとおっしゃっているのだということぐらいはわかります。
賢人の側で彼の将来にごちゃごちゃ言えない最後の状況が今日、ばっちり整いました。(コントラクトを読んだわけではないし、サインもまだだし、なにかしらのどんでん返しの可能性はあるけどね)
いつも、そう。
賢人の事で、必死になろうとすると、きまって、やるべきことが、目の前にどか~んと、あるいは限なくぽろぽろ降ってくる。
2歳で仕事に復帰した。
一言も話さなかった賢人が話しはじめた。最初の言葉は、あた:さかな。
9歳ではながきた。
賢人はある難しかった人間関係を克服してイエス・キリストを自分の主と告白し、証を書いて、洗礼を受けた。
賢人は今16歳。
何が待っているかわからないけどゆだねよう。神の御手にゆだねよう。
っていうか、他に選択肢ないし。
でも、心の奥のどこかで、別な何か、賢人に干渉しつつ、適当にできる何かがふってこないかとまだ空を見上げているのよね。
不信仰な自分が悲しいわ・・・。