Thursday, June 25, 2015

子どもの信仰、大人の信仰

ですから、あなたがたは、
互いに罪を言い表わし、互いのために祈りなさい。
いやされるためです。
義人の祈りは働くと、大きな力があります。
ヤコブ5:18
効果的に祈るための原則というものがあります。
神との正しい関係の中で、謙虚な心で祈る、それだけです。
あなたは、これまで、自分に与えられた、パートナーに対する、驚くような洞察力を不思議に思ったことはありませんか。
なぜ、神は自分にこれを見せるのかと。
それが、誰もあなたのように、彼のために祈れる人はいないということの意味なのです。
The Love Dare
もっとたくさん、読んだ気がするけど、今朝、日本語に訳せるのは、これが精一杯です。
残念ながら、私にはそんな驚くような洞察力は与えられていない気がします。
私は、夫に対して、いつも見えるだけのこと、聞こえる言葉だけの中で、いろんなことを感じています。
それは、たぶん、誰に対しても同じです。
それについては、第4章のLove is thoughtful のところでたくさん考えてたくさん書きました。
私を騙すのは、とても簡単だと思います。
多くの場合、それは、私にとって、とても良いことです。
くよくよと考えたり、悩んだりせずに、あっさりと言われるがまま、見たままを信じることができるのですから。
でも、信じたとおりに物事が運ばないことが、20年近く続くと、さすがに信じることができなくなってきます。
人を信じる力が弱くなることは、神を信じる力が強くなることなのだと、最近思うようになりました。
子どもは人を通して神を知るけど、大人は神を通して人を知るっていうかね。
そろそろ、霊的にマチュアになりたい私です。

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