Monday, January 13, 2014

ヨナはともだち

しかし、私の神、主よ。
あなたは私のいのちを
穴からひきあげてくださいました。
わたしのたましいが私のうちに衰え果てたとき、
私は主を思い出しました。
私の祈りはあなたに、
あなたの聖なる宮に届きました。
ヨナ書2:6,7
おはよう。
一週間の始まりの朝です。
毎朝、ひとりでこの時間をすごすのが日課だったのに、足もとに新しい家族のじょえるがまるまっています。
最初の晩は家の中を何度も歩き、時々、窓の外に向って吠えたりもしていたけど、昨夜は、ずっと夫の眠る側の足元にまるまっていたようです。
猫でも犬でもその他の動物でも、一度会えば二度めは友だち、人間はみんな味方、というのがどうやらじょえるの律法のようなので、番犬にはならなさそうです。
今朝はヨナ書をめくりました。
3章の6節、「神である主は一本のとうごまを備え、それをヨナの上をおおうように生えさせ、彼の頭の上の陰として、ヨナの不きげんを直そうとされた。」
こういうことって身に覚えがあるなって思った。
揺るがない神のプランの中で味わう不満と喜びと落胆。
でも全体的には逆らいきれないほどに物事は一つの方向に向って流れ、みこころは必ずはたされなくてはならないことがわかっていて、どこかで覚悟している感じ。
ヨナを笑えない私。
ヨナに臨む主は、アブラハムやモーセやパウロに臨んだ神より、より私のよく知っている神に似ている気がするのです。
立派なクリスチャンになれなくてもいいや。
神さまの側で、精一杯に生きよう。
家庭も仕事も教会生活も自分の時間も一生懸命に楽しもう。
頭の中はシンプルに、心の中をピュアにして神さまにしがみついて生きよう。
愚か者、ばんざい!(ここ、ちびまるこちゃんとまるこのおじいちゃんの声でね)