Tuesday, May 8, 2018

出エジプト記 40章

そのとき、雲は会見の天幕をおおい、
主の栄光が幕屋に満ちた。
モーセは会見の天幕に入ることができなかった。
雲がその上にとどまり、
主の栄光が幕屋に満ちていたからである。
イスラエル人は、旅路にある間、
いつも雲が幕屋から上ったときに旅立った。
雲が上らないと、上る日まで、旅立たなかった。
イスラエル全家の者は旅路にある間、
昼は主の雲が幕屋の上に、
夜は雲の中に火があるのを、
いつも見ていたからである。
出エジプト記 40:34、35
民は必死なモーセのとりなしによって、主に立ち返り、モーセが主に命じられたことを、ことごとく、忠実に、こなしてゆきました。
モーセの光る顔に感動した人々は心から奉仕します。
男も女も老いも若きもモーセへの感動が、持っていたものを心から捧げさせ、才能を生かそうとこぞって集まりました。
エジプトから奪って来たことの意味がここにあったのだなって、はっきりわかります。
そして、出エジプト記の最終章の最後に、主の栄光が幕屋に満ちました。
エジプトから分捕ってきたものは、金銀財宝や高価な織物没薬だけではありません。
過越のどさくさに紛れてよろずの神々や異邦人の配偶者たちも紛れ込んでこんでいたに違いない。
実はこれからが本当の旅の始まりなのだと思う。