Wednesday, December 13, 2017

朝ごとに 12・13

銀は百タラントまで、
小麦は百コルまで、
ぶどう酒は百パテまで、
油も百パテまで、
塩は制限なし。
エズラ 7:22
主はすべての全焼のささげ物には塩を用いられた。
塩は腐敗を防ぎ、物を清める性質をもつので、たましいに対する神の恵みの象徴と言える。
果物の入っている戸だなや甘いものの入っているつぼには、しっかりと錠をして密閉しておく必要がある。
しかし、塩の容器には錠をおろす必要は少しもない。
人は金や名誉をもちすぎることがある。
しかし、恵みを多く受けすぎることはない。
富が増すにしたがって心労も増す。
しかし恵みは増すにつれて喜びをもたらす。
C.H. スポルジョン 「朝ごとに」より
朝の雑穀おにぎりの塩の塩梅がよろしくなく、忙しいキッチンに恐縮しながらひとつまみの塩をいただきに行き、ひどく驚かれたことがありました。
「実験ですか?」と聞かれ、「いえ、おにぎりに塩けが足らず」と言うと、大笑いされた。
笑いの意味は不明。
覚悟の意を決して、いただきに行ったのでした・・・。
塩が足らないというのは、本当に虚しいもの。
何が足らないよりも、きっときっと。
追記:勤め先の幼稚園には厳しい訓戒がいろいろあり、そのひとつが朝ごはんを勤務時間に食べてはならないというのがあるのです。
で、その時は、8時を少しまわってしまっていた。
もうひとつ、すっかり慣れましたが、足を組んではならないというのもあります。
これは、ハンドブックにはないけれど、組むと注意を受けます。
身体のためにはとってもいいルール。
おかげで、家でも足は組まずに座る習慣がつきました。(椅子の高さが適切であれば、足を組まなくてもリラックスして座れることを発見)