Sunday, May 6, 2018

出エジプト記 33章

主は、人が自分の友と語るように、
顔と顔を合わせてモーセに語られた。
出エジプト記 33:11
40日40夜にもおよぶ、主とモーセのシナイ山における会見中、山のふもとではとんでもないことが起きてしまいます。
モーセの帰りを待ちきれなかった民が騒ぎ出し、ついにアロンは金の子牛を作ってこれを礼拝させてしまいます。
突拍子もないことのように思うでしょうか。
私には心あたりがあります。
整理しても整理しても引き出しがいつのまにかごちゃごちゃとモノで溢れるゆく。
ほんのわずかな隙間も見逃さずに、そこに何かで埋めようとしてしまう。
空の空間を嫌う性質は、人類の創世の始まりからの習い性であると私は思う。
エデンの園、以降。
その証拠に、巷は、空の心に埋めるもの、その代用品で溢れている。
ギャンブルやポルノ、ドラッグや暴飲暴食などにかぎったことではありません。
仕事だって、お勉強だって、スポーツだって、金の子牛としかねないのが人類だ思う。
金の子牛を礼拝した人々を笑うことも軽蔑することもできない私です。
そんな民にブチ切れ、でも、必死にとりなすモーセと友のように顔と顔を合わせて、なぐさめて、励ます神さま。
14節「わたし自身がいっしょに行って、あなたをやすませよう」
19節「わたし自身、わたしのあらゆる善をあなたの前に通らせ、主の名で、あなたの前に宣言しよう。私は恵もうと思う者を恵み、あわれもうと思う者をあわれむ。」
覚えておこう思う。
1、人間モーセにとって40日40夜のミーティングは簡単じゃなかった。
2、モーセはがんばった。
3、なのにがっかりすることが起きた。
4、でも、主は必ず慰めてくださる。癒してくださる。祝福してくださる。
★5歳児相手にどんどん神学的に深まる私たち(年長担当3人チーム)の信仰と朝礼。
ミニミニ神学校状態ざんす。