Thursday, November 27, 2014

4連休・第1日

4連休の初日は、もったいないほどにのんびりとすごしました。
まず、念願だった朝寝坊を実行し、そして、ベッドの上でぱらぱらと雑誌を読むことに、ほとんど半日を費やしました。
そんな一見、全くやる気のなさそうな休日の午前だけど、大変な収穫がありました。
根田祥一という人の書いた、イースト・メノナイト大学の先生の先生、ハワード・ゼアという人の話をまとめた記事を読んで、ものすごく納得し、謎が解け、ぱきっとわかることがあったのです。
トピックは赦し。
以下根田祥一の文章です。
必要なのは、失われた正義(公正さ)が取り戻されること。
回復のためには、犯罪によって秩序が失われたところに、もういちど秩序を築く必要がある。
その答えを得るために、被害者は加害者に会おうとします。
多くの場合、答えを持っているのは加害者だけだからです。
この文章の中の被害者とは強姦殺人で亡くなった女性の当時幼児だった女性と彼女のおばあちゃん(つまり亡くなった女性の母親)で、ふたりはハワード・ゼアという法曹界のカウンセラーのようなことをしている人に導かれて、完全な赦しを経験したという記事でした。
意思決定として赦した後、加害者に会って、神が働かれ、完全に赦せたというのがこの記事のサマリーです。
私が、はっとしたのは、必要なのは失われた正義が取り戻されることというフレーズ。
とてもメイク・センスする。
これは、弁償とか償いとか謝罪がもらえるって意味じゃなくて、「もちろん赦さなくっちゃいけない、でも私はとても傷ついている」という本心に神さまにふれてもらうってことと思うのよね。
そして、これは私の解釈なのだけど、赦したい気持ち、癒されて新しく人生をやり直したいという前向きな気持ちが、神のおとりあつかいを受ける鍵なのではっと思いました。
それを知るのはすごく、意味深いこと。
だから、泣いている子に、謝れずにいる泣かせた子に代わって、「ごめんね、すごく、いやだよね。まきせんせいがかわりに謝るから、だから、ごめんねが言えるまで、もう少し待ってあげて。」って言ってその子どもを抱きしめて、じっとただ背中をさすっていると、たいていの子が気持ちを落ち着かせてくれます。
そればかりでなく、たいてい、それを見てた、泣かせた子も、もじもじしながらやってきて、ちゃんとごめんねって言ってくれるのだけど、それはそういうわけだったのねって思いました。