ヤベツはイスラエルの神に呼ばわって言った。
「私を大いにに祝福し、私の地境を広げてくださいますように。
御手が私とともにあり、わざわいから遠ざけて
私が苦しむことのないようにしょてくださいますように。」
そこで神は彼の願ったことをかなえられた。
1歴代誌 4:10
今朝から、1歴代誌に入りました。
赤鉛筆を握って、アダム、セツ、ノア、アブラハム、イサク、イスラエル(ヤコブ)、ヨセフ、と、私にとって、とても大きなインパクトを持って、御言葉の中に生きた人々を印しながら、一人一人顔思い浮かべてながら、(知らないくせに)エピソード思い返しながら、読み進みました。
「彼の(ユダ)嫁タマルは彼にペレツとゼラフとを産んだ。」
嫁、、、。確かに嫁だ。妻じゃなかった。
妻なのに、妻としては扱ってもらえず、愛されず、重んじられず、遊女になりすまして夫の子を生んだタマル。
赤鉛筆を進め、ボアズ、エッサイ、ダビデ、エフー!!!、ソロモン、ヨシア。
ふう〜。
そして、1歴代誌にしか出てこない無名のヤベツの有名な祈り。
どんな状況の人がどんな気もちで祈ったとしても、そこに御心がある大きな意味を含んだ祈りだと思う。
それで私も今朝、この祈りを心込めて祈りました。
★モーセやヨシュアやサムエルやエリヤやエリシャの血はキリストには一滴も混ざっていないことが、今回の通読の、単純ながら、大きな発見です。
油注がれた人と、神の人の違い。
人生の役割の違い。