Friday, September 23, 2016

Ⅱ列王記 1章

「あなたがエクロンの神、バアル・セブルに伺いを立てに行くのは、
イスラエルに神がいないためか。」
Ⅱ列王記 Ⅰ:3
主の使いのことばだけど、全く素晴らしい質問だと思う。
昨日の午後、マミー&ミーを終えた後、水筒に作ってきた熱いお茶を飲みながらグループの一人から聞いたことばを唐突に思い出しました。
「例えば、今、なんかのはずみで新約聖書がなくなっても(地上から消えさられても)、必ず、現代人の中からパウロのような人が起こされ、真理はちゃんと語り告げられると思う。
なぜなら、聖霊さまがいるから。
そして、私はちゃんと新約聖書の内容を理解できると思う。
なぜなら、聖霊さまがいるから。」
ユダヤ教について話をしている時の発言でした。
私は、心の中で「この人に座布団10枚あげて」と言いました。
考えてもみなかったことだけど、イスラエル人でありながらイスラエルの神を認めないことと、イスラエル人でありながら、イスラエルの神のひとり子イエスを認めないことは、とてもよく似ている。
それは、霊が認めていないことと同義語な気がする。
つまり、彼女の言う通りそれは、霊が違うのだ・・・。