なんと美しいことよ。
ヤコブよ、あなたの天幕は。
イスラエルよ、あなたの住まいは。
それは、延び広がる谷間のように、
川辺の園のように、
水辺の杉の木のように。
民数記 24:5
バラクにイスラエルの民を呪うように頼まれたバラムだけど、その唇はど〜しても、呪うことはできず、かえって祝福が出てきてしまう。
もともと占い屋、まじない家の彼は、御心にかなう自分のことばに、主を信じる人と変えられ、ついには主の霊を受けます。
その時のことばがこれでした。
「雄獅子のように、また雌獅子のように、彼はうずくまり、身を横たえる。誰がこれを起こすことができよう。あなたを祝福する者は祝福され、あなたを呪う者はのろわれる。」
と続いてゆきます。
最初に謝っておこう。
ごめんなさい。親バカで。
今朝は、このバラムのイスラエルへの祝福を読みながら、賢人のための恵を、主に心から感謝しました。
3年ぐらい前の記事を読んでもらえればわかると思うけど、私は、その頃、大きな大学、好きな大学、行きたい大学へとチャレンジしてくれなかった賢人にがっくりときていました。
大学にお金がかかるのは当然だと思っていたのです。
私の両親は私にそれをしてくれました。
夫もです。(ここだけの話、実は彼、中退してバックパック背負ってアメリカ来ちゃったらしいけど)
賢人の言い分はこうでした。
その1、将来何をするべきかわからない
その2、どんな授業を受ける必要があるのかもわからない
その3、ファイナンシャル・エイドや奨学金の受け方を何も知らない、その資格があるかどうかすら知らない
そして最後に「こんな不安だらけの気もちの僕に、かあさんは、どこに行ってほしいの?」
と言われ、私は黙ってしまいました。
ハンナがダニエルを連れて主の宮に行ったように、私も8歳の賢人連れて、今の教会に行ったのかもしれません。
以来、13年、あの子は主の宮で育てていただいた。
プールで毎朝、牧師と3人のメンターの名を上げて感謝の祈りを捧げています。
私はただの弁当作り係でしかなかった。