Saturday, July 20, 2013

『クリスチャンホームの建設』~避けられない変化

わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。
 ―主の御告げ。
それはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、
あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。
エレミア29:11
劇的な変化に富む世界にあって、一つの事だけは確かです。
それは「不確実の確実」ということです。
神は、ノンクリスチャンに起こることは、それがどのようなことであっても、信者にも起こることを許容しておられます。
私はこのことを信じます。
ノンクリスチャンは、神に反対して叫びます。
しかし、クリスチャンは言うのです。
「主よ、私に、みこころをなしてください」と。
あなたの状態がどのようなものであっても、あなたがイエス・キリストを信じていないなら、神はどこかに、あなたと同じような状態にある、イエス・キリストを信ずる人を持っておられるです。
変化は、クリスチャンの忍耐力をテストします。
そして変化は、一つ一つの家族をしばしば訪れるのです。
ブラント&ダウディ
そうか。すごいな。
全てのことがクリスチャン、ノンクリスチャンの分け隔てなく起きてしまうのは、その選ばれてしまったクリスチャンを見ながら、ノンクリスチャンがよりよく生きることができるためでもあるとしたら・・・、いろんなことに意味がある。
木曜日に広田先生から日本の東北地方の地震で被災された牧師が、地震の直後に「『この地震によって、大いなる主の御業が起こることを信じてがんばってください』そう言われるのが一番つらかった」と証言していたいうのを聞いて、すごく心が痛んだ。
彼は、広田先生が牧師だから、正直にそう言ってみたのだと思う。
とてつもなく大きな召しに呼ばれたクリスチャンがいて、そのクリスチャンの話を聞くクリスチャンがいて、そのクリスチャンのために祈るクリスチャンがいて・・・。
同じ日の木曜日、私は、ほんのささいなことで、自分がクリスチャンであることを忘れてはなの親として、全く落ち着きをなくしてしまった者だったからよくわかる。
クリスチャンが奮い立つのは、そんな時。
クリスチャンがノンクリスチャンが見ていることを本当の意味で痛感するのはそんな時。